パラドックス
原稿用紙6枚分です。久しぶりの投稿ですが、すっかり仕様が変わってしまって戸惑っています。どうかお見苦しい文章ですがお読みいただければと思います。
くれないのスカーフをスッと襟元から引き抜いて、出血した僕の膝小僧に縛り付けてくれたね。あれは入学して間もない頃だった。
反則。マイナス5点。って言いたいけれど、入学早々、僕のハートはもう君一色になったよ。
コーヒーカップの形をした白い看板の珈琲屋さんによく出入りしていたっけ。君が映画の帰りに初めて僕をその珈琲屋さんに連れて行ってくれて。で、そこのクリームソーダに僕が惚れて。いや、君にも惚れていたんだけど。
オーソドックスなパラドックス。
僕の視線の先にはいつだって君がいた。でも君の視線のレーザー光線は明らかに彼に向いていた。だからいくら僕が頑張っても、君は振り向いてはくれない。そう思っていた。
光は平等に降り注ぐと信じていた純情な季節、僕は君と出会った。
教室の窓外には雲の切れ間から光芒が降り注ぎ、写真に納めたくなるような景色だった。あれは生駒山の頭上の雲だったと思う。ほのぼのとした山並みの風景は僕の心を夢中にさせた。時々ノートにスケッチしたりした。
「ジョークっていうのは会話のお菓子であって、メインにはなり得ないんだよ」
「それと恋愛をしないこととは何の因果があるんだ」
「いいか、恋愛っていうのはあくまで僕にとってはジョークであって、話の本筋ではないんだ。僕が本当に人生において大事だと思っていることは学問と哲学であって、恋愛ではない。だから君のように人を好きになることは僕はあり得ないんだ」
彼が語気を強めて不貞腐れた目でそう唇が動いたとき、硝子窓の向こうの澄明な空を黒い鳥の群れが渡った。
「あの鳥のようにね。鳥は恋愛なんかしなくても生きていける」
「でも、交尾はするだろう」
「もちろん。でも、今の女性が子どもを作ると言うリスクは将来的には無くなるものだと信じている。倫理的に正しいかどうか別として、恐らくはセックスなしに子孫ができる生命体になっていることだろう」
飲んでいた紅茶のソーサーについた雫を紙ナプキンで拭い取ると、染み付いた模様を僕に見せてきた。
「これが何を意味するか、君にはわかるかな」
僕を試すような企んだ目で見てくるのがわかったから、僕は口を結んだ。敢えて。
「何も言えないのか。これは偶然の産物だ。未来とも言える。未来は『双六』だ」
彼の目は少し潤んでいた。言葉数の少ない彼からこんなに淀みなく言葉が紡いで出たのは彼と付き合い始めてから初めてに近い。寡黙というよりは言葉のコストを考えて、無駄に話すことはしないのだ。
「未来が『双六』っていうのは?」
最近、彼と話すとき僕は彼のコスト理論というものに合わせてできるだけ最小限の言葉しか発しないようになってきた。
「一が出ようが、六が出ようが僕の知ったこっちゃない。それは確率だから。二回続けて六が出ることもある。三回のときも」
「それと未来の関係は?」
「宿題」
彼の唇が動いたのはその二文字だけだった。
「誰の宿題なのさ」
「君さ」
「君は? 恋愛は?」
コストカットのセリフが淡々としていて潔く聞こえてくるから、慣れというものは怖いものだ。
「高校時代のクラスメイトに今でも恋してる」
二回頷いて彼は僕を真剣な面で見つめてきた。
「で、その彼女は独身?」
「いや。結婚して子どももいる」
僕がそういうと、彼は首を一周回して下から僕を覗き込んだ。
「よく明るい未来とか前向きが大事、っていうけれど、僕はその言葉は大嫌いなんだ。未来がたとえ暗い闇路の中への突入だとしても、もしかすればそれは金砂子のように輝く星芒が差し込んでくるかもしれないし。必ずしも太陽が正解って今の風潮に嫌気がさしてるんだ。だから、君のその片思いを僕も応援したい」
彼の珍しくコストをかけた発言だった。
僕は孤独だった。今まで、孤独の海を浮き袋もつけずに漂い続けてきた。その僕に助け舟を出してくれたのは彼だった。
おぼめく仄白い月の明かりの下の清澄で新鮮な空気は僕の鼻腔を爽やかに通り過ぎた。
最後までお読みいただきありがとうございました。




