祖母の日記
原稿用紙5枚強です。過去に書いた分です。
「このインクがなくなる頃には私もあの世へ旅立つのかねえ」
病床の祖母が咳き込みながら万年筆のインクカートリッジを差し替えた。祖母は祖父の形見の万年筆で日記をつけるのが日課だった。年季の入った万年筆は祖父の優しい手の温もりが残っているかのように、祖母はその万年筆を大事に扱った。
祖母は毎日、日記をつける。インクの量から考えるとその生命の残り時間もそう長くはない。祖母はそのことを察知していたのだろうか。
幼い頃、母を亡くした僕は祖母が母親がわりだった。祖母は僕を厳しく育て上げた。
「ありがとう、とごめんなさい、が素直に誰にもで言える人になりなさい」が口癖だった。
幼き頃の僕は挨拶ができなかった。それでよく祖母に叱られた。近所の人に会ったら挨拶をしなさい。ただそれだけのことなのに、照れ臭く、隣人を見かけても俯いて顔を反らせた。
「ほら、挨拶して」
祖母に促されて頭をちょんと下げるのが精一杯だった。
祖母はよく僕を祖母の生まれ故郷である福井県の越前海岸に連れて行ってくれた。紺青の海に逆巻く波の白いのが印象的で、その空はいつも曇っている印象があった。紅に染まる空に続く水平線の太陽に向かって一本の筋が赤く波打ちながら続いていく様子が一等好きだった。
祖母は夜の空が見える裏の山にも連れて行ってくれた。都会の空とは違って、福井の空は澄明で星の一つ一つが浮きだって見えた。
目の前を一筋の星屑がスーッと流れて行った。
「こうちゃん。今のが流れ星よ、見えた?」
「うん、でもお願いは3回できなかったよ」
「こうちゃんのお願いって何?」
「うーん。お菓子をいっぱい食べたい」
祖母は穏やかに僕の手を握って笑っていた。
特急サンダーバードで地元に帰ってきたとき、帰りに百貨店に祖母が僕の手を引いて連れて行ってくれたことがある。
百貨店のくるくる回るキャンディーなどをカゴに入れるコーナーで、
「こうちゃん、好きなだけ入れていいよ」
と祖母が微笑んだ。
僕は遠慮しながらも自分が欲しい飴やガムをバスケットに放り込んだ。お菓子をいっぱい詰め込んだ袋を店員から渡されたとき、僕はすごく嬉しかった。
祖母との思い出が蘇ってくる。ベッドの上で嬉しそうに万年筆を眺めながら、日記帳に何か記している。僕にはここからよく見えないが何か書かれているのだというのは筆の動きからわかる。
大学二年(関西では二回生というが)のときに、祖母は亡くなった。僕にとっては母が二度亡くなった気分だった。母親代わりの祖母が亡くなったことが僕の中ではショックだった。母の死を知った時はまだ物心つく前で、死の意味をわからずにいたからだ。
祖母の葬儀で一番涙が出たのは、喪主である父が火葬場で最後のボタンを押す時だった。父はためらいがちに俯いて、一呼吸置いてボタンをカチッと押した。中から轟音のようなものが響きてきて、これで本当に最期なんだな。と切ない気持ちになった。
煙突から煙がシュワっと出て行くのが見えた。天国へ登る祖母の優しい声が聞こえてくるようだった。
「あなたは本当に、ありがとう、ごめんなさい、と素直に言える優しいコだったわ」
一筋の涙が頬を伝わった。もうこれ以上涙は出ないほど泣いたはずなのに、涙が次から次へと溢れてきて、僕の心を洗い流そうとした。
最後までお読みいただきありがとうございました。




