ジルコニアの輝き
昔のん引っ張ってきました。
「なあ、直樹、文学部って小説家の養成所みたいなところやんなあ。はああん」
同じ予備校に通っていた中川友和が、あくびをしながら湯島直樹の肩をポンっと叩いた。
「なんでやねん。小説なんて書くどころか、まともに読んだこともないわ」
「ほんならなんで文学部に入ってん」
「しゃあないわ。行きたかったD大学の商学部落ちてんから。ほんまはマーケティングやりたかったんに」
入学式の初っ端の晴れの日にもかかわらず、キャンパス内を歩く二人の温度差は激しい。友和は第一志望の学部、片や直樹はいわゆる不本意入学の文学部。
「そんなに落ち込むなよ」
友和が慰めようとすればするほど、直樹はショボンとする。真新しいスーツがどこかヨレヨレに見えるのは気のせいか、変な気が出てるのか。キャンパス内を歩く新入生らしき学生を見れば、希望通りの入学か、不本意入学かわかる。まず首の角度でわかる。だいたいが不本意入学の学生は、ぼっちで四十五度下を向いている。もう受験戦争に負けて帰ってきた負傷兵のようである。ボコボコに打ちのめされて、生きては帰ってきたものの、辛い日々が待ち受けている、といった感じだ。
「ああ、直樹!」
チャコールグレーのパンツスーツ姿の島野美奈が、入学式が行われる第一体育館の入り口で直樹の名前を叫んで大手を振っている。
「あ、みっちゃん!」
さっきまでの憂鬱はどこへ飛んだやら、マックスハイテンションで美奈の元へと駆け寄っていく。
「おい、待ってくれや」
友和が叫んでも、直樹は美奈の元へ一目散だ。第一体育館の入り口で直樹と美奈が親しげに話し込んでいるが、友和にはその声は聞こえない。美奈の少し頬を赤くして照れて笑う表情が友和には印象的だった。
「ああ、紹介するわ。こいつ、中川友和、俺の予備校時代の連れ。っていうか、まあ、同じ世界史の講義受けてただけの薄っぺらい関係やけどな」
「なんでやねん、昼ご飯も一緒やったやんけ」
「ああ、初めて生で聞いた、これがボケとツッコミだね」
美奈は横浜からこの大学に入学してきたので、生の関西人をこんなにもたくさん見るのは初めてだった。思わず腰をくねらせて笑った。
照れ笑いも印象的だったが、大笑いし顔をくしゃくしゃになった表情がなお一層友和のウブなハートを刺激した。
「ねえねえ、友和くんって、なんて呼んだらいい?」
思わせぶりな態度で美奈が口元の笑窪を見せながら、首を傾けた。
「こいつ、予備校時代はミウラって呼ばれてたわ」
直樹がすかさず口を挟んだ。
「なんで、なんで?」
「ミウラ友和やから」
直樹からそう聞いた美奈はまた両手をパシパシ叩いて、大笑いした。
「もう、関西の人って面白〜い」
どうやら、美奈の笑いのツボにはまったようだ。さして面白いような話ではなく、普通の会話である。それでも美奈には、直樹と友和の一挙手一投足が面白いらしい。
「でも、大学入ってまで、暗い時代の予備校を思い出すような渾名は嫌やなあ。なんか違う呼び方にしてくれへんか」
友和は人差し指を一本立てて車のワイパーのように左右に振りながら、チェッチェッチェと舌を打ち鳴らした。
「じゃあ、美奈が考えたら?」
直樹の助け舟に、友和は胸の内で、ナイス! と叫んだ。
「え? 私? え〜、何がいいかなあ。トモくん、じゃあ普通すぎるよね。じゃあ、音読みして、ユーユーとかどう?」
はみ出たワイシャツをズボンに入れながら、友和は微笑んだ。というより照れ笑いだった。
「繰り返すんめんどいわ。ユーでいいやん」
「ジャニーズか!」
直樹の発言に速攻でツッコむ友和に、美奈はまた両手をパシパシ叩いた。
「本当、もうお腹よじれそうだよ」
そう言って美奈は友和の肩をパシンと軽く叩いた。中高一貫の男子校出身の友和は女子からボディタッチをされるのは初めてだった。だから、ズボンの下が熱くなった。
マンモス大学のため、入学式は二度か三度に分けられて行われる。三人は偶然同じ時間帯だった。直樹と美奈は文学部なので、前の方。友和は政策科学部という何をするやら訳のわからない学部で、中央付近。
グレーやら黒のスーツに身を包まれた新入生が、さっきまでスカスカだったパイプ椅子を埋め尽くしていく。その間、壇上では腕章をつけた職員か上級生が、立派な華と有田焼きか何焼きかわからないが、大きな一メートルほどある壺をセッティングしている。四方八方のスピーカーからは、大学の校歌と応援歌が繰り返し聞こえてくる。友和は不安と期待に胸を膨らませながら、入り口でもらった紙袋の中身に手を伸ばした。中には、校歌と応援歌の収録されたCDと、記念品のタオル、百均で売ってるようなただ大学のロゴの入ったボールペン。そして透かして見ると縞々になった入学式式次第の紙がしれっと一枚入っていた。
式が終わると、第一体育館からわんさか人が出て行った。友和も直樹も美奈も、その流れに沿って第一体育館から出て来た。第一、というが第二体育館はキャンパスマップを見てもどこにも記載されていなかった。
「直樹、マジ退屈やったわ」
「ああ、学長の長い話な。あれやろ、要は大学は自分から何か学びを見つけなければ、ただの就職予備校で終わってしまう、ってことやろ」
「そうやな。憂鬱やわ。行きたくもない文学部なんて。しかも清明館やろ。一番辺鄙なところやん」
友和と直樹に割って入るように、美奈が
「ねえ、キャンパス内にカフェあるでしょ。行ってみない?」と人差し指で唇を抑えた。
「そんなんあるん?」
不本意入学の直樹は特にキャンパス内に何があるとか興味がなかったのでマップも碌すっぽ見てなかったので、そんな素晴らしいものがあるとは気付きもしなかったので驚きの表情で聞き返した。
「あるよ。えっとね、伊吹館の横の『ひだまり』ってカフェ」
そう言って美奈はキャンパスマップを広げて、伊吹館の横の建物の図を指差した。
「じゃあ、早速行ってみようや」
直樹が勢い良く言うと、友和は黙って頷くのだった。
『ひだまり』のドアを開けると、名物パフェが有名な店なので、それを何かグルメサイトで見た新入生、もちろん不本意入学じゃなく、希望して入ってきた彼らでほぼ満席状態だった。しばらく待ってようやく入ることができた。
三人の関係はまるで、いきものがかりのようだった。席についても口数の多い直樹に対して、友和は美奈のことを意識してしゃべることが出来なかった。美奈は美奈で、「ねえ、ねえ、さっきの漫才みたいなトークしてよ」とほくそ笑む。
「あんな、みっちゃん。関西人がみんなおもろいわけちゃうで。なあ、友和」
「え? いや、うん、うん」
「どないしてん。なんかいつものミウラ、いや、ユーらしくないで」
直樹のツッコミに対して即座に対応できない友和は俯いて、
「いや、だから、俺、男子校出身やし、女子としゃべったのってマジで7年ぶりぐらいやし」と気まずそうに美奈から視線を外した。
「気にしないでいいよ。もう同じ大学で仲間なんだし」
美奈が優しくしてくればくれるほど、友和のドキドキ指数はアップしていく。そして恋愛偏差値35の友和には、美奈のハイレベルな思わせぶりについていくのに必死だった。
入学式の翌日は友和の学部では英語のクラス分けテストが行われた。明朗館の一階の大教室のスピーカーから流れてくる英語に、友和は適当にマークシートを塗りつぶした。予備校では偏差値の高かった友和も、さすがにIPテストと呼ばれる英語のテストは苦戦した。だからこそ適当にマークしたのだ。本来は実力を調べてクラス分けするためのものだったが、あまりにも適当にマークしたものだから、なぜだか点数が異様に高くて、ハイレベルのクラスに入ってしまう羽目になる。(了)
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