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曲を奏でる無人のピアノ   作者: 志民 晃一
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第一話 そうだ、恋をしよう。

真面目に恋せよ男子諸君。という気持ちで高校生の時に書き始めた作品です。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

 ヴォヴォヴォヴォ・・・

 重低音が溢れるA駐車場。そこには、スポーツ系、VIP系など様々な車が朝からひっきりなしに入ってくる。どの車もタバコの箱を縦に寝かせて入るか入らないかくらいに極端に車高を低くしている。フルスモ、ナンバーかちあげ、タイヤがフェンダーからはみ出している車もある。

 やりたい放題だ。

 まるで車のイベントみたいに派手な車で彩られた駐車場。これでセクシーな衣装を身に着けたギャルとそれに群がるカメラ小僧がいればイベントのそれなのだが。いるのはセクシーギャルにもカメラ小僧にもなれない男だけ。いや、カメラ小僧はいそうだ。これが、今日から僕の毎日みる景色になる。

 今日は入学式だ。


 入学式は例外なくつまらなかったと、言いたいとこだったが普通とは一風変わっていた。

 学校長の挨拶はなぜかスクリーンに映しだされたビデオで始まった。

 ニ台の車が縦に並んでいる。どこかのサーキット場のようだ。前にポジションをとっているのが黒のマークⅡ そして、後ろが黒と白のカラーリングでパトランプもついた、偽装パトカーのシルビアだ。俗にイチサンと呼ばれている。会場にいる学生たちがシルビアだとかマークⅡだとかあのホイールはと少しざわついた。すると、黒のマークⅡ がブワァーン、ブワァーンとエンジンを吹かす。

 やっぱり1Jのこの音がたまらんなどという話でまたざわついた。

 何度か吹かした後にキュルルルルという甲高いスキール音、急発進したマークⅡ 。それに続きシルビアも発進した。マークⅡ とシルビアパトカーのカーチェイスが始まった。

 第一コーナーに差しかかったところで2台は後輪のグリップを無くし横になりながら走行した。それはシンクロナイズドスイミングのロシア代表のように息のあった見事なツインドリフトだった。

 うめぇと、歓声が所々で湧き上がる。

 連続で見事なドリフトを決めて走行している。メインストレートに戻ってきたニ台はそこで定常円を描き止まった。白煙の煙の中、男がヘルメットを片手に持ち堂々とカメラに向かって歩いてくる。エアロスミスの曲がクライマックスで流れる名作映画の男たちのような、偉大な事を成し遂げ誇りに満ちたそんな雰囲気を醸しだしている。

 カメラに充分近づいた男は白髪のオールバックで恰幅のいい男だった。


「わたしは、ここ自動車整備士専門学校の学長真壁です」


 まさかの告白に場内はざわついた。まさか六十代後半であろう男が、しかも学長という立場の人がスポーツカーに乗ってあんな派手なドリフト走行をするとは、思ってもみなかったからである。

 我が大学の学長、真壁新一はパトカーに扮したS13を操り排気量がS13よりも大きいマークⅡ をドリフトでビタビタに後ろにつけて走行した。ツインドリフトは後追いの方が先行の車に動きやスピードを合わせる必要があるため技術がいる。その走りっぷりで相当な技術の持ち主であることがわかった。

 そこから普通の学長の顔で歓迎の言葉を述べた。掴みがバッチリだったためか生徒の大半は学長真壁の言葉を真剣に聴いている様子だった。最後に真壁はこれから皆さんと触れ合えるのを楽しみにしていますと、何故か両手を何かを揉むような仕草をしながら言った。それはただのエロ親父のようだった。真壁は続けてこれから帰ります。それではまたと、手を振って動画は終わった。なんとこの動画は録画ではなくな生放送だった。なんという学校に入学したのだろう。場内にざわつきが収まらないなか、司会の先生がしてやったりという満足そうな笑みを浮かべ、皆さん公道ではこのような走行をしないようにと注意した。


 式が終わった後のA駐車場からはエンジンの吹かす音やキュルキュルとタイヤのスキール音がひっきりなしに鳴っていた。多分これはヤンキー映画上映の後にいきなり肩で風を切りながら歩く人や目つきが悪くなったりと、攻撃的でガラが悪くなる現象と同じ理由だと思われる。車欲しいなと思った。車どころか免許もまだ持っていない。ボンボンとウーハーを響かせながら車が通り過ぎていく。きっと友だちどうしで車を連ねて走ったりしているのだろう。それは、とても楽しそうで羨ましかった。車を持っているということで勝ち組のような雰囲気が自然と出来上がっていた。そして、駅に向かう徒歩組は負け組だった。敗北感を背負いながらまだ融雪剤で黒く汚れた雪の残る歩道を一歩一歩、歩いた。


 家に帰る前に行くところがある。負け組から脱出の希望、自動車学校だ。はやく免許を取って大学生活を楽しみたい。高校三年生の冬から通っていて、学科は全て受講し後は実技だけだった。

