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セイナー

こんにちは。ちょっとした暇つぶしにどうぞ。

 青く澄んだ月夜。ブルームーンというよりはホワイトムーンの、そんな月夜道。宮下公一は駅の階段を急いで駆け下りると、高架下にあるコンビニに立ち寄った。どこかで見覚えのある女性が、ヘアワックスのコーナーに立っていた。

 横顔が見えただけで一瞬にして誰かわかった。幸子だ。

「ごめんなさい、もしかして」

「あっ、公一くん!」

「やんなぁ? さっちゃんやんなぁ?」

「そう、なんでわかったん?」

「だって全然変わってへんもん」

 公一は久しぶりに会う宮地幸子にまるで小学校の頃のままの様子で話すのだった。化粧ぐらいはしてるから少しはキレイになったでしょ、と言わんばかりに幸子はキレイになっていた。公一は思わずそれを口にした。

「さっちゃん、昔と比べてキレイになったなぁ」

「いややわ、そんなん言ってくれるのって岩田豆腐のおっちゃんか公一くんぐらいやで。褒めても何も出ーへんで。ふふふ……」

「さっちゃん、その『ふふふ……』って笑い方も全然変わってへんなぁ」

「そう? 私そんな癖のある笑いする? ふふふ……」

「ほら!」

「ほんまやな、気づかんかった、ふふふ……」

「で、さっちゃんはここで何してるん?」

 公一がなぜ幸子がコンビニのヘアワックスコーナーにいるのかをたずねた。

「いやね、ちょっと今度旅行に行くからヘアワックス大きいの持ち歩くの嫌やから、コンパクトな使い切りタイプのんが欲しくてね。あ、でも公一くんってたしか引っ越して東大阪に行ったんちゃうかったっけ? 何でここにおるん?」

「ああ、それな、今日ちょっと有也と会う約束をしててな。珍しくあいつのほうから電話があってな、それで会うことになってん。」

「ええ? いいなぁ。私も参加したらあかん?」

「有也さえ、いいって言ったらいいよ。ちょっと電話してみるわ」

 というなりいきなりケータイを取り出して有也にかけた。


「もしもし、有也? 俺やけど。そう、公一。うん、でな、さっちゃんも一緒に参加したいって言うてるねんけど、構わへんか? うん、そうやな。そしたら『居酒屋しょうちゃん』に九時な。あっこ、ラストオーダー十時半やったな。閉店十一時やから、二時間もあれば大丈夫やろ。わかった、ほんなら九時ちょっと前にな、行くわ」

 公一が有也に電話をしている間、幸子はヘアワックスを一つ買ってレジに並んで会計を済ませていた。そこへ公一が話しかける。

「さっちゃん、今、有也に電話したら、さっちゃんも来てもいいやって。とりあえず九時に『しょうちゃん』で待ち合わせしてるから。それまで、そこの角曲がった喫茶店で時間つぶそか。まだ一時間はあるからなぁ、どう一緒に?」

「いいよ、公一くんと久しぶりに二人で話したいことあったからちょうどよかった。でも公一くんも昔と変わらず頑固なところあるなぁ」

「何が?」

「いや、ケータイがスマートフォンじゃなくてガラケーなところ」

「ああ。これな。これはもうほとんどオカンと妹ぐらいにしかかけへんし、俺も体壊して今は仕事してないから要らんと言えば要らんねんけど、一応形だけ持ってるっていう感じやな」

「そうなん? 今は仕事してないって、どっか体悪いん?」

「体っていうかちょっと精神的なストレスでな、会社やめてもう十年近く経つんよ」

「そうなんや。大変やな。でも見た目、元気そうやけどな」

「まあ、見た目だけはな」

 二人で歩いているとまるで新婚ホヤホヤのカップルみたいだ。公一が人差し指で「あそこ」と指を差し、喫茶店のドアを開けた。カランコロン、という鈴の音がした。普通のネルのシャツにジーンズ、どこからどう見てもビジネスマンには見えない。もはや公一からビジネスという言葉はさっ引かれたようだ。幸子もスカートは卒業し、普通のブラウスにスラックスという出で立ちだ。公一が幸子に問う。

「たしかここって『喫茶モダン』ちゃうかった?」

「うん。経営者変わって今では『カフェ・ド・マグ』になってるねん。でも言っても五年程前に変わったところやから、みんなおばちゃんらは未だに『モダン行こう』って言ってたりするで」

 相変わらずふくよかな胸だ。

「さっちゃん、何する? 俺はアイスコーヒー」

「じゃあ、私も」

 二人はメニューを見ながら何を注文するか相談した。公一が右手を上げて店員を呼ぶ。

「お客様、お決まりでしょうか」

 マニュアル通りの接客でいかにも無機質な応対だ。それも「カフェ」のゆえんなのだろうか。

「アイスコーヒー二つ」

 公一がそのロボットのような口調の店員にオーダーする。

「ミルクとシロップはどうなさいますか?」

 まったくもってロボットより正確な口ぶりで聞いてくる。

「えっと、さっちゃん、どうする?」

「私、両方」

「じゃあ、二人ともつけてください」

 なぜかこっちの方が敬語になってしまう。

「では注文を繰り返します。アイスコーヒー二つにシロップとミルクをおつけいたします」

 ここで公一は心地よかった。それは、最近「コンビニ敬語」と呼ばれる「……でよろしかったでしょうか」というような言葉が一切なかったことだ。いたって普通の丁寧語で接してくれる店員に好感をもった。無論ロボットのようなのはチェーン店での決まり事だから仕方ないだろうが。

「さっちゃんは? 今何してるの?」

 アイスコーヒーが来るまで、紙のおてふきで手のひらを拭いながら公一が幸子に問いかける。

「私? 専業主婦。一応、結婚するまでは銀行につとめてたけど、寿退社して、今じゃ二児の母よ」

「そうなんや。子ども二人もおるように見えへんなぁ。相変わらずキレイやしな。って言っても俺も高校のときに東大阪行ったからさっちゃんとは中学以来会ってないねんけどな。成人式にはみんな出たんか?」

「うん、区役所でね。みんな元気やったよ。有也なんかね……」

 突然、有也の話になろうとすると言葉を濁そうとする幸子だった。

「有也が、どうしたん?」

「いや、それは有也が来てから話すわ」

「そっか」

 公一は何か有也にあったのかな、と勘ぐったものの、さらっとその場を流した。壁にかかってある時計は今、八時二十分をさしている。あと四十分もすぐに経ってしまいそうな勢いで二人は思い出話に花を咲かせる。いぶかしそうな顔をして幸子が公一に問いかける。

「ところで、公一くん、二人で行ったセイナーのコンサートのこと、覚えてる?」

「もちろん、覚えてるよ。日付まで覚えてるわ。三月十日やったっけ?」

「そうそう。セイナーのCDまだ持ってるで」

「俺も家にあるわ。アルバムの『Say! Now!』やったけな。『あの日に戻りたい』と『素敵なラブソング』が入ってるやつな」

「公一くんがあのプラチナチケット取ってくれたおかげでほんまにクラスのみんなからうらやましがられてね。ちょっと私自慢やってんで」

「まあ、チケット取ったのは俺のオカンやけどな。二枚あるから誕生日までは少し早いけど、宮地さんと行ってき、って言われて、うれしかったわ」

 二人は小学校四年の時に一緒に初デートで行った、当時大人気のアイドル「セイショーナゴン」のコンサートの思い出話をしていた。

「セイショーナゴンのメンバー全員言える?」

 突然、勢いよく思い出がよみがえってきた幸子が公一にたずねた。

「言えるよ。セイ、清家研二、ショウ、正田浩一、ナ……、名越裕一、ゴン、権藤悟。頭文字とって『セイショーナゴン』やったよな」

「そうそう。すごいな、覚えてるんや」

「そらそうや、あのときセイナーのメンバー言えたら女のコにモテるって言われてたから男子はみんな必死で覚えたんやで」

「あはは。子どもやね。ふふふ……」

「またその笑い方。全然変わってないなぁ」

 公一は先ほども言ったように幸子の口ぐせを指摘した。時計の針が八時半をさした。

「あと三十分か」

 公一は壁の時計を自分のケータイを開いてみながら同じ時刻をさしていることを確認してからそうつぶやいた。

「公一くん?」

「何?」

「少し早めに出て、歩けへん?」

「今から? 歩いても五分もかからんで」

「でも、ちょっといいから」

 急かす理由がもう一つわからない公一だったが、カフェの伝票をつまみあげると、俺が出しておく、という目線を幸子に送り、千円札をレジで出した。おつりの百円を受け取ると幸子が待っているカフェの外へと向かう。

「いくらやった?」

「いいわ、俺出しとくわ」

「いや、それはアカンわ。だって仕事してないんやろ? 私も出すわ」

「いや、ホンマにええねんて。だって、こうやって幸子と再会できたこと自体うれしいし、それにホンマに心からうれしいねんて」

「そう? じゃあ甘えとく」

 公一はそういうとふっくらとした幸子の唇がいやに色気を感じてたまらなかった。


最後までお読みいただきありがとうございました。また気が向いたらアップします。

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