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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
二章 管理官アラタの異世界間防衛業務

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File5-0「投じられた一石」

 青い空から降り注ぐ陽の光が、白亜の宮殿を照らしている。

 空に浮かんだ島にはいくつもの石橋がかかり、魔力石が埋め込まれた柱が等間隔に設置されていた。巨大な宮殿はまるで蕾が綻んだ花弁を纏うように透明な魔力石の防壁で覆われ、その表面に庭に設えられた泉の波紋が映し出されていた。

 肺に吸い込む空気は澄んでおり、あらゆる俗世から切り離されたこの領域は野鳥のさえずりさえ聞こえてこない。動くものはこんこんと湧き出る泉の水のみで、咲き誇る花々が風に揺れることすらなかった。


 ――ふんっ、(いびつ)だな。


 東屋(ガゼボ)の下から咲き誇る花々を遠目に眺め、初老の男性は冷めた目でその光景を断じた。軍服に似た正装衣を纏い、紅のベルベットマントを肩から引っ掛けている男性は、己の傍らに立てかけた杖にそっと手を添える。柄頭に翼を広げた鷲の彫刻が施された一品であり、男性が長年愛用している杖だった。

 清く美しい領域の光景とは、「命」という不完全な存在が足りないだけでこうも薄っぺらい印象を感じてしまうものだろうか。

 己の生を繋ぐために、他の命を犠牲にし、奪い、血で大地を染める。

 それは神々にとっては忌むべき行いではあるだろうが、同時に生物がこの世界に確かに存在し、その営みの一部であることの証明であった。

 その儚くもいじらしく己が命を燃やす存在がいない場所など、果たして、本当に「美しい」と称するだけの価値があるだろうか。

「まぁ、それでも昔よりはずっとマシになったものか……」

 初老の男性の鋭い目が、整備された橋や宮殿を眺める。

 それこそ、かつてのここはただ泉と咲き誇る花々だけの場所だった。

 そこへ気まぐれに神々が降り立ち、他愛ない談笑を交わしていた。

 神々からは「集いの場」と呼ばれたこの空間で、初めてそれまでの常識を覆す提案がなされた。

 転生者の想いに添って、魂を循環させること。

 若い一柱の神が放ったこの一言により、この「集いの場」から異世界間連合が発足した。そうして異世界間仲介管理院の創設、異世界転生や召喚に関する細かな規則を定めるなど、今に至るまでの道はこの場所で決定されたのだ。

 最初期にこの「集いの場」へやってきていた神々も、今ではその足が遠のいてしまって寄り付かない。それでも、未だに常任理事世界の神々のみがこの場所へ立ち入ることが許されていることから、ここは異世界間連合の初期頃からかかわってきた神々にとって今でも特別な場所なのだろう。

 初老の男性は長椅子に腰を下ろしたまま、傍らの卓上に広げたチェス盤に目を向ける。小さな卓にはチェス盤の他に、敷布の上に置かれた拳大の宝珠が乗っていた。透けていた宝珠が、俄かに鈍い灰色に曇った。

 その様子を目の端で捉えた男性が、口を開く。


「面白い結果になったものだな」


 初老の男性が、口元に冷酷(ニヒル)な笑みを浮かべる。シワの目立った顔に鋭い琥珀色の双眸が盤上を見下ろしていた。

 男性の言葉を咎めるように、卓上の宝珠の表面が激しく波打つ。

〝何を悠長なことを……事態は深刻です!〟

 宝珠から異世界間仲介管理院の三代目院長――マコトが強い口調で叫んだ。

〝防壁の欠片を使って生み出された魔物に『自我』が宿っていたのですよ! それも転生者の魂を依り代にすることで己の能力を制御(コントロール)してみせたっ! これがどれほどの脅威か、あなたにもわかるでしょうっ!〟

 普段は冷静な彼でも、アヴァリュラスが絡むと動揺は隠し切れないようだ。

 まだまだ青い……。

 男性は小さく鼻を鳴らした。

 今までの常識で言えば、神々が警戒する「魔王」はその強大な力そのものを示していたと言っていい。己の存在や世界を歪ませ、最終的にはその圧倒的な力ですべてを破壊し尽くす。その過程で依り代となった魂を糧にこの世界に具現化するものの、その膨大な力の奔流に飲まれた魂は砕け散り、自我を失ってしまう。仮に依り代となった魂の自我が残っていたとしても、正気を保つことはできないだろう。

 どちらにせよ、結果的には純粋な「暴力」だけが残り、世界は魔王が残した圧倒的な「暴力」によって破壊と破滅に晒されるわけである。

 だからこそ、アヴァリュラスに出現した魔王に対する処置も、神々は防壁を生み出して隔離するという手段を取った。その手段が成功したのも、ひとえにアヴァリュラスの魔王が強大な「暴力」の塊だったからこそ可能だったと言える。