 担当の教官はあまり笑わない人だった。

 彼の静かな声は褒める言葉を発音せず、その代わりに注意の言葉が車内を埋め尽くした。じっと運転操作をみる。触れたらビリビリと電流が流れるイライラ棒のような目線。

 ただでさえ路上の運転に緊張しているのに教官の圧力も加わり僕に残された道は開き直ることだった。

 三回目の路上運転の日。どうにでもなれと運転していると停車している車をかわす動作のところで注意を受けた。どうやらウィンカーを上げる前のサイドミラーで後方を確認する動作ができていなかったらしい。

「ただ、運転できればいいと思っているもんな」と、語尾を溜息交じりに伸ばし静かに言った。

 彼と二人きりの車内の時間は苦痛そのものだった。いつも車を降りると脇汗がびっしょりになる。それはそれは異常な濡れ方だった。汗の量がとてつもなかった。両脇に蛇口がついていて教官に蛇口をひねられたのだと思うほどであった。

 命の危機は感じなかったものの、暮らしの危機を感じた僕は病院に行ったことがある。

ひょろりとした体系の賢そうな顔をした一見冷たそうな印象を受ける医師の診断によれば自律神経失調症の一つの症状で、恐らく理由は過度のストレスからだと教えてくれた。

 何か心当たりはある?と訊いたその医師の眼鏡の奥の瞳は驚くほど優しさを宿したものだった。

これまでに多くの人々を助けてきた証のような瞳だと思った。この人に頼りたい、頼っても大丈夫だと思わせてくれた。そう思うや否や自分を追い込んで脇汗びっしょりかかせたあの妖怪のような容貌をもつ自動車教官について話していた。


 灰色がかった目で一つ一つの動きを細かくみられるのが怖いこと、助手席にある教官用のブレーキで急ブレーキすること。それが彼の怒りのようであり頭を叩かれた気分になること、ギアチェンジするときに汗で滑って教官の太ももに何度か触れてしまったこと、何かそれに対して反応してくれれば楽なのにそれに関しては何も言わず触れられた部分をそっと何かを感じているような仕草、表情が怖いこと、その他にも溜まりにたまった教官への不満が堰を切ったように出た。

 医者は最初こそ真剣に相槌を打ち聞いていたが次第に賢そうな顔が崩れついに親しみのある笑い声に変わったのである。一頻り笑ったあと、笑い疲れたようにはあと息を吐き、君、面白いねと言った。

 医者がそんなにも笑ってくれるものだから自分も笑えてきて抱えていた悩みが急に取るに足りないものになったように思えた。その日帰りに処方された飲み薬を今でも服用している。

 自動車学校を卒業するまで必要不可欠なものだ。

 それにしてもあの時、賢そうで冷淡な表情をしていた医者があんな大声で笑うとは。笑った時の親しみやすい笑顔は左手に指輪が嵌められていなかったものの結婚していて子供がいるだろうとなんとなく思ったのと同時に、医者は不倫が多いと聞いたことがあったなと、何故かそんなことも思っていた。


 キーンコンカーンコーン


 学校でよく耳にするメロディーのチャイムが鳴る。学科、実技の時間を終えた生徒、教官がぞろぞろと戻ってくる。

 僕の妖怪先生は・・・いた。

 しかし、今日も妖怪だ。憎しみと怒りとほんの少し憐みを含んで人間に戻れないのかなと、心配した。

 妖怪先生は灰色の目で僕を見つけると両手を垂らしておいでおいでといった仕草をみせた。

 それは妖怪というよりは死界へと誘う死神だ。

 行きたくないという気持ちが全面にでた、ゆっくりとしたぎこちない歩き方になってしまった僕はゾンビのように見えたかもしれない。

 死神VSゾンビ。ハリウッドもびっくりだ。

 外は生ぬるい風が吹いていた。背中に一筋流れる汗を感じながら車に乗り込んだ。


 大学生活は想像していたよりも淡々と進んでいった。車を持たない僕は学校帰りにカー用品店に行くことも、駐車場でボンネットを開け車を並べて自慢しあうことも、峠に行くことも、深夜にドリフトスポットに行くことも、どこか目的地を決めてレースを興じることもしなかった。

 いや、出来なかった。

 車を持ち毎日興奮冷め止まぬ彼らは、連日の車遊びに疲れているようだったが、それは何かを強いられての疲れとは別の充足感を含んだ疲れのようだった。


 類は友を呼ぶ。


 車を持つ者はすぐに手を取り合い踊るように次々と友だちの輪を広げていった。

 車を持っていれば今頃あの輪の中にいて、連日のレースに心地よい疲れを感じていたのかもしれない。

 いや、違う。車を持たない者は持たない者同士で机に車の雑誌を広げ将来乗りたい車を語っていたのだから。

 僕はその輪の中にもいなかった。

 車を持っている持っていないは僕が一人の理由と何ら関係ない。そもそもこの専門的な大学に集まっている時点で皆、類なのだ。

 どこの輪にも所属しない僕は授業が終われば、真っすぐ自宅に帰るしかない。

 用事があるとすれば妖怪の住む自動車学校くらいだ。一日は変わりばいなく過ぎていった。

 なんてつまらないのだろう。


 次第に最初は楽しかったエンジンを分解しては組み付ける実習が、どんな苦しい作業を強いられても音をあげず決して屈しなかった囚人が、大きな岩を山の上に運んでは落とし、落としたらまた山の上に運ぶという作業に音をあげ屈したその作業そのものに思えてきた。

