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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
二章 管理官アラタの異世界間防衛業務

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File5-3「魂二つ」

 防衛部部長の執務室は異世界間防衛軍の管理棟の一角にあった。

 真っ白な大理石に灰色の筋が入ったタイル敷の正面玄関を抜けると、昇降機の扉がある。

 ヒューズたちが扉の前に立つと、扉は自動で開いた。中は十人ほどが入れるほどの広さである。全員が昇降機に乗ったことを確認すると、ヒューズが共鳴具を扉脇に埋め込まれた宝珠に翳した。ヒューズの共鳴具に反応し、宝珠が虚空に数字を映し出した。五階の数字を指先でつつくと、昇降機が動き出した。五階に着くと、扉が自動で開く。

 長い廊下の突き当りに、防衛部の部長室はあった。

「異世界間防衛軍第一部隊隊長のヒューズです」

 ヒューズが扉をノックすると、中から返事があった。

 アラタたちは緊張の面持ちで防衛部部長室に足を踏み入れた。

 サテナとカイに倣い、アラタとオギナはヒューズの背後で整列する。

 ラセツの傍らにはナゴミとツナギが控えている。さらにもう一人、見知らぬ女性管理官の姿があった。

 梔子(くちなし)色の髪を右側の部分だけ複雑に編み込んだ髪型で、長い前髪で顔の左半分を覆っている。加羅(から)色の右目がアラタたちに向き、わずかに細められた。

「急に呼び立ててすまんな」

 部長席からラセツが口を開いた。

「一体、何が起きたのですか?」

 ヒューズの傍らで、アリスが尋ねた。

 不機嫌な顔のままだが、言動は先程より落ち着いている。

「事情を話す前に、彼女を紹介しよう」

 ラセツの視線を受け、梔子色の髪の女性管理官が左胸に拳を当てる戦闘時の管理官敬礼を行った。

「異世界間事象管理部異世界間物流管理課異世界間密輸等取締班所属のキエラです」

 キエラと名乗った女性管理官に、アラタは眉を寄せる。

 異世界間密輸等取締班……?

 異世界間事象管理部とは、異世界間における気象・環境、生物や物流などに関する取引や移動を記録・審査し、時に異世界間連合の規則に反した違法事物の差し押さえなどを担当している部署である。中でも異世界間物流管理課は、異世界間での密輸や不正な人身・人魂売買などを取り締まっている。

 異世界間物流管理課はそういった業務の性質上から、異世界召喚部、異世界間防衛部の異世界間監視団と合同で任務に従事することが多い。異世界転生部とは転生者監視課と業務に携わることがあるくらいで、異世界転生仲介課とは直接的なかかわりのない部署であった。

「異世界間密輸等取締班の彼女が我々とどうかかわるのです? 異世界間密輸等取締班の抱える案件は、防衛部(うち)では異世界間監視団が合同で任務にあたるはずでは?」

 アリスも怪訝そうにキエラを睨んでいる。

 心なしか、彼女の目に敵意に似た感情が宿っているように思えた。

「あの赤い髪の女性と黄色い髪の女性、背も高くてスタイルいいねぇ……うちの副隊長とは正反対だ」

「サテナ管理官、今すぐ黙れ。死ぬぞ」

 笑顔で呟くサテナの横で、カイが低い声で囁いた。

「三日前、お前たちが第五班の捜索に向かった際に遭遇した、『鬼』のことを覚えているか?」

 ラセツの言葉に、アラタたちは息を呑んだ。

 ヒューズとアリスも、無言でラセツを見据えている。

「もうすぐ異世界間連合会議が開かれるのは知っているね? それに先立ち、常任理事世界の神々にはこちらが回収した例の『鉱石』を提出したんだけどね……」

 ナゴミも口を開き、眦を下げてやや困り顔で続ける。

「何でも、その鉱石が魔王誕生を誘発する可能性を秘めているとわかってね。それで今回君たちにはあの鉱石が、何者によって、何の目的で、どのような経路を辿って、異世界シャルタで遭遇した『鬼』のような魔物を生み出すに至ったのか……調査してほしいわけなんだ」

