彼女はご当地アイドル
原稿用紙10枚小説に挑戦中です。今回はご当地アイドルの物語です。
スポットライトが彼女を照らしている。マイクを握る彼女のヒラヒラの衣装が華麗に舞う。伊坂カナ。ご当地アイドルのリーダーでもあり、僕の友達以上恋人未満。一応アイドルなんで恋愛禁止、というか恋愛御法度。
その前に僕の自己紹介を。ご当地アイドル「アイリス」のプロデューサとして彼女たちの楽曲制作を行ったり、イベントを企画している。
僕はプロの作曲家やアレンジャーではないので、楽曲制作に関しては全くの独学で始めた。売れるための曲作り、というよりは自分たちの突き詰めたい音楽を、というのがモットーだ。それにカナをはじめとするアイリスのメンバーも同じようなポリシーで、歌いたくない歌は歌わない、と言い出すメンバーまで出てきた。それが僕を悩ませた。僕は作りたい曲を作りたいし、彼女たちには歌いたい歌がある。それでいてオリジナリティを出さないといけない。
子供部屋をそのまま使っている狭い部屋にパソコンと鍵盤とギターとマイクだけの作曲家としてはけして恵まれた環境ではないが、一応僕のスタジオ。
ギターを構えて、まずはコードをじゃらんと鳴らす。コードは適当。スリーコードを適当にかき鳴らす。イメージは大体出来上がった。スマホのボイスレコーダーに仮の歌をつけて、ギターを録音する。
古いかもしれないが、僕はいわゆる小室進行と言われてるAマイナー、F、G、Cと続くコード進行が好きでよく使っている。
「泣かない約束 誓ったばかりに」
「笑顔が苦しく 別れられない」
「月の女神 星の王子さま」
「キスまで届かない」
「ラララ……」
「ミッドナイト ハイウェイ」
「星が消えた夜 月に照らされて」
「うつむいた 君がまぶしくて」
「照れ笑いしたよ」
割と完成された曲ができた。
これをパソコンのDAWで作り込む。いわゆる作曲ソフトだ。
ドラムをエイトビートで打ち込む。バスドラムまたはキックという一番低音のドラムを、本当は一拍ごとに打ち込む四つ打ちというのを(小室世代では)やりたいが、オーソドックスにエイトビートにしておく。次にスネアを打ち込む。最後に(本当は最後ではないが)ハットを打ち込む。
これをベタ打ちで打つと機械音っぽいから(機械音なんだけど)鍵盤をつないで指で押しながら、強弱をつけて打ち込む。
曲が完成したら、リーダーのカナにメッセージアプリで送る。実はこれが一番緊張する瞬間でもあり、ワクワクする至福の時でもある。
小説ではデビュー作が名刺代わり、と言われることがある。僕は音楽に関しては素人だが、デビュー曲はやはり今でも名刺代わりだと思っている。嵐の『A・RA・SHI』のように。
アイリスのデビュー曲を作った当時は僕もあんまり楽曲のことをよくわかっていなくて、かなりネットの作曲サイトを参考にしたり、音楽理論をすっ飛ばして作ったから、王道進行と呼ばれる、聴き心地の良いコード進行で、メロディーも歌詞も歌いやすいものにしたから、それが彼女たちの名刺代わりになったことはあとで後悔したこともあったが、ファンから届くメッセージにはやはりデビュー曲の「さよならアイリス」の評判が良いことから、今となっては良かったのかなと思っている。
スマップのような売れ方を望んでいる。彼らもデビュー曲は自己紹介のような楽曲だった。そしてそのあと様々なヒット曲が生まれ、平成最大のセールス記録を作った『世界に一つだけの花』は言うに及ばずだ。
ご当地アイドルが彼らのような売れ方はしないと思う。それでも少しでもファンがいる限り、僕は可能性はなきにしもあらずだと思っている。現にユーチューブの再生回数は3桁に達しているし、コメントも温かいものが多い。
プルルルル。
「カナ」
カナからだ。。
「先生(秋元康氏に倣って、僕も彼女たちには先生と呼ぶように言っている)、レッスンに間に合うように新曲、期待していますね」
そうだろ、そうだろ。僕は思わず鼻の下を伸ばした。
「大丈夫、一番の歌詞はできているから、あとは二番と大サビを作って出来上がり次第、送ります」
