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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
一章 管理官アラタの異世界転生仲介業務
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File1-8「少女の独白」

 相沢百香は、今日も夜の園内を散歩していた。

 死後の世界にも、昼と夜があることに最初は驚いたものだ。

 それだけではない。

 百香は手のひらを握ったり、開いたりを繰り返す。

 百香の肉体は元の世界に置いてきた。今この場所に在るのは百香の魂のみだと、仲良くなった女性職員から教えてもらった。

「この世界に満ちる神さまの加護の影響、だっけ? それで実体化できるなんてすぐには信じられないけどさぁー……」

 空を見上げれば、無数の星々が瞬いている。

昼間は何やら管のような光の筋が無数に絡み合って明るく地上を照らしていたが、夜になるとその光の道が閉ざされるため辺りは闇に包まれる。

太陽がないのに昼夜があるからくりがそれだ。

「昼間の空に見えるあの光の筋は『道』ですよ。転生者はあの『道』を通って、今までいた世界とは別の世界へ赴くんです」

 女性職員の言葉を思い出し、百香は飽きもせずに空を見上げ続ける。空を見過ぎて、首が痛くなることなど毎度のことだ。それだけ、この世界は百香にとって神秘的だった。

「……」

 これから百香が向かうことになる世界は、どんなところだろうか。

 やはり、漫画やゲームの世界みたいに、恐ろしいモンスターとかが出てくるのだろうか。

 それとも、愛憎が渦巻く権力争いの世界だろうか。

 死ぬ前に読んでいた小説に、純粋で優しい主人公をイジメる悪役令嬢が出てきたな。そんな悪役令嬢とかに転生して処刑されるのは嫌だな、と百香は一人ごちる。

「ふざけんな」

 百香は顔を顰めた。

 そんな人生はすでに経験している。

 かつて生きた世界では、百香はまさに彼らにとって「悪役」だった。

 けれど、小説に登場するような悪役令嬢のように、百香は裕福な貴族の家に生まれたわけではない。ごくごく一般的な家庭に生まれた子どもだった。

 小学校までは友達とも普通に遊んでいた。多