 ナゴミの視線を受け、キエラがヒューズとアリスを見つめる。

「私たち異世界間密輸等取締班の管理官は、防衛部の異世界間防衛軍第一部隊に随伴し、遺棄された転生者の保護活動と並行して違法『鉱石』の流入経路を特定するため、こうして派遣された次第です」

 キエラは淡々と任務内容を口にする。

「なるほど。そういった事情なら、『鬼』との戦闘経験があり、事情をある程度認識している私たちが指名されるのは道理だな」

 アリスは腕を組むと、キエラを見据える。

「しかし、具体的にはどのようにして『鬼』の足跡をたどるつもりだ? 唯一の証拠であるあの鉱石はもう、異世界間連合へ提出してしまったのだろう?」

「その点はご心配には及びません」

 キエラは垂れた前髪を手の甲で押し上げた。

 前髪に隠れていた左側の顔が露わになる。

 紫苑の花弁を思わせる瞳が覗いた。キエラの左目の瞳孔が、縦に鋭くなる。キエラが右目を閉じた途端、彼女の口角がつり上がった。


「鉱石の瘴気はすでに記憶した。『俺』が見極められるから安心しろ」


「えっ……?」

 いきなり態度が豹変したキエラを前に、アラタは戸惑った声を上げた。

 アラタだけでなく、ヒューズやアリスを始めとした全員が息を呑んでキエラの様子をまじまじと見つめている。

「あー、やっぱ驚くよね」

 固まった一同を前に、ナゴミが場違いなほどにこやかな口調で言った。

「紹介するね。『彼』はキトラ管理官」

「キトラ管理官は六百年前の魔王討伐の際に、著しい魂の欠損を負った。通常であれば、我々の手で『戦死』させるはずだったんだが……」

 ナゴミの傍らでツナギが後を引き継ぐ。

「キトラ管理官の魔力探知能力の高さと鋭い観察眼は捨てがたい。さらに、同期のキエラ管理官からの嘆願もあって、彼女の肉体にキトラ管理官の魂を移したんだ」

「俺一人の魂じゃ、新しい肉体に移っても順応するのは難しかったからな。だが、普段はキエラが肉体を操り、必要な時だけ俺がこうして表に出てくるだけなら存在を維持することは可能だ。共存共栄、みたいなやつ? ま、仲良くやろうや」

 ひらひらと片手を振るキトラに、ヒューズは笑顔で頷いた。

「ははは、それは頼もしいな。私は第一部隊隊長のヒューズだ。よろしく頼む」

「おう、理解ある隊長さんで助かるぜ」

 ニシシッと独特な笑い方をすると、キトラは左目を閉じた。入れ替わるように右目を開けたキエラが、掻き上げていた前髪を下ろす。さらりと絹のように艶やかな前髪が、左目を覆い隠した。

「先程、キトラ管理官が言ったように、私たちが鉱石の瘴気を追います。第一部隊の皆さまと転生部のお二人におかれましては、これ以上の被害拡大を防ぐためにもご協力をお願いいたします」

 キエラが深々と頭を下げた。

 アラタとオギナの視線を受け、ナゴミも笑顔で頷く。

「ラセツ部長から話が来て、転生部の部長を経由して、院長の許可もとったから問題ないよ。ツナギくんにも同行してもらえることになったから、アラタくんとオギナくんの二人にもこのまま任務を手伝ってもらおうと思ってね。ま、どうしても嫌ってことならこの場で断ってくれてもいいけど――」

「いえ、私たちも気になっていたことでしたので」

 アラタは強い眼差しをナゴミに向ける。

「『鬼』は転生者を糧に肉体を構築していました。これは転生部としても見過ごせない案件です」

 オギナもアラタの後に言葉を添えた。

「二人ならそう言ってくれると思ったよ」

 ナゴミも満足そうに笑う。その閉じた両目が薄く開き、金色の瞳が覗いた。

「転生者を異世界へ送り出す管理官として、不届き者のしっぽを掴んで仕置きしてやろうじゃないか」

「はい!」

 アラタとオギナが同時に返事をした。

「さっそく出立準備にとりかかってくれ」

 そう言って、ラセツがその厳めしい顔にかすかな微笑を浮かべた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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