とりあえず僕はリーダーのカナにメールを送信して、寝ることにした。
翌朝、パソコンのファイルを見てみる。ない。ない。「星のダイア」と確か保存したファイルが見当たらない。あれがなければ再現できない。僕は一晩眠ればすっかり前の日のことは忘れるように脳ができているから。
確かに「星のダイア」と名付けたはずだ。
しかし、ないものは仕方がない。そうだ、カナに送っているから、一番の歌詞とメロディーはちゃんと届いているはずだ。
彼女たちは学校に通っているので、放課後にレッスンという名の練習をすることになっている。僕は彼女たちの授業が終わるのを、一人で区民ホールの小会議室で待っていた。
リーダーのカナが満面の笑みで寄ってくる。妹みたいに、いや、娘みたいに可愛い瞬間である。まるでパパに駆け寄ってくる娘のような、そんな目で見ている自分が、独身とはいえそんな歳になったか、と自覚する。
「カナ、昨日送ったファイルだけど、ある?」
「え? ファイル? 昨日は先生から一通もメールもメッセージも来てませんけど?」
「ちょっと、携帯見せて。あ、いや、俺のんを見ればいいのか」
「あれ? 確か、送ったのになあ」
「先生、またお酒でも飲んで酔っ払ってて、実は作ってませんでした~、なんてオチじゃないですか」
とりあえず僕は平謝りで、彼女たちに頭を下げた。
ショックなのは僕より彼女たちの方で、もうセットリストもほぼ出来上がっていて、その中に「新曲」とまで書かれてある。なんとか次の曲を用意しないとと思うが、才能が湧き溢れるわけじゃないので、そう易々と書けない。
日に日に不調は続き、やがて1ヶ月が過ぎようとしていた。
僕は気分転換にテレビを点けた。司会のタレントがマイクを握って笑顔を見せている。
「続いての曲は『星屑ダイヤモンドの輝き』です」
似たような名前の曲なんてみんな考えることは一緒だな。そう思って、自分の非凡さを嘆かわしく思いながら、つまみの枝豆をつまんだ指についた塩水を舐めながら、どんな曲か聞いてみる。
「泣いたお前の 誓った約束」
「笑顔は苦しく 別れも言えない」
「月の女神 星の王子さま」
「キスより抱きしめて」
「ラララ……」
「星屑ダイヤモンド」
「瞳は輝き これが恋だと気づくとき」
「照れ笑いしたよ」
メロディーも歌詞も僕の作った『星のダイア』と似ている。おかしい。
これは夢ではないか。そう思ってテレビを見ていた時に、携帯が震えた。
「アキラ」
あんまりメッセージのやり取りのない高校の同級生のアキラからだった。こいつは俺ははっきり言って嫌いだ。何かと言うと知り合いの芸能事務所の自慢話ばかりだから。SNSでもタレントと一緒に写ったいかにもな写真ばかりあげている。
しつこいほどさっきからバイブが。仕方ない。出るか」
「おお、コウイチ。久しぶり」
「なんや、また自慢か。今度はどんなタレントのタレコミや」
「違うって。お前が俺に送ってきた曲あったやろ。あれを俺の知り合いの社長に聞かせたら、アレンジャーがすごくいい感じに編曲して、新人アーティストに歌わせたら、歌番組のP(こいつはすぐ業界用語を使いたがる。素直にプロデューサといえ)がすごい気に入って、すぐに歌番組で披露しよう、ってことになって。よかったな、お前の曲やぞ。よかったら、今度飲みに行けへんか?」
ブチッ。
はぁ? 俺のことを舐めてるのか。
俺はそんなんで有名になりたいんじゃない。単純に、楽しいんだ。アイリスが地元のおじいちゃんやおばあちゃんに孫のように可愛がってくれて、地元の名所とかがホームページとかでもアクセス数が伸びて。それに川の清掃活動とかも盛り上がって、地元を活気づけるのに役立っている。それが、それが地元愛ってもんじゃないか? 何がメジャーデビューだ。そんなもん、俺の方から捨ててやる。
僕はまたアイリスに歌ってもらう楽曲を今もパソコンに向かってコツコツと制作している。たとえそれが売れなくても、彼女たちが気持ちよく歌ってくれれば。(了)
ここまでお読みいただきありがとうございました。
またの機会があればお会いしましょう。