正直なポチ
いつもありがとうございます。新作です。
或る晩、日の出屋商店の主人である隆良が店の売上金を勘定しようと金庫を開けたところ、その日の売上と金庫の中身とが一致しないことに気づいた。身内である従業員を疑うわけにいかないことは隆良も重々承知であった。
日の出屋商店は何代にもわたって地域から愛される和菓子屋で、結婚式の披露宴で出されたり、引き出物として愛用されてきた。地元でも高級和菓子店として有名であった。地元のみならず隣の市や町、県をまたいで名が通っていて、和菓子職人として修行にくる若者も少なくなかった。
隆良の元には現在、六人の弟子がいる。六人とも県外から親元を離れて預かっている大事な弟子で、真面目で優秀な者ばかりだ。
頭は一番弟子の中西で、ちょっとワルだが、憎めないニキビ面のいい奴だ。中西を筆頭に、入った順に、佐藤、内川、西木、木曽、島内の六人が同じ窯の飯を喰う。佐藤はこの頃、女遊びが激しく金遣いも荒いので隆良は少し頭を痛めていた。内川は真面目な好青年で嘘をつくのが下手くそな不器用な男で、隆良が一番の信頼を置いている弟子だ。西木と木曽は同時に入ってきた弟子で、島内はこの春、高校を出て入ってきた新入りだ。
弟子を疑うわけではないが、店を片付けたあと、隆良は六人を集めて実情を打ち明けた。
「わしは皆のことを疑うわけじゃないんだが、このところ、店の売上金と金庫の勘定がどうも合わんのじゃ。もし、そういうことをしている者がいたら、金輪際、心を改めてそういったことはしないと約束してくれないか」 隆良は両手を合わせて願うように頭を下げた。
「あんた、今日も勘定が合わないねえ」
隆良の妻、早苗が金庫の中の売上金を数えながらそう呟いた。
「せやかて、弟子を疑うわけにはいかんしなあ。すまんけど、ちょっとあの六人の様子を見といてくれんかのう。それでわしに教えて欲しいんじゃ」
早苗は渋々首を縦に振って隆良に売上金の入った袋を渡した。
翌る日、隆良は新入りの弟子である島内を連れて、自宅へと連れて行った。
「島内さんよ、お前さんは新入りだけど、随分といやいや仕事をしているようじゃなあ」
隆良にそう言われた島内は目を丸くして、
「そんなことないです。自分は、この仕事が楽しくて仕方ないんです。早く仕事を覚えて自分の店を持つのが夢なんです」
と立板に水のごとく熱い感情を口にした。
「そうか、それならいいんやけどな。それが本当かどうか、お前さんを試してもいいかの」
隆良は腕を組みながら、
「あそこに犬小屋がある。わしの愛犬のポチじゃ。ポチはそれはそれは利口な犬でな、嘘をついた人間が頭を撫でると吠えるんじゃ。島内さん、あの犬小屋の中のポチの頭を撫でて戻ってきなはれ」
そう言って島内のお尻をポンっと叩いた。
島内は促されるまま、犬小屋に近づいて、ポチの頭を撫でた。ポチは吠えなかった。
「島内さん、どうやらあんさんの言ってることは本当のようじゃなあ。これからも仕事をしっかり覚えて、一人前になって独立して店を構えるんじゃ」
隆良は腕組みをしたままほくそ笑んだ。
その晩のこと、店の金庫を覗くとまた勘定が合わなかった。
「あんた、言われた通り、あの子たちの様子を伺ってたんだけど、金庫の鍵を持ってるの、ってあの三人よね?」
「ああ、中西と佐藤、それに内川の三人じゃな。下の三人にはまだ金庫の鍵は預けておらん。それがどうかしたか」
「いえ、ね、内川君が『佐藤さんの女遊びが激しくて、どうも怪しい、って言うのよ」
「佐藤か。確かに、あの子は最近は着るものも派手になってきたしなあ。でも、佐藤は真面目に夜遅くまで働いて、あの六人の中では一番給料も払ってるよってに、金には困ってないと思うんやけどなあ。かといって正直者の内川が嘘をつくとも思えない。ますますわからんのう」
頭を抱える隆良に早苗が、
「それなら、あの手はどう? ポチに聞いてみるのよ。あんた、ポチは嘘つきには吠えるんでしょ?」
と微笑んでみる。
「ポチか。ポチはもう老犬であまり吠えないんじゃよ。元気がなくなってしもうて」
ある朝のこと、隆良は六人を集めて、
「前に話した金庫の勘定の件じゃが、どうやらこの中に盗んだものがいるようじゃ。残念だが、わしのところにそういった狡いことをする人間は必要ないんで、国に帰ってもらいます」
珍しく隆良が標準語で話すのを只事ではないと感じたのか、
「親方、僕らのことを信じてもらえないんですか。僕らは親方のことを裏切るようなことなんて絶対にしてないはずです。なあ、なあ、佐藤、内川」
中西が先陣を切って口を開いた。
「ええ、もちろんですとも。みんなで汗かいて働いた大事なお金をくすねるなんてこと、するはずないですわ」
佐藤が続けた。
「もちろんです。給料は十分いただいてますし、それに三食も食べさせてもらって住み込みで働かせてもらって、ありがたく思っています」
内川が不敵な笑みを浮かべながら、佐藤の方をちらと見た。
「佐藤さんよ、最近、派手な生活をしているようじゃが、羽振りがいいんじゃな」
隆良が内川の視線に合わせるように、佐藤の方へちらと視線を送った。
「親方、僕を疑うてるんですか。最近、彼女ができて、着る物や散髪代に気を使うようになったんです。派手にしてるつもりはないです。それに誰よりも遅うまで働いて、月給取ってます。店のお金は皆で苦労して稼いだお金です。そんなことをするはずありません」
佐藤は必死にそう言い終わると疲れたように、前屈みになって、膝に手をついた。
「そしたら、お前さんたちが嘘をついてないかどうか、わしのポチに聞いてみることにしよう。鍵を管理しているのは、中西、佐藤、内川、お前さんたち三人じゃな。西木と木曽と島内は仕事を続けなはれ。中西と佐藤と内川はこっちへ来なはれ」
隆良は三人を自宅に呼んだ。
「さあ、お三人さん、よく来なさった。正直なポチに、お前さんたちがいかに正直が聞いてみることにしよう。今から、それぞれ、犬小屋に入って、ポチの頭を撫でて来なさい。それで、吠えなかったら、正直者。吠えたら、嘘つき。それで判断させてもらいます」
両腕を組んで、隆良が中西から順番に犬小屋へ行くように指示をした。
中西は首を捻りながら、ゆっくりと犬小屋に近づいて中を覗いた。隆良や他の二人には中の様子は見えない。ポチは吠えなかった。中西はホッとした様子で隆良の元へ戻ってきた。
続いて佐藤が犬小屋に近づいた。内川は笑いを堪えようと必死で、隆良もその様子をじっと見ていた。ポチは吠えなかった。
最後に内川がポチのいる犬小屋に近づいて、中を覗いた。ポチは吠えなかった。
ポチは三人とも吠えなかった。
「どうやら、わしの勘違いだったようじゃ。お前さんたちを疑うて誠に申し訳ない。これからもよろしく、ということで皆と固い握手を交わしたい」
隆良は大層済まなさそうに、頭を掻きむしりながら、一人一人と握手を交わした。
「中西さん、これからもよろしく。一番弟子として皆を引っ張っていってくれ」
「佐藤さん、いつも夜遅うまでご苦労さんじゃ。これからも頑張ってくれ」
「内川。握手をしよう」
内川は飄々と軽くステップをしながら、隆良に近づいて、
「親方、これからもよろしゅう……」
そう言いかけたところで、隆良は内川の手をぎゅっと握って、
「内川、もうお前は国へ帰っていい。お前のことは信用していたけど、こんなことをするとはな」
「親方、ポチは吠えてません。僕は嘘をついてません」
「お前さんは大嘘つきじゃ。ポチは老犬でもう頭を撫でても吠えることはありません。お前さんはポチの頭を撫でてまへん」
内川は焦りながら、
「親方、なんでそんなことがわかるんですか」
縋るように親方の袖口を摘んだ。
「ポチの頭にはポマードを塗ってましたんや。他の二人と握手した時には、ポマードがわしの手についたのに、内川、あんさんの手は乾いたままでした。つまり、はなからポチの頭を撫でてまへんのや。荷物をまとめて帰りなはれ」(了)
最後までお読みいただきありがとうございました




