越前ラブストーリー
原稿用紙十枚の短編です。
いつもドライブで通る越前海岸の河野の海といえば、小学校の頃、よく家族で海水浴に来た思い出の土地だ。ゴールデンウイークのこの季節にはまだ海水浴には早すぎる。名前も知らない山道を広瀬の方へとハンドルを握る免許を取り立てのオレ。カーステレオから流れてくるCDには今流行とは言えないオレの中でのベスト集が入っている。聞き飽きたのでラジオに切り替えると山道だったの電波状況が悪いでスイッチを切った。
やがて広瀬につくと祖父の家が見えてくる。広瀬に帰ってくるのは高校三年生以来だ。というのもオレは去年は浪人していたので祖父の家に帰る余裕はなかった。久しぶりに吸う広瀬の空気は大阪のそれとは違ってうまい。
祖父も病におかされ、そう長くはないと聞かされていた。それでも県立病院から退院してきた直後の祖父は、休めばいいのに、鎌を持って庭の草刈りをしている。もっともオレが今回広瀬に来た理由は、高三の時にできた彼女を、もうあまり長くもないだろう祖父に紹介するためだった。親父には紹介してないが、祖父になら紹介しても、まだ結婚というには早すぎるので手軽だろうと思ったからだ。それに祖父は高二の夏休みに帰省したときに「彼女はまだか」と聞いてきたので、それを自慢するためでもあった。
広瀬の祖父の家に挨拶と手みやげ、それに仏壇に供え物をして、祖父の家をあとにした。
再びハンドルを握ったオレは彼女を助手席に乗せて、脇道から8号線を通って鯖江方面に向かった。途中、二中の近くを通ったオレは彼女に、この近くで毎年武生菊人形が行われ、その年の大河ドラマのテーマにそって菊人形展が開催されるなど、福井の名所を案内する。彼女は東北の出身だから、今年のテーマは「八重の桜?」と聞いてくる。オレはうなづいて8号線を北上した。彼女が「お腹すいたね」というので「じゃあ千福の、あ、わからんか、親戚の近くの8番らーめんでも食べて行こか」とオレがいうと「ラーメン、食べたい」と彼女の笑顔。車を止め、8番らーめんでラーメンを頼む。二つ運ばれると突然彼女がはしゃぐ。「すごーい。なるとに8って書いてある」。スープまで飲み干して店を出ると、また8号線に戻って鯖江方面に向かう。彼女が「さっきからどこに向かってるの?」と聞くので「いいところ」とだけ言ってハンドルを握り続けるオレ。ゴールデンウイークの鯖江方面への道は若干混んでいる。ただ二人には二人っきりの車内は居心地がいいので渋滞なども気にならなかった。8号線から少し西に行ったとこで西山公園についた。彼女がなにやら財布を取り出して、オレの肩をとんとんと叩く。
何? と振り返ったオレは「入場料、私が払うね」というのでオレはちょっとふざけて「だんね」という。彼女は意味がわからず「値段ね、いくら?」と聞き返す。オレは「『だんね』って福井弁で『いいよ』という意味やで。ここ、タダやねん」というと、彼女は驚いた表情を見せた。その表情にオレはどうだ、とばかりににこっとした。公園の中は人、人、人。彼女が咲き誇った赤やピンクのつつじを見て「キレイ!」と目を潤ませた。オレは彼女の手をもって芝生に引き寄せると、彼女と芝生の上に座った。彼女が「もたれていい?」と聞くのでそっと肩を貸し、やさしく指を握りしめた。
しばらく二人の時間を過ごすと、オレは立ち上がって彼女の肩をポンっと叩いて、「あっちに動物園があるからいこう。ここは高校生の時におじいちゃんとうちの家族四人で来た思い出の動物園やねん。そら、上野みたいにパンダがおったり、神戸みたいにコアラがおるわけちゃうけどな。あ、パンダおるわ」。オレがそういうと彼女は目をきらきらさせて「え? パンダがいるの? 私パンダ見たことない!」とはしゃぐ。
動物園の前につくと、彼女がきょろきょろしながら、「パンダはどこ?」と聞く。「ここだよ」と言ってレッサーパンダを指差すオレ。「え? これ、パンダ?」とパンダ自体も見たのない彼女がさらに驚く。「レッサーパンダっていうねんで。ほら、昔テレビでレッサーパンダが立ったとかいってニュースになってたやろ?」とオレが言うと彼女はレッサーパンダに夢中になって「ねえ、このレッサーパンダもすごくかわいくて、私、パンダよりこっちの方が好きかも」と笑う。二人は通りかかった同じ年格好のカップルに声をかけ、デジタルカメラを渡して写真を撮ってもらった。「見せて」と彼女が覗いてくる。「ちゃんとレッサーパンダもこっち向いてるね」とさらに笑顔を見せる。
