File5-9「隠された領域」
「アラタ管理官、何か気になることでもあるのか?」
ツナギの問いかけに、アラタは虚空に目をやったまま、小さく頷いた。
「少しだけ……違和感のようなものを感じました」
アラタは呟くと、サテナに視線を向けた。
「サテナ管理官、あの魔物たちの襲撃をどうやって察知したんですか?」
アラタの問いかけに、サテナは真顔で言い放った。
「え、勘」
「おい、サテナ管理官。真面目に答えろ」
傍らで頭を抱えるカイに、サテナは軽く手を振った。
「別にふざけているわけじゃないよ。そこまで特別なことではないんだけど……ただ、何となく空気が変わったなって思ったから、そこに魔法を撃っただけ」
「ある意味、野性的ですね」
キエラが思わずと言った調子で呟く。
「アリス管理官の黒滅魂を見て思ったのですが……黒滅魂の出現の仕方と、先程まで戦闘をしていた魔物の出現方法が似ているように感じました」
「似ている?」
オギナとカイが顔を見合わせる。
黒滅魂は空間と空間の狭間に攻撃対象を取り込み、その攻撃対象を捕えた空間そのものを潰すことで消滅させる管理官権限である。転移の際の空間干渉と違い、黒滅魂の場合は執行者が術式で人工的な亜空間を構築する。
アラタは顎に手を添えたまま、自分の中で考えを整理しながら言った。
「魔物たちはサテナ管理官が攻撃するまで、こちらにその存在を悟らせませんでした。境界域は神さまが治めている世界ではありませんので、並行世界軸線なども存在しません。何より、並行世界軸線から我々のいる空間までやってくるには空間転移という形になり、空間干渉による『兆候』を捉えることができます」
顔を上げたアラタは、己を見つめる一同に告げる。
「先程の魔物たちの襲撃では、空間転移による『兆候』がありませんでした。となれば、あの魔物はこの境界域に人為的に設けられた亜空間からやってきたのではないかと……」
「新人、いい読みだ」
キエラと入れ替わったキトラが、左目を覆っている前髪を耳にかけた。
「あの魔物はこの境界域の中から出現した。それは間違いねぇ」
キトラの言葉に、皆の表情が引き締まる。
「魔物たちの出現方法が転移でないなら……」
ヒューズがカイを振り返った。
「カイ、魔力探査を頼む。魔法による隠蔽の痕跡がないか確認してくれ」
「了解しました」
ヒューズの指示に、カイが即座に長杖を掲げた。
カイの足元に魔法陣が浮かび上がる。
「管理官権限執行、魔力探査」
光の波が、カイを中心に周囲へ広がっていく。水面に波紋が広がるように、カイの放った光の波が四方へ放たれた後、静かに消えていく。カイの紺色の瞳が鮮やかな瑠璃色へと変わり、その双眸が周囲をくまなく見つめる。
カイの視線がある一点で止まった。
「……見つけました。どうやら、アラタ管理官の読みは当たったようです」
どうしますか、とカイの視線がヒューズに指示を仰ぐ。
ヒューズは組んでいた腕を解き、背に負った大剣を抜いた。
「これより、連中の本拠地内部へ侵入する」
ヒューズの目が、鋭さを増した。
「奴らの目的を明らかにし、その陰謀を砕くぞ」
ヒューズの命令に、アラタたちも頷いてもう一度武器を手にした。
「では、隠蔽と防御結界を破壊します。サテナ管理官、補佐してくれ。かなり頑丈そうだ」
「はいよ~、ケイ」
「カイだ」
嬉々として長杖を構えたサテナの傍らで、カイが事務的に修正を入れる。
「残りは戦闘準備。アリス、いけるか?」
「……この程度でへばるようじゃ、第一部隊の副隊長は務まらない」
アリスは己の背を支えていたヒューズの手をやんわりと押し返す。そのまま、ふらつきながらも己の長杖を掴んだ。一呼吸置き、ピシッと背筋を伸ばす。
キトラは口角を吊り上げ、不敵に笑った。
「さすが、異世界間防衛軍の統括部隊だ。安心してキエラのこと、任せられるな。隊長さん、後は頼むぞ」
「ああ、任せろ」
ヒューズは笑顔で頷いた。
「それで、どの辺にぶち込めばいい?」
サテナの問いに、カイは魔力を集めた目を倒れた柱の辺りへ向けた。該当の場所を指さす。
「あの倒れた柱を目印に、そこから副隊長の身長分上だ」
カイが指示する横で、アリスの表情が不快気に歪んだのをアラタは見逃さなかった。さすがに任務中に噛み付くことはしなかったが、その目が「後で覚えていろ」と訴えているように見えた。
サテナがカイとともに、長杖の先端を倒れた柱より上の空間へ向ける。
「マイ、攻撃と干渉どっちする?」
「カイだ。俺が干渉する。破壊は任せた」
「はいは~い」
二人は軽く言い合うと、即座に術式の構築を開始した。
魔法陣が二人を包み込む。
「管理官権限執行、空間干渉」
「管理官権限執行、氷刃、風神の来訪」
カイの長杖の先端から放たれた光が空間に干渉し、大きく波打った。そこへサテナが放った氷の刃を纏う竜巻が突っ込んでいく。
二人の放った管理官権限が空間を干渉する際、周囲に稲妻が迸り、激しい爆風がアラタたちを包み込んだ。咄嗟に顔を腕で庇ったアラタは、虚空に出現した割れ目を目にした。
「あれは――」
アラタが目を見開く。そこへ空間そのものを揺さぶる振動がアラタたちを襲った。激しい軋みを上げて、夜空が割れる。白い回廊や柱に亀裂が走り、砕けた空間の破片とともに崩れ去った。
「これはっ……これほどの大規模な施設を隠していたなんて」
キトラと入れ替わったキエラの声に焦りの色が滲む。
アラタたちも目の前に広がった光景に息を呑む。
亀裂の生じた空間から、まるで塗装がはがれるように真っ赤な空が広がっていく。境界域の夜空が消え、白い回廊は黒く歪んだ物体に取って代わった。
黒々と立ちふさがる建物はドーム状のものを寄せ集めたような形をしており、そこに背に翼を生やした魔物たちが群がっていた。魔物たちの黒々とした目が一斉にアラタたちへ向く。
牙を向き出しに、こちらへ威嚇してくる魔物たちを見て、アリスが歯噛みした。
「術式に綻びがない……随分と腕のいいヤツが作った亜空間だな」
「まずは群がる雑魚を一掃する。これだけの施設だ、十分な証拠も見込めるだろう!」
ヒューズが地を蹴ると、頭上から急降下してきた三体の魔物を一閃の下に切り伏せた。
「来るぞ! 総員、武器を構えろ!」
ヒューズの号令を合図に、アラタたちも陣形を組んで備える。
蝙蝠の翼で風を切り、異形の魔物たちがアラタたちを強襲する。
アラタは双剣を握りしめると、渾身の力を込めて異形の魔物たちを迎え撃った。
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