 何をするにも虚無感はしつこく纏わりついた。


 そして国家資格を取得する為のクラス分けでは成績不振のクラスに分けられてしまった。

一体僕はどうしてしまったのだろう。どんどんと自信を無くし自信がなくなると行動も消極的になりそして選択肢が減っていく。

 未来がどんどんと狭まっていくようで不安が広がった。

 このままでは最悪自害してしまう。防衛反応が働いたのか無意識に輝いていたあの頃に思いを馳せるようになっていた。


 そう、自信しかなく輝いていたあの頃を。


 和山家は父の仕事の関係で転勤を繰り返す所謂、転勤族だった。

 僕が小学校に入学する前に一回、小学校に入学してから二回、中学に入学してから一回と計四回の転勤をしてきた。転校は小中合わせて三回計五校の小中学校に通った。

 ここからが輝いていたあの頃の所以になるが、僕はどの学校でもクラスの一番人気の女子を好きになりその女子も僕を好きになった。通った五校の学校全てでだ。つまり、転入すればする先々で美女と出逢いそして必ず美女と両想いになるそんな日々だったのだ。


 あれは中学二年生の時だ。


 転入して間もない頃、サッカーの授業があった。女子が観戦している中、新参者の僕は一人で五得点を記録し女子はもちろん男子や教師からも注目を集めた。「サッカー経験者か?」と、いう教師の問いに「何もやっていないです」と、答え優越感を抱いた。

 実際に僕はサッカー経験者ではなかった。ゲーム機反対派の両親の元で生を受けたためゲーム機の代わりに買い与えてくれたサッカーボールや野球グローブでずっと外で遊んでいた。

 野球ボールの代わりに近くのテニスコートからフェンスを越えた場外ホームランテニスボールを収穫していた。


 転校ばかりで友だちも少なかったので休みの日には、父とサッカーや野球をした。一人の時には壁にボールを当ててひたすら遊んだ。

 サッカー漫画の主人公のように確かにボールは友達だった。いや、ボールが友達だったのだ。「は」と「が」の違いで僕が如何に孤独な少年だったかを表してくれる。しかし、それで悲しかった、辛かったというわけではない。転勤族の宿命と思い自分が一人ということにさして気にはしていなかった。むしろ、そういったボールとの日々が体育という舞台で主役を演じる力となり、スポーツ万能という称号を与えられ学校の中では、特に女子から絶大な支持と人気を勝ち得るに至り、男子からも羨望の的となった。ゲーム機を買い与えてくれなかった親に感謝だ。学校に体育の時間特に、球技があれば僕はどの学校でもクラスで一番人気の女の子から淡い恋心を寄せられていたことだろう。

文部科学省が体育を教育の一環と定めている限り僕の恋の無双は止まらない。この国の教育が僕の恋路を造ってくれている。


 そんな僕の無双っぷりを面白く思わない連中もいた。特に転入して早々のサッカーで五得点を決めた中学二年生の時はそういった連中は多かった。それでも、その負の圧力を簡単に跳ね返す人気があった。怖いものなんて無かったし全てが上手く出来ると疑いもなく生きていた。アウトでも僕がセーフと言えばセーフになった。何か意見を言えばクラスのほとんどが「いいと思います」と、無能な返事で賛同してくれた。

 ある日、教師がそういった時は異口同音と言うんだと教えると、その日から異口同音ですが連発されるようになった時がある。

 もしその年のクラスの流行語大賞があるとすれば間違いなく異口同音か和山春人だっただろう。

 そう、和山春人。それが、僕の名前だ。

 僕の周りのはいつも人がいた。その状況は灯りに群がる夏の虫に例えることが出来る。

 もちろん灯りが僕で周りの人は夏の虫だ。

 最近のつまらない日常の反動で少しばかり過度に思い馳せてしまったようだ。また、あの頃のような栄光の日々を取り戻すにはどうすればいいだろうか。

 しばらく思案した結果、導きだした答え。


 よし、彼女をつくろう。

 恋をしようではないか。

 そう思うと全てが変わるような気がした。


見つけて、そして読んでくださりありがとうございます。

ドラえもん観て泣きながら投稿しました。

最後まで読んで頂けたら幸いです。

感想、レビュー、ブックマーク頂けたら幸いです。


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