動物園で他の動物も見たあと、時間もおしせまっていたので駐車場に戻り、車を出してまたハンドルを握って広瀬の祖父の家に向かう。帰り道で彼女が「福井っていいところいっぱいあるのね」と振り向きながら言う。「あるで」と答えたかと思うと、突然窓の外を指差して「あ、あの茶色い丸い建物は何?」と聞くのでオレは右を振り向いた。「あ。あれな、サンドームって言って体育館かな? 鯖江は体操も盛んやねん。鯖江っていえばメガネのフレームやな。このオレのかけてるメガネのフレームもカワサキカズオっていう厳密に言うと鯖江ではないんやけど、福井出身の人が人間工学に基づいて作ったやつやねんで。オレ、この人のフレームのメガネ二つもってるねん。見て、ほら、上の部分がクルって丸まってるやろ。珍しいねんで」と助手席に向かってかけているメガネのちょぼの部分を指差した。「他にも福井はいっぱい自慢があるわ。ほら、前に連れが酒飲んで暴れてお世話になった曾根崎警察ってあったやろ? あの曾根崎で有名な『曾根崎心中』の近松門左衛門も越前出身やねん。あとは言うまでもなく越前ガニやな。いいのは三万ぐらいするねんけどな。でもオレはせいこがにっていうメスのカニが好きで、内子っていう赤いところがどう言ったらいいんやろな、いやなんとも言えんな。噛んでてカシカシっていうんかな、とにかくおいしいねん。おじいちゃんの妹がな、スナックやってて、店でも出すから福井の中央卸市場いって買ってきてくれて初めて食べてな、それからやみつきや」。オレは両親の故郷である福井についてあつく語っていた。
「福井っていっぱいいいところあるんだね」と彼女もオレの長い話にもうんざりすることもなく興味を示してくれた。「いいところいっぱいやで」「もっと聞かせて」と興味津々の彼女にオレはまんざらでもなかった。
広瀬を通り過ぎたオレはまた河野の海へ続く山道を走らせていた。彼女が「あれ? おじいさんの家はさっきのところじゃないの?」と聞く。「いや、いいねん。おいしい水が流れてるところがあるからそれを由美ちゃんにも飲ませてあげたくて。冷たくておいしい天然水やで。それにまだまだ福井のこと話したいしな」と言ってオレは後続車がいないことを確認して、山の緑をゆっくり見渡せるようにスピードを落とした。
「福井ってな、学力テストも毎回上位やし、運動能力も毎回上位でスポーツも勉強もがんばってる子が多いねん。それに純粋やしな。家も広いし、なんて言っても共働き世帯率が全国でも高いっていうか前に新聞で全国一位って書いてあったしな。子育て政策もすごい手厚いねん。オレ、将来は大阪で働いてもいいけど、福井に来てもいいかな、って思ってな。ごえんさんの寺にあるお墓もこっちやしな」とオレはまたつい両親が使う福井弁を使っていた。さっぱりわからない彼女は「ごえんさんって何?」と聞く。無理もない。「あ、ごえんさん、ってお坊さんのこと。言わん?」と聞くと「言わないよ」と彼女が口元を手の甲で押さえながら笑う。「でも……」と彼女はさみしそうにオレの方を向いて、「そしたら私たち、離ればなれになっちゃうね」とつぶやく。オレは「そんなことないよ。オレ、由美ちゃんのこと、本気やし」といって車を水飲み場の前に止めた。
「飲んでみぃ」オレは彼女にそういうと彼女は両手でネズミ色のパイプから流れる水をすくって、口元に運んだ。と同時に「冷たくておいしいよ」と笑う。「そうやろ、ここの水、実は宮下家の隠れ名水百選の一つやねん」とオレも笑いかえす。車のボンネットに腰をかけて、オレが彼女につぶやく。「由美ちゃん、オレ、由美ちゃんのこと、本気やし、まあ、福井に来るっていうのはまだわからんしオレも大阪好きやからまだ先のことはわからんけど、いつかオレと結婚してくれへんか?」オレは頬を赤らめ、彼女の指先を握る。
「だんね」と彼女が真面目な目つきで答える。オレは笑いながら「由美ちゃん……」と言う。「何で笑うのよぉ」と手のひらでオレの胸を軽く叩く彼女にオレは「『だんね』って言うのは断るときに使う『いいよ』っていう意味やで。アカンな、オレ振られたな」と笑うと「なんだぁ、じゃあ、ごめん、こんな私でよかったら」と彼女がオレの目を真剣に見る。二人は水飲み場をあとにするとまた広瀬の祖父の家に向かい、用意されていた夕食を食べた。食卓で祖父が「二人は結婚するんけの?」と聞くのでオレと彼女は特に返事をすることもなくお互いを見つめ合って、照れてうつむいた。その時の「ほうけの」と言った祖父の笑顔が未だに忘れられない。
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