カフェ学部新設
久しぶりの投稿になります。
本学でも約20年ぶりとなる新設学部設置構想が発案された。これまでの法学部、経営学部、社会学部、文学部と文系学部を中心とした体制は今後も方針としては変わらないが、これに新しくカフェ学部を加えて五学部で本学を盛り上げていく所存となった。
新設にあたって理事会では「喫茶学部」という漢字表記の学部名を採択する方針でいたが、就職課の担当が「履歴書に書く場合に、喫茶学部だと文字が潰れて読みづらい」という声が上がったので「カフェ学部」とカタカナ表記で申請を行う結論に至った。
では、カフェ学部とは一体どんな学問を専攻する学部なんだろうか。
まず、学部を新設するにあたっては四年後の就職に向けたフォアキャスト(目標)をエビデンス(証拠)としてあげる必要があった。主な就職先として、飲料メーカー、大手カフェチェーン、コーヒー豆を扱う商社、などを想定した。
教授会でカフェ学部の初代学部長に手を挙げたのは、意外と文学部の依田教授だった。
続いて経営学部の山下教授が副学部長の座に立候補した。都合12名からなる教授会で採決され、新学部長に依田氏、副学部長に山下氏が選出された。
カフェ学部準備委員会が設置され、そこでカリキュラムについて話し合いが行われた。
カフェ経営学概論1、2。これはカフェを経営するにあたって主に個人事業主を目指す学生のために用意されたものだ。経営手腕を買って某大手衣料品販売会社の常務取締役を客員教授として招聘することになった。
豆学。コーヒー豆の知識を養う学問として、コーヒー豆の産地からタンザニア人の非常勤講師とジャマイカ人の専任講師を採用予定である。いうまでもなく前者は「キリマンジャロ」後者は「ブルーマウンテン」の産地である。なお、語学は英語を必修科目とし、選択科目としてスワヒリ語、スペイン語、中国語、韓国語を用意した。スワヒリ語の専任講師は単位互換交流のある外国語大学の講師を兼任で派遣してもらうようになっている。
マーケティング概論1、2。ちなみに先ほどから使用している1、2というのは1は1年の前期つまり第一セメスターを意味し、2は後期の第二セメスターを意味する。マーケティングの基礎として色々ある中で本学ではフィリップ・コトラーのマーケティング戦略のテキストを採用することにする。4つのP、つまり商品、価格、プロモーション、流通についての基本的なマーケティングはもちろんのこと、エリア・マーケティングといった地域別戦略の立て方も学ぶことになっている。
モーニング史。今では当たり前になっているモーニングのサービスがどのように始まったかなど、カフェを経営する上で常識となる科目も用意されている。
ドリップ理論、ラテアート美術理論、バリスタ実践など、実際にカフェ店で提供する技術科目も充実している。
第一年次においてはカフェ実習にも参加してもらう。学部生は実際にカフェ店にインターンシップ生として夏休みの2週間を使って派遣される。
単位は124単位を卒業の必須単位とする。なお、語学は1単位、その他一般教養にあたるカフェ基礎学群は2単位、演習科目は4単位、卒業論文は8単位とする。実践を第一に考えるため、卒業論文は必修ではない。その場合は別に2単位科目で合計124単位以上になるように指導する。
一人一つのコーヒーカップを持参することを義務付けていて、学部棟内の自販機のコーヒーは保護者教員協議会の寄付の元、無料で提供されるものとする。
準備委員会の用意周到な下準備の尽力の結果、文科省に提出する書類が出来上がった。
基本計画書。新設学部の目的欄には「カフェ学部は経済・産業・企業の仕組みを理解し、情報社会におけるコミュニケーション能力を持つ学生を育成することを基本的な教育の目標とし、とりわけアジアの玄関口となるこの地域の魅力に貢献できる人材育成をする教育研究拠点となることを目的とする」と記述されている。校地校舎等の図面では、法学部棟と文学部棟の間のスペースにカフェ学部棟を配置した図面を提出した。学則。趣旨等を記載した書類、学生確保の見通しを記載した書類、教員名簿、審査意見への対応を記載した書類を無事提出することができた。これもひとえに事務方のスタッフが日常の諸業務がある中で苦労して作り上げてくれた賜物だ。
