File5-1「戻りつつある日常」
「やっぱり、イケメン同士の恋を傍で見守ることができるポジションにいたいんです!」
拳を握りしめて熱く語る女性を前に、アラタは笑顔のまま「なるほど……」と相槌を打った。
アラタは顔に笑みを貼り付けたまま、待魂園で新しく担当となった転生者の女性と面談していた。その熱の入りようは今まで担当した転生者たちに負けず劣らず、もはや己の魂すらかけてもいいと言わんばかりの勢いだった。
「えっと、その……つまり、ご自身がその輪の中に入るのは――」
「あ、それはいいです」
女性はアラタの言葉を手で遮り、あっさり首を横に振った。
困惑するアラタに、女性は真面目な顔で続ける。
「いいですか、管理官さん。私は自分が恋愛するより、私が応援したいと思うイケメンキャラたちが幸せになる方がご褒美なんです! しかもこのゲームのキャラたちの境遇とかもう何度プレイしても泣けるんですよ! まさに神作! 私がもといた世界だと腐女子向けだからとかつまんない理由でそこまで評価されなかったけど、私が愛するこの子たちが、それぞれ結ばれる男性と幸せになって老後までその幸せ夫夫街道をまっしぐらするのを、近くで見たいんです! というか、むしろ私が彼らの恋路をがんばって成就させます!」
「ええっと……では、あなたが生前に触れていたその『げぇむ』なるものと同じ世界へ転生し、そこに登場する人たちが困っていたり、必要な時にあなたがその登場人物たちを手助けできる立場に転生したい、ということですね?」
「そうそう! もちろん、キャラたちとは仲良くなりたいですけど、恋人にはなりたくないんですよ! だって彼らにはもう最高のパートナーがいるんですからっ!」
「心から、彼らのことを大切にされているのですね」
アラタは当たり障りない感想を述べると、ペンを手に女性の主張をまとめにかかる。
「では、転生する世界への条件をまとめますと――」
細々とした確認作業を終え、アラタは待魂園を辞した。
門をくぐり、雑木林を抜けると大きく息を吐き出す。
「今日も、熱意ある主張を持った転生者だったな……。自分は見守る立場がいいだなんて、そう願う女性もいるのか」
アラタは呟いた後、手にしたファイルを開く。先程面談していた女性の主張を記録したメモを眺め、そっと表情を綻ばせる。
「彼女の主張はいまいち理解できなくて申し訳なかったが……自分の好きな人の幸せを第一に考えるなんて、きっと誠実な女性なんだろう」
一見、大人しそうな女性が熱意を込めて願ったことだ。アラタはしっかりと転生先を精査した上で、その世界を治める神に彼女の想いを伝えなければならない。
「よし、健さんの方の手続きは……」
アラタは左手首に装着した共鳴具に触れ、自分が受け持っている転生者たちの事務手続きに関する進捗状況を確認する。
先日保護した転生者については、当初の転生先へすでに事情を記した報告書とともに契約破棄の申請書を送っている。現在は転生先の神から返答待ちだった。
アラタが受け持っているもう一人の転生者は、転生候補先からの書面が届いていると転生者調査課から通知が来ていた。
事務室へ戻るついでに寄って回収してこよう。
「あとは、事務室で報告書と転生申請書の作成……午後からは西部基地で転生者の保護任務か」
アラタはファイルを閉じて脇に抱え直す。
今日一日のスケジュールを呟きながら中央塔を目指した。
正面玄関をくぐると、廊下を行き来する管理官たちが早足で脇をすり抜けていく。それを横目に、アラタも転生者調査課の窓口へ足を向けた。
「アラタ管理官、お疲れ様です」
窓口にやってくると、長く尖った耳が特徴的な、初夏の頃に芽吹く若葉のような髪と瞳を持つ女性管理官が笑顔で挨拶してきた。
以前、転生者仲介業務で一緒に仕事をしたアキラである。
「アキラ管理官、お疲れさまです。申請していた転生候補先から返信が届いたと……」
「はい、ここに共鳴具をかざしてください」
