File5-5「悪意の足跡」
「もうここに新しい手がかりはねーな。必要になったらまた呼んでくれ」
そう言ってキトラは左目を閉ざした。
右目を開けたキエラが、前髪で左目を覆い、険しい顔の一同を見渡す。
「キエラ管理官、先程、キトラ管理官が――」
「キトラが『表』に出ている間も、ここでのやり取りを私も認知しております。改めてご説明いただく必要はございません」
キエラはそう言うと、首にはめた共鳴具に触れる。
虚空に映し出されたのは、異世界間気象観測課のデータベースだった。
異世界シャルタ近郊の地図が映し出される。
「これが『鬼』の出現した際の異世界シャルタの様子です。当時、第五班の消息が途絶えた瞬間の周辺状況です」
キエラは虚空に映し出された画面を操作し、時間を少し前の観測データへ戻す。
「これが第五班の消息が途絶える、およそ一時間前の異世界シャルタです」
「うん? 何だ、この穴みたいなものは……」
アリスがある一点を指さす。目を凝らさなければ見逃してしまいそうな小さな黒い点が、地図上に記録されている。
「これは、空間干渉……何者かが我々よりも先に異世界シャルタの領域へ侵入した痕跡か?」
「座標地点は、ここから遠くありませんね」
オギナの指摘を受け、ヒューズも頷く。
「すぐにこの座標地点付近を捜索する」
再び魔動二輪にまたがり、アラタたちは異世界シャルタの空へ飛び上がった。
地図を頼りに進むことしばらくして、問題の地点に到着した。やはり周囲に目印になるようなものがない、どこまでも続く荒野が広がっている。
「一見すると何もないようですが……」
アラタが周囲を見回す。
「アラタ管理官。管理官権限、魔力探査を使用してみろ」
目に魔力を宿したツナギの言葉に、アラタは管理官権限を執行した。
「――っ!?」
アラタは息を呑む。
アラタたちの目の前では、空間が大きく歪んでいた。黒い靄のような瘴気が漂い、周囲の空間を侵している。
「いくら神々が脅威と認知できなくとも、『魔王』であることに変わりはないようだな」
ヒューズの言葉に、皆が彼を振り向いた。
「奴らの足跡を辿る。これだけ盛大に空間を歪ませているなら、見失うこともない」
「よし、念のためだ! サテナ、カイ! お前らは物理・魔法攻撃反射と幻影無効化だ」
アリスが長杖の縮小魔法を解除すると、柄を掴んで先端を高々と掲げた。
「管理官権限執行、即死無効!」
アリスの掲げた長杖から、細かい光の粒子がアラタたちに降り注ぐ。
サテナとカイも即座に己の長杖を元の大きさに戻すと、魔法陣を展開する。
「管理官権限執行、物理・魔法攻撃反射」
「管理官権限執行、幻影無効化」
サテナの指先がさらに虚空で違う魔法陣を描く。
「ついでにこれもつけちゃおうか。管理官権限執行、能力向上!」
サテナとカイの補助魔法を受け、アリスも軽く息をつく。
「相手は仮にも魔王だからな。まぁ、気休めでしかないだろうが、ないよりはマシだろう」
「ああ、助かる。皆、武具類の最終確認を」
ヒューズの指示に、アラタは腰の双剣の柄に手を添えた。軽く抜き、剣身の具合を確認する。オギナも弓の調子を見ており、キエラ管理官は拳銃を二丁取り出して一通りの確認が終わると拳銃嚢へ戻していた。
ツナギも己の両腕を覆う鉄籠手を打ち合わせ、具合を確かめていた。
「各員、準備はいいか? 今回はあくまでも敵情視察。危険と判断したら即刻戦線を離脱すること。いいな!」
「はい!」
魔動二輪にまたがり、アラタはスロットルを回した。
「行くぞ、オギナ」
「うん、いつでも大丈夫」
アラタの声かけに、オギナも頷いて答える。
そうしてアラタたちは空間の歪みへ飛び込んだ。
途端、車体が安定を失う。
「っ!?」
アラタはハンドルを水平に保ちながら、なんとか車体の姿勢を維持した。
異世界間仲介管理院が異世界へと繋ぐ「道」よりもずっと不安定な空間の中を、四台の魔動二輪が疾駆する。
運転しているアラタとカイに周囲を見回す余裕はない。
異世界シャルタの周囲に渦巻く空間気圧が乱れており、その猛威を振るっていた。言ってしまえば嵐の真っただ中を走り抜けている状況だ。
「アラタ、ハンドルを右に。方角は三時だ」
オギナがアラタに代わって、目に魔力を集めて虚空を見据えている。
「そのまま真っ直ぐ。ヒューズ管理官の背を目印にして進んで」
アラタはオギナの指示に顔をわずかに上げた。
この荒れ狂う空間気圧の中で、ヒューズとツナギが操る魔動二輪だけは平衡を保って走行している。
「おい、新人! ヒューズの後ろに着け! カイ、次に入れ!」
ツナギの背後から、アリスの指示が飛んだ。
「了解っ……」
アラタは必死にハンドルを切ると、何とかヒューズの後ろに魔動二輪をつける。その後にカイ、ツナギといった順で編隊を組んだ。
「もうすぐ境界域だよ……アラタ、注意して」
「ああ」
オギナの注意喚起に、アラタが頷いた直後だった。
「まずい、回避っ!」
ヒューズの焦った声が上がる。直後、魔動二輪の車体を大きく揺さぶる衝撃が襲ってきた。
体を投げ出された際にアラタが見たものは、境界域を埋め尽くさんばかりの迷魂たち――その無数の顔の波だった。
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