設置認可が下りた。学長から発表があった時、職員は皆子供のように無邪気にはしゃいでガッツポーズを決めた。
学部設置準備委員会はそのままカフェ学部事務室という名称に置き換えられ、学部生の募集のための広報活動が始まった。
大学教育のカフェ学部の新設ということでマスコミへのインパクトは絶大的であった。申請が下りた次の日から新聞社からカフェ学部の取材対応に追われた。A社を皮切りに、Y社、M社、そしてスポーツ新聞社まで本学の取材を申し入れられた。
某公共放送の午後10時の番組で「変わりゆく大学の学部」という特集が組まれ、グローバルマネジメント学部や、リベラルアーツ学部、そして本学のカフェ学部の学部長がスタジオコメンテーターとして番組に呼ばれることになった。しかも生放送だという。学部長の依田教授は東京のスタジオに向かう新幹線の中で本学のパンフレットを入念に読み込み、学部の説明をするのに必死に文科省への提出書類に再度目を通した。
放送終了後、本学のサーバが重くなった。アクセス数を確認してみると普段の20倍のアクセスがあった。やはり全国初のカフェ学部の創設ということと、昨今のカフェブームが手伝って、反響がすごかった。
入試課では教授会で諮問される入試問題作成の予備段階に入っていた。
受験科目は3教科。国語、外国語(英語、中国語、韓国語から1科目)、世界史。国語は一般的なものだったが、世界史は特にアフリカ史や中南米の歴史に重きを置くことになった。
2月某日。第一期生の入学試験が執り行われた。黒いカラスのような学生服に混じって、カラフルな私服姿の学生が受験会場にひしめきあってまずまずのスタートを切った。本学では二月の入試をF入試、三月の後期試験をM入試と呼んでいる。前期で募集定員の8割程度を目論んでいて、後期で2割。戻り率を考えて、定員の何割か増しで合格者を出す。あまり人数が多すぎると助成金の関係で不都合になる。
合格発表の日。掲示板に集まる受験生とその保護者たち。目隠しの布が取られた瞬間、歓声や落胆の声、悲鳴に近い声が入り混じった。
「おめでとう、よかったね」
女子高生は保護者からそう声をかけられると、嬉しそうに何度も受験番号と発表の番号を確認していた。
申し遅れました。私、この度、カフェ学部の事務を担当します、サワイと申します。
いよいよ、4月。緊張するのは学生だけではありません。我々職員も同じです。しかも一期生を迎えるに当たって、この新鮮な気持ちは一生に一度のことになるかもしれません。
私はマイクを握り、履修ガイダンス(説明会)において大教室で真新しいスーツに身を包んだ学生を前に多少緊張はしながらもワクワクしております。一番はしゃいでいるのは、学生の方でも教授の方でもなく、この私かもしれません。
「えっと、以上でカフェ学部の履修の説明は終わりですが、何か質問がある方は……」
「はい!」
一番前に座っていた男子学生が勢いよく手を挙げた。
「自販機のコーヒーはいつから飲めますか?」
それまで張り詰めていた大教室の緊張した空気が笑いで包まれた。
「はい、もう、皆さんは今、カフェ学部の学生になられたので、ご自由にどうぞ」
私がそういうと、何人かの学生がそわそわとし始めた。
「あ、でも、このあと英語のクラス分けのテストがありますので飲み過ぎないようにお願いします」
私は一通り説明を終えると、一番に質問してくれた彼の元へ駆けつけた。
彼はタナカと名乗った。
一人一台のパソコンやタブレットを必携とする学部はあってもコーヒーカップが必携の学部は日本中、いや世界中を探し回ったって本学だけに違いない。
残念ながら今年はコロナの関係で対面式の授業が叶わず、ほとんどの講義をオンラインで行なっているが、彼らの元には学部から支援策としてコーヒー豆、もしくは希望者には紙パックのコーヒー飲料を送付している。
早く、このコロナが明けて、彼らと学部棟の地下にあるカフェで歓談しながら挽きたてのコーヒーの香りを楽しみたいものである。
(了)
ここまでお読みいただきありがとうございました。