アキラに言われ、アラタは左手首に装着した共鳴具を窓口脇に設置された宝珠に翳した。宝珠が明滅を繰り返した後、「承認」の文字を虚空に映し出す。
アキラが重要書類を保管している棚へ向かう。鍵が解除された引き出しから羊皮紙を取り出し、それを小さい盆にのせてアラタに差し出した。
「こちらになります。受け取り承認をもう一度お願いします」
「はい」
アラタは再び共鳴具を宝珠に近づけ、承認を得てから差し出された羊皮紙を受け取った。
「やっと通常の転生業務が再開できましたね。まだ、仲介課さんも忙しいんですよね?」
アキラの言葉に、アラタも同意するように頷く。
「すでに異世界へ送り出した転生者の安否確認が終わっただけでも、だいぶ楽になりました。とはいえ、保護任務もありますから、しばらくは変わらない忙しさですね」
「うふふ、やっぱり。ツナギちゃんとしばらくお昼が一緒にとれてないから、そんなことだろうとは思ったんです。ツナギちゃんに今度、一緒に昼食を食べようって私が言っていたと伝えといてくれませんか?」
「わかりました。きっとツナギ管理官も喜びますよ」
アラタは笑顔で頷くと、転生者調査課の窓口を後にする。
中央塔の各部署も、徐々にその落ち着きを取り戻し始めていた。
転生部が総出で行っていた異世界へ送り出した転生者たちの安否確認が終わり、その中で連絡の取れなかった転生者たちを今回の事件で遺棄された魂と位置づけてリストを作成。そうして転生部で作成されたリストは防衛部や召喚部だけでなく、すべての部署へ共有され、転生者保護任務で活用されている。
アラタたち異世界転生仲介課も通常の転生業務を再開し、他部署の管理官と連携して防衛部へ入れ替わりに保護任務に従事していた。
相変わらず忙しい毎日だが、少しずつ以前と同じ日常に戻ってきていることにアラタは少なからず安堵していた。
「おかえり、アラタ」
事務室に戻ると、オギナが向かいの机から顔を覗かせる。
アラタも軽く手を上げて応えると、傍らのジツの席を振り向く。
「ジツは今日も装備部の応援か?」
「そうみたい。三日前に異世界シャルタで遭遇した、あの鬼みたいな奴が他の世界軸線でも現れるかもしれないからね」
オギナが眉根を寄せ、アラタも表情を引き締める。
あの後、第一部隊隊長のヒューズから詳細を聞いた防衛部部長のラセツが、院長へ報告を上げた。防衛部からの報告を受け、院長は装備部魔法道具関連管理課に対し、対魔王封印のための魔法道具の制作を命じたのだ。人数の減った魔法道具関連管理課だけでは納期に間に合わないと言われ、院長権限で直近五十年以内に装備部にいたことのある管理官を補助要員として派遣したのである。
ジツに至ってはほんの一か月前まで現役として働いていた部署だ。
今頃は即戦力として立ち働いていることだろう。
「だから午後は、俺とアラタの二人が西部基地で外勤だよ。昼食も早めに入れってツナギ管理官から言われた」
「わかった。すぐに書類作成を終わらせる」
アラタは席につくと、すぐさま転生者調査課で受け取った羊皮紙を開く。中身を確認し終えると、先程まで面談していた転生者とのやり取りを記録していく。
「お待たせ、行こうか」
一通りの作業がひと段落つくと、アラタは待っていたオギナと連れ立って食堂へ向かった。
「今日はどこの班と一緒かな? 楽しみだね」
食堂へ向かう道中、オギナが笑顔で言った。
アラタの脳裏に、三日前、突然部屋に押しかけてきたサテナとカイの顔が思い浮かぶ。
「今度は、サテナ管理官やカイ管理官とも一緒に仕事をしたいな。あの二人は気を遣わなくていいから、なんとなくやりやすい」
「その分、サテナ管理官の突拍子もない行動には振り回されっぱなしだけどね」
「……否定はしない」
「じゃ、昼はしっかり食べて備えようか」
苦笑するアラタに、オギナは笑顔でそう提案したのだった。
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