 もしも「魔王」に自我など生まれていたら、神々の力は及ばず、世界は破滅していたことだろう。自我の芽生えは、「魔王」が周囲の環境を見極める学習能力を得たとも言い換えられる。

 今回、魔王の力が宿った防壁の欠片が、一つの自我を有した事態は、異世界間連合の神々を震え上がらせるには十分すぎるものだった。

 初老の男性は口元に薄っすらと笑みを浮かべたまま、黒い騎士の駒を摘まんだ。

「まぁ、まずは落ち着きたまえ。院長である君が浮足立っては、部下に示しがつかないだろう」

〝……申し訳ありません、スグル顧問〟

 マコトが低い声で呟く。スグルと呼ばれた初老の男性は喉の奥で笑った。

「ミノルから受け取った防壁の欠片は、こちらから常任理事世界の神々へ提出する。ついでに、シャルタ神にも働きかけ、中立の立場にある神々も取り込んでみよう。欠片をちらつかせれば、すぐさまこちら側につくことだろう」

 スグルはマコトにそう受け合った。

〝ありがとうございます。こちらは引き続き、転生者の保護を行いながら原因の究明に努めます〟

 通信が終わると、宝珠はもとの透けた色に戻った。

 スグルは空いている方の手で頬杖をついた。そのままの姿勢で足を組み直し、小さく息をつく。

「五千年前から今日(こんにち)まで、周到な準備を進めてきたようだな」

 おかげで事態はスグルが目指す目的からどんどん遠ざかっている。

 スグルの目が手にした黒い騎士(ナイト)を見下ろす。

 やはり、悪手であったか?

 そう自問するのも、何度目になるか。

 七百年前、ミノルがスグルに紹介した一人の転生者の顔が思い出される。

 その魂に幾万もの神々の加護を刻みながら、どこまでも澄んだ目でこちらを見返してきた青年の姿に、スグルは彼を受け入れることを即座に決めた。

 異世界間仲介管理院に介入しようとする神々へのけん制に、彼のような「神に媚びない魂」は都合がいいと思ったのだ。

「最初は、異世界間仲介管理院の議決権を得るための慈善事業のようなものだったのだが、な」

 スグルの目が盤上に並べられた駒を見下ろす。

 異世界間仲介管理院には、異世界間連合会議における議決権がない。

 議決権のない会議で決定された内容は、異世界間仲介管理院が請け負う業務として命じられるにもかかわらず、異世界間仲介管理院にはその意思決定すら許されていないのだ。

「都合のいい駒、という点では我々も『勇者』と変わらないな」

 神々の存在を維持し、世界の繁栄を導く。

 異世界間仲介管理院が組織的に幅広い分野からその目的へ接近(アプローチ)を試みる一方で、「勇者」は神々の存在を脅かす魔王を排除することに特化した。しかし、異世界間連合への加盟世界が増えたことを受け、異世界間仲介管理院にも「勇者」としての機能を持たせたがっている神が増えている。

 そこにはどの世界の神々に対しても中立性を掲げる異世界間仲介管理院を、神々の完全な管理下へ組み込みたいという神々の思惑もあった。

「それほどまでにアヴァリュラスの二の舞を恐れるのであれば、魔王を生み出さぬよう自らの行動を省みた方がよいというのにな」

 スグルは目を鋭く細め、皮肉を吐いた。とはいえ、その口元は冷めた発言に反して、ひどく楽しそうに笑っていた。

 指先で摘まんだ騎士の駒を振り、スグルの口角がつり上がる。

 今、元・転生者の管理官を中心に、世界が揺れ動いている。

 今後どう事態が転んでいくか、もはやスグルですら予測がつかなかった。


「ああ、いかんな。愉快でたまらん」


 その老獪な笑みが「集いの場」に不穏な影を落とす。

 何がどう転ぶかわからない状況に、スグルの胸はひどく高鳴った。マコトやミノルが傍にいれば、また「不謹慎だ」とか何とか言って小言を並べ立てていたことだろう。

 しかし、こればかりはスグルの性分ゆえ、己でもどうすることもできなかった。

 スグルが手にした騎士の駒を盤上へ投げた。

 黒い騎士は盤上に並べられていた白と黒の駒を巻き添えに、盤上に成立していた秩序を壊していく。すべてを破壊し終えた黒い騎士は、盤上の中央で乾いた音を立ててその動きを止めた。

 その滑らか駒の表面に冷酷な笑みを浮かべる男の顔を映しながら、黒い騎士は盤上の中心に静かに横たわっていた。

「さて、私は次にどう動いたものかな?」

 スグルの弾んだ声が、崩れた盤上を見下ろしながら笑ったのだった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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