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僕の万年筆

10枚の小説ですが、今回はエッセーみたいな感じです。


 万年筆。

 ヌラヌラとインクが滑る書き心地が気持ちよく僕は今でも万年筆を愛用している。愛用するといっても昨今はほとんど執筆作業はパソコンだから、少しのアイデアを絞り出す時に原稿用紙に滑らすぐらいである。

 浅はかながら、万年筆に憧れたのは映画が一つのきっかけである。作家が万年筆で原稿用紙に向かって書き綴っている、その姿に心底憧れたのである。

 僕が最初に手にした万年筆は、ドイツのラミー社のサファリだった。スケルトンのモデルに一目惚れした、なんて書けばそれらしきなんだろうけど。実は百貨店やら文具店を何軒もはしごして、その後とある文具屋でセールをしていたので、自分の財布と見合わせた時に都合良かったのがそれであった。三割引だったので至極安く買えたのを今でも記憶している。

 さて、万年筆のまの字もわからない初心者にとって、書くことは意外にも一苦労であった。なにせ、万年筆など触ったこともないのだ。だから最初にペンについていたインク止めのリングを外すことも知らなかった。だから恐々とリングを外して、奥に差し込むのだが、それもビクビクだった。

 最初はインクが出なくて、振ってみたりした。それでもインクが出ないから、苦労した。こんなにも書きにくいものだろうか。そう思った時、ようやくインクが出始めた。それでもその個体はあまりいいものではなかったのか、いい働きをしてくれなかった。

 多分、それでもラミーは3年は使っと思う。インクカートリッジでは飽き足らず、アマゾンでコンバータとボトルインクを購入した。馬鹿でかい箱にちっさな部品がちょこんと鎮座していた。

 コンバータにインクを吸引するときは緊張した。なにせ手にインクがつかないようにと気をつけて、くるくるとコンバータのつまみを回す。そしてインクが吸い上がると、ボトルインクの蓋をして、付属の紙で余分なインクを吸い取る。これは慣れた今でもいちばん緊張する瞬間である。

 インクに慣れてくると、今度は他の万年筆を試したくもなった。

 そこで高島屋の文具コーナーで次に買ったのは、パイロットのプレラの色彩逢い(「いろあい」と読む)であった。透明軸の鉄ペンである。鉄ペンというのは愛好家にはすぐわかるが、先がスチールでできたものをいう。しかし、これを侮るなかれ。最近の鉄ペンは非常に性能がいい。そうして、僕はインキ(パイロットはインクではなくインキという)は色彩雫(「いろしずく」と読む)の天色(「あまいろ」と読む)を購入した。非常に爽やかな、季節でいうとちょうど夏の入道雲の合間に見るような爽やかな水色である。そしてそのインキをコンバータに吸入し、早速原稿用紙に書いてみた。なんともヌラヌラ滑るように書けるではないか。ただ、男性の手にとっては丈が短く、少々頼りない。でも、万年筆の醍醐味を味わうにはこれがちょうどいいのである。

 このプレラの色彩逢いもおおよそ2年は使ったと思う。あまりに書き心地がいいので、ラミーは使わなくなってしまった。今でも机の引き出しに眠っている。

 こうなると、欲というものが湧いてくる。次に金ペンが欲しくなったのである。これは愛好家には説明するまでもなく、ニブ(ペンの先)が金でできているペンで、書き心地は最高なのである。

 ネットで色々と調べた。候補がいくつも上がった。最初にパーカーのソネットというシリーズ。デザインがかっこいい。でもインクが乾きやすい、という口コミをネットで何件も目にした。実際に梅田の文具屋にも見にいったりもした。そしてやはりデザインから憧れの気持ちは消えなかった。次に、パイロットのカスタム74が気になった。値段的にもリーズナブルで金ペンだ。このとき、ネットでも国産の金ペンは漢字を書くように繊細にできているというような情報を得た。

 また、国産ということではセーラー万年筆のプロフェッショナルギアシグマという金ペンも気になった。ペンのキャップの頭にポッティング加工という、ポコっと出っ張った形の錨のマークが施されているものである。しかも発売して間もない。すぐに候補に上がった。そして、国産最後のプラチナ万年筆も候補に上がった。3776シリーズである。プラチナの独自のキャップの仕組みでインクが放置していても乾かない、というところに魅力を感じた。国産はその3つに絞られた。

 するとどうだろう。次にやはり憧れのペリカンのスーべレーンというモデルが気になり始めた。スーべレーンとはいえ、僕がコスト的に出せるのは400がせいぜいだった。600は大きいという自分に都合のいい理由をつけた。そして、最終候補に残ったのは、パーカーソネット、ペリカンのスーべレーン400のグリーン、パイロットのカスタム74、プラチナ万年筆の3776、セーラー万年筆のプロフェッショナルギアシグマ。

 そこでまず、パーカーのソネットが落選した。理由はインクが乾きやすいということ。次にペリカンのスーべレーン。

 国産三社にまで絞り込めた。

 まずは紀伊国屋でパイロットのカスタム74を下見を行なった。結局、買わなかった。

 家に帰ってネットで色々見て回った結果、自分の中で一つの答えを得た。

 デザイン、機能性、信頼性を総合的に見た結果、セーラー万年筆のプロフェッショナルギアシグマ、金の中字。

 早速、高島屋の丸善に向かった。そこで、セーラー万年筆のプロフェッショナルギアシグマを試し書きしようと思ったが、現物がないとのことで、それに近いものを試し書きさせてもらった。バカの一つ覚えみたいに、試し書きした文字は「薔薇」と「檸檬」だった。完全に厨二、、いや、しょうがないよ。あとで専門的なサイトを見たところ、どうやら万年筆は司法試験でも多く使われているようで、「裁判所」の「裁」という字を試し書きすると、いい万年筆かどうかわかる、というのを後になって知ったのだ。ああ、そっちを書くべきだったか、と後悔するのだった。

 結局、取り寄せ扱いになるということで取り寄せしてもらうことにした。ただ、在庫問い合わせのため、入手できるかどうかはわからないとのことだった。

 家に帰ってネットで調べても、セーラー万年筆のサイトでも在庫がなかったので、もしかしたら入手はできないかも、と不安が募った。

 その不安を払拭する電話が入ったのは2、3日後だったか。担当者から携帯に電話が入り、一本だけ在庫があったので、購入するかどうか聞かれた。僕は二つ返事で「買います」といった。

 公園でゆっくりしていたときだった。休みの日だったので、この日には入荷はないだろうと気を抜いていた。突然携帯が鳴った。

 プロフェッショナルギアシグマが手に入ったという知らせだった。僕は急いで家に帰り、電車に乗って難波の高島屋に向かった。

 心ウキウキワクワクだった。

 おそらく、周りからは気づかれていただろうか、僕は小躍りやスキップをしていたに違いない。

 早速店舗で商品を確認し、浮き足立つのを我慢して家に帰った。

 すぐに開封作業に向かった。そして記念写真を撮った。それをSNSにアップした。そうだ、僕は嬉しがりなのだ。

 いいね、やコメントがつくのを普段はかなり意識するのだが、その日は気にもとめずに、ペンにインクを入れた。

 金ペンってどんな書き味?

 それがいちばんの楽しみだった。万年筆を持ち始めて5、6年。初めての金ペンだったから。そして書いてみる。

 あれ?

 そんなに書き味は普通と(というのは今までのプレラの色彩逢いと)変わらない。ということはいかに鉄ペンとはいえ、プレラが素晴らしかったかということだ。

 ただ、書き味は変わる。何度も何度も書いているうちに、この金ペンは僕の味を出してくれる。そう思って、いや、そう信じて書き続けた。


 今、もうこのプロフェッショナルギアシグマを使っておおよそ3年ぐらいか4年ぐらい経つのだが、書き味は素晴らしい。ただ、僕の字は美しくない。だからこの万年筆にはかわいそうな思いをさせている。

 しかし、万年筆とは愛おしいものだ。

 インク工房というイベントがある。僕は2回ほど参加した。このインク工房というのは、自分の好きな色のインクをオーダーメードで作ってくれるのだ。

 初回、僕は緊張していて自分の好きな色ができなかった。でも、2回目は自分の好きな色をオーダーできた。そしていちばん嬉しい瞬間がある。それはできた色に名前をつける瞬間だ。僕は自分の下の名前に「ブルー」をつけた。つまり「◯◯ブルー」といった感じだ。

 そのインクは今でも愛用している。ブルー系統で作ったので公式な文書でも使える。

 万年筆。

 フォーテューンペン。泉のように湧き出るそのインクは、これからも素敵な作品を書き続けていくだろう。

 

ここまでお読みいただきありがとうございます。

またお会いできたら幸いです。

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