こうちゃんのお仕事
原稿用紙4枚です。僕が小説を書くきっかけになったような内容です。
「こうちゃん、これ、数えてくれるかな?」
「こうちゃん」とは浩介というこの作業所の利用者のことである。みんなが「こうちゃん」と呼ぶので僕も自然と彼のことをそう呼ぶようになった。彼は僕の先輩に当たる。と言っても2ヶ月前に入所したところなのでタメ口で喋る関係だ。喋ると言っても、彼はあまり口を開くタイプではない。だから最初は口はもちろん、心も開いてくれなくて、随分と困った。
僕の作業所は「ひいらぎ」というお店の名前のカフェスペースを会館の一スペースに間借りして、軽食を提供している。
中でも日替わり定食が人気で、天ぷら定食やトンカツ定食、鯖の塩焼き定食などがあり、どれも自慢の味付けである。
こうちゃんは皿を数える作業をしている。でも、こうちゃんは数字を8までしか数えられなくて、9枚目の皿と10枚目の皿には緑のシールが貼ってある。8枚目まで数えて、残りの緑のシールの皿を2枚数えると合計10枚となる運びだ。
皿は全部で20枚。職員が皿を10枚ずつに分けているのを念のためにこうちゃんが確認する。20枚というのは日替わり定食の1日の提供数が20食だからだ。
「一枚たらない」
こうちゃんが悲壮感いっぱいの顔で厨房の職員に報告する。
「こうちゃん、落ち着いて。皿は何枚あった?」
「8枚と1枚」
「ああ、9枚ね。緑のシールの皿はもう他になかった?」
「ない」
こうちゃんの言っていることが正しいのか、職員の数え間違いではないのか、職員が皿の枚数を数える。
「こうちゃん、これ、1枚、いちばん上に緑のシールが貼ってあるのがあったね。ごめんね。私のミスだね。これで10枚ね」
職員はこうちゃんのミスにせず、自分が悪いと詫びた。
休憩時間になった。
こうちゃんは本を読んでいる。どんな本を読んでいるのか覗き込んだ時、大きな文字で横に全部ひらがなでルビ、読み方が振ってあった。
「こうちゃん、何読んでるの?」
僕は彼の肩越しに本を覗き込みながら聞いてみた。
「ジャックと豆の木」
彼が振り向きざまに僕の方をみる。頬にへっこむ笑窪が愛らしかった。
「へえ」
僕は感心して、こうちゃんが本が好きだ、ってことを改めて知った。こうちゃんの読める本を書きたいな、って心底思った。それが作家になると決めた第一歩だった。難しい本もいいけれど、こうちゃんのように、本を心から楽しんで読めるような、そんな物語を書きたいと思った。
最後まで読んでいただきありがとうございました。




