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タチシン

前回更新から随分経ちましたtが、新作です。過去に書いたものですが、載せておきます。

 タイトルを思い出せない。ただ、立花新太郎が主演だったことは覚えている。なぜ覚えているかと言えば、その年の入社試験で彼のニックネームである「タチシン」のフルネームを書き取る問題が出て、解けなかったからだ。彼は不祥事を起こして芸能界を去り、今となって若い子たちにタチシン、立花新太郎といってもピンとこないに違いない。

 なぜそのようなことを思い出したかのように、と思われるかもしれない。それには訳があって、それこそ訳ありなのだ。

 四十路を遥かに過ぎて、婚活を、と思い四十路の手習で、慣れもしない婚活サイトに登録したことがきっかけだった。そのサイトは悪用禁止のため、登録者本人の顔写真や身元がわかるものは載せてはいけない仕組みになっていた。そこで立花新太郎に似ていると言われた僕のアイコンとしてそこに載せようと思ったのだ。ところが、彼が活躍していた頃はネットはまだまだ黎明期で、ウインドウズ95が発売された頃で、ほとんど画像が上がってないのだ。もちろん、肖像権やその他の問題があって、芸能人の写真をそのまま掲載するのはその婚活サイトでも禁止なのだが、その婚活サイトのサービスの一種として、芸能人の顔を似顔絵風にしてくれるというグレーゾーンギリギリのものがある。それを利用するにも当の本人の画像がいる。

 で、彼の主演映画のタイトルを思い出せば、そのパッケージの写真を利用できる、と考えたわけだ。

 先述した、若い子にはわからない写真をなぜ採用するかと言えば、同じ世代にわかってもらいたくて、こちらも年齢フィルターをかけるためだ。今更若い子に興味を持つ年齢でもない。最近では高校時代の友人の息子が甲子園に出た、とか成人式の写真がSNSに上がっていて、ああ、今の若い子はもう自分の息子や娘の歳なんだ、と痛感するのである。 やはり自分に近い年齢がいい。子供を望むよりも、二人の今後を楽しく生きていけりゃいい。

 ネットに接続して(常時接続の今、わざわざ接続とは言わないが)ブラウザを立ち上げる。立花新太郎と入力すると、SNSに同姓同名の人が一件だけヒットした。顔写真はないが、ダメ元で友達申請してみる。

 コーヒーは冷めてから飲んだほうが味わいが深いというのは僕の家の習わしで、それなら最初からホットを淹れなければいいじゃないか、と断りを入れられそうだが、熱々のコーヒーから冷めていく間に味わいが深くなる、というのが父のこだわりでもあった。父は夏でもアイスコーヒーは解せない人で、夏でもホット。それも冷めてから飲む、というこだわりを持っていた。

 インスタントコーヒーでも、最初の金のフィルムを剥がしたときにふんわりと香るあのコーヒーの香ばしさがたまらない。

 コーヒーを淹れて、冷めるまでトイレに籠る。トイレには昨日の新聞がラックに置いてある。悩み相談と、投書欄をささっと読んで、トイレを出る。念入りに手を洗って、自室にコーヒーを持って入る。

 SNSに早速反応があった。立花新太郎という人から返事があった。

「友達申請ありがとうございます。はて、どこでお会いしたか非常に失礼ながら記憶にないんですが、友達申請いただいたので、これからもよろしくお願いします」

 いや、失礼なのはこちらの方だ。会ったことも喋ったこともないのだから記憶にないのは当たり前のことだ。それよりもよく友達申請を許可してくれたものだ。その方がびっくりだ。

「初めまして。実は、失礼ながらお会いしたこともなければ喋ったこともなく。ただ、昔、タチシンという俳優がいたので同じ名前だったので、コンタクト取らせていただきました。もちろん、同姓同名で彼とは無関係だとは思いますが、これも何かの縁ですので、今後もよろしくお願いします。あ、同姓同名なら、彼の主演作、タイトルだけでもお分かりになりませんかね?」

 不躾だとは思ったが、僕は彼に望みを託した。元はと言えば婚活サイトにタチシンの画像を送るのが目的だったが、なんだか、僕はこの立花新太郎さんに興味を持ってしまった。

 グリーンのランプが付いていた立花新太郎さんからすぐに返事が来た。

「『ナンシーのホリデー』ですね。随分古いドラマですが覚えてくださったんですね」

 何やらこの書き方だと本人のような言い回しだが、まさか、まさか彼がタチシンその人ではないだろう。恐る恐る聞いてみる。

「あの、失礼を承知ですが、まさか、立花新太郎さんってあのタチシンですか?」

 コーヒーが冷めたので一口含んで、返信を待つ。すぐに返ってきた。

「その、まさか、なんですが。本人です。芸能界を辞めて随分と経つので、覚えてくださっている方がいて役者冥利に尽きます。今は、台湾や中国やボリウッドと言われるインドの方で端役、まあエキストラってやつですね。それでなんとか。ただ、今はコロナの関係でそれも思わしくなくて、日本にいます」

 よく、芸能人とかに会って泣く人がいたり、テンションがおかしくなって変な跳ね方をする女性(だけでなく男性も)がいるが、僕だって例外でない。思わず、うそ? と叫んだ。そして興味はタチシンがなぜ芸能界を辞めることになったか、あの真相(彼は薬物中毒で芸能界を追放された、という噂だった)を聞きたくなった。でも、流石にそれは不躾だし、失礼極まりないだろう。何度も入力しては、削除キーを押しまくった。

「『ナンシーのホリデー』面白かったです。僕、相手役の北村紗千香さんのこと、好きだったんです。彼女、今頃どうしてるんでしょうね。最近見ないですが」

 立花新太郎の横のグリーンのランプが消えた。何か失礼なことでも言っただろうか。慌てて北村紗千香とグーグル先生に聞いてみる。

「90年代に活躍した女優。T氏との交際から薬物事件に関与したとの噂から芸能界を自ら引退」

 しまった。思い出した。そうだ。当時週刊誌でコテンパンに叩かれた。大学の同期が生協で買った週刊誌を語学の時間に持ち込んで、こっそり読んでいた。これはタチシンを怒らせたに違いない。すぐに詫びのメッセージを入れよう。

「申し訳ございません。この度は失礼なメッセージを」

 これ以上ボロが出るといけないから、これで止めておく。まあ、もともと知り合いじゃないし、これで傷口が広がっても、もう関係ない人だ。いや、それは冷たいか。でも、まあいいや。

 相手役の北村は「南の海」とかいて「ナミ」。英語を当てて「ナンシー」というニックネームだったこととを思い出した。透明感のある役柄で、当時は薬物とは無縁だと思われたことから、ショッキングな記事として誌面を踊った。

 居た堪れない気持ちになった。ダイニングで母親の作った料理を口にしながら、ぼおっと考えるように箸をすすめた。体が重い。酒樽を両方の肩に載せているぐらいに重い。

 自室のパソコンを開く。ブラウザを立ち上げて、返信がきてないかみる。一件。

「失礼なことはないですよ。今だから言えることですが。薬物にしておけば芸能界を引退する口実になると事務所側が配慮したんです。当時、僕はアメリカに留学することを懇願しました。ところが売り出し中だった事務所は、プロモーション費用などを考えると到底受け入れられない、と。でも、どうしても夢を叶えたかったので、事務所から身を隠したんです。そして当時はネットの力ではなく、ある圧力でタチシンは薬物で、っていう記事が出たんです。」

 この続きはぜひご自身でご想像ください。

最後までお読みいただきありがとうございました。またいつか会える日を。

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