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抽象的な美

こんにちは。今日も純文学です。自分にはエンタメをかく技量がないので純文学と言って逃げてますが、純文学とも言えない作品が多くて恐縮です。





「人々が気付かない抽象的な『美』を具現的にそれを絵として描くために僕たちは存在しているんです。それが出来ないんであれば僕たちはいる意味がないんですよ」

 そういってサイトウと名乗る男は一枚の写真を差し出した。小説家を名乗るわたしにはただのドラム缶の写真にしか見えなかった。現に彼が差し出したのは所々塗装が剥がれて赤銅色が見えるねずみ色のドラム缶の画だった。

 あえて筆を握る人間が描写するならば、河川敷で複数の老若男女が、道に立っているねずみ色のドラム缶を囲んでカメラのファインダーを覗いている写真、である。ただ、主役はあくまでドラム缶だ。このドラム缶の「美」をわたしは全く理解出来なかった。

 クロッキーハウス梅田会。インターネットで見つけた、サイトウと名乗る(「名乗る」と何度も言うのは偽名とは言わずともハンドルネームがサイトウであって、本名を知らないからである)男が主催するヌードモデルのデッサン会である。

 ヌード自体を見たいわけではなかった。そんなものは四十路前の男だ、飽きるぐらいに見ている。見てきた乳首の数は田舎の夜空で見える星の数なんかより、よっぽど多い。ましてや大概かける2だ。

 そもそもなぜわたしが、甥や姪に見せないようにブラウザのセーフティーモードにしている設定を解除してまでヌードのデッサン会のホームページを閲覧したか、だ。

 男に限らず(性的少数者もいるからこれがすべてに限られるとは言えないが)、ほぼ性欲というものがある。男は自販機でミニスカートの女性が腰を落とせば自然と太ももの間にできる三角形に目がいくだろうし、夏のブラウスの釦の隙間から見えるブラジャーに目がいくだろう。女も濡れる。ただ、わたしには薬の副作用だろうか性欲といったものがあまりない。

 そうなると、なおさら疑問が湧いて来るかもしれない。

 なぜ?

 わたしは、それこそ「美」を求めに行ったのだ。純粋な意味で。

 

 デッサン会が始まるまでの間、サイトウは美術に関する様々な資料を見せてくれた。その一部が壁の写真集だった。

「これは何だかわかりますか?」

 パラパラとめくったその写真集の中の一頁の上段の写真を指差した。

「1701、文系の僕には何かの年号にしか見えませんが。スペイン継承戦争の始まった年でしょうか」

「これは数字自体に意味があるかどうかは僕にはわからないんですが、壁と数字の色のコントラストが僕には美しく思えるんです」

 滔滔と「美」について語る彼の目は明らかに生きていた。仏教の世界では生きることは苦しいこととされているのかもしれないが、彼にとっては生きることが「美」であり「美」を感じることが生きることであるようだ。

 彼は目を輝かせながらわたしに話を続けた。

「小説を書く人だって同じだと思うんですけど、電車の中で他人の会話を聞いてメモをしたりすると思うんですね。僕らも電車の中の、例えば何気ない指の形であったり、組んだ腕の筋肉に『美』を感じたりすると絵にしたりするんです。さっきのドラム缶にしても主観的に見ればただのドラム缶なんですけど、客観的にそれを絵として表現すればどう美しく人々に伝わるか、それが『美』の世界なんです。だからそれを表現できなければ僕たちの存在意義はないのと一緒なんです」

 彼はそう言うと、イーゼルを前にクロッキー専用の鉛筆箱を開け二十センチほどの低い椅子に腰掛けた。小指ほどにすり減った短い鉛筆が二十本ほど並んでいた。

 わたしが彼の話に耳を傾けていると、次々と画人が会場に入って来た。皆、本格的にクロッキーをする人で、肩には七十センチほどの黒い専用鞄や、筒のようなものをかけている。それぞれの描きたい位置に設置してあるイーゼルの前に座る。ベレー帽の初老の男性は、ドラム缶の前でファインダーを覗いていた男性だ。老眼鏡なのか眼鏡をかけ恰好からして画人というイメージだ。ちょうど手塚治虫先生のような風貌である。

 南に面した道路側のベージュのブラインドからは明かりが漏れ、閉め切った窓からでも外の国道二号線の車の走行音が聞こえて来る。画材を手に黙々と準備をする画人。意外と女性も多い。

 そこに殺伐とした風景もなければ逆に温和な空気もない。ただあるとすれば常連同士の「こんにちは」と言った定型的な挨拶程度だ。その挨拶の中に真剣さが見える。

 ある男性がこちらを見つめる。その男性の腕には銀の腕時計が銀そのものよりも輝き、その手からは幾千もの日々を過ごした経験値が描き出す画を、これから生み出される画を楽しみに待っているかのようだ。「挑戦」という言葉がそこには見える。

 皆、モデルを待つというよりは、自分の画、これから近い未来に描き出される画を待っているようだ。

 わたしは水を静かに飲み、得体の知れない興味を持っていただけの十字架はいつの間にか消されていた。

 紙擦音以外、また少しの会話以外の音は聞こえず、皆、静けさを保っている。それが暗黙のルールのようだ。

 時計の針が定刻の三十分前を差した。この時点では十名程度だった。少しずつ空気が変わって行くのがわかる。

 アオザイのような一枚ものの服を着たモデルらしき女性が登場した。あとがつかないように下着はつけていない。適温に合わせるためモデルは自ら赤いストーブのスイッチを入れた。

 入念に体操を始めるその姿は「挑戦」への「挑戦」のようだった。「描く人間」への「描かれる人間」との対話、そのもの。

 足首、くるぶし、屈伸をして手を前に伸ばす。

 待っている間の画人の表情が一層真剣さを増して来る。

 モデルは腰に手をあて、腰をひねりながらベリーダンスのように体を慣らす。

「お願いします」

 モデルの唇が動いた。不思議な光景だった。むしろそれは描かせてもらう側のコトバのように思えたからだ。

 モデルが十センチほどの台の上に右足を爪先立ちで乗せ、サッカーのフリーキックのような体勢で右手は砲丸投げの競技のようなポーズで肩に手を置いている。

 脚の筋肉が女性らしからぬ男性のように隆々としている。

 この日のプログラムは固定ポーズだった。二分でクロッキーをし、それを三パターン、そのあと多数決で二十分の三回の合計一時間、じっくりとかけて描く。

 たかだか二分でそれだけの画が描けるのか、とわたしは疑いの念を持っていた。その疑いは呆気なく晴らされた。そのまま作品として出展出来るほどの画であると素人のわたしには見えた。

 二分のポーズを終え、モデルはまたアオザイのような服を着て休憩に入った。休憩といってもその間も入念に運動をする。

 三回のポーズのあと、多数決で三番目にとったポーズが選ばれた。

 わたしはモデルを見に来たのもあるが、一番の理由はその画人たちの表情が見たかったのだ。つまり画を描く目であったり、口元、果ては心臓の音など、五感で得られるものは全部得ようと思っていた。

 指で枠を構えてはじめに構図を決める人、定規で体のラインを予め決める人、人それぞれの手法がある。このクロッキーハウスに講師と呼ばれる人はいない。皆、好きに描くのが流儀だ。それを証拠に壁には「やっていけないことはない」と描かれた標語が貼ってある。

 わたしはサイトウの斜め後ろで彼の描く画を見ていた。鉛筆全体を横に擦り付け、体のラインを描いていく様は、同じ筆一本でこれだけの「美」をわたしが文字だけで表すことは不可能に近いと感じた。

 不可能に近いと感じながらも遠くはないとも自負した。鼓動である。文章にも画にも、「かく人」の鼓動が、魂がそこにあるのではないかと。

 わたしは彼だけではなく周りの画人の雰囲気も読み取った。画用紙を流れる画は、陰影、静けさがイコール真剣さとなってより一層の緊張感で包まれているようだ。

 純粋に、只管に、真剣に。遠く離れて見る軀は何かわたしとは疎遠な気がした。只、筆を走らせる音のみがわたしの、緊張というよりはわたしの単なる好奇心をもっとアンテナんの高いそれに変えてくれた。

 本来、人間が持つ体そのものの「美」を求めるのか。それとも動物としての根底にある、いや、理性できかない根にある性への欲求なのか。わたしには理解できなかった。

 ただ性への欲求であるとするならばそれはここにいる仲間に対して無礼である。この中にもしそういった感情の者がいたとして、果たして許される空気なのだろうか。

 わたしが描いていた感情は見事に砕かれていた。

 いつの間にか、自分の中で描きたい、という欲求に変わっていた。筆を洗う水の音以外は聞こえない。

 長時間の休憩に入った。皆、背伸びをして、互いの画を見合う。

 わたしはサイトウになぜ足首を描かないのか聞いてみた。

「近くで描くと存在感の大きさ、遠くで描くと全体的なバランス、描く距離によってもその人の感じ方が違うんです」

 彼は意気揚揚と自信たっぷりにそう言った。

 わたしは彼との有意義な時間を共有した。それは一方的なわたしの利益ではなく、まったく美術と関係のない、というと希薄な表現になるが、疎遠だったわたしとの出会いは、また彼にとって新たなる未知の生命体との遭遇であったのだろう。あとからスタッフでもある彼の奥さんに「彼ってあんなに話す人じゃないんですよ。すごく嬉しそうな顔で、なんかヤキモチ妬いちゃいました」と言われてわかった。

 時間はまだあったが、用は済ませたので、おいとますることにした。

「またよかったら来てください」

 そう微笑んでくれた彼のにこやかな目が忘れられない。

最後までお読みいただきありがとうございました。またどこかで会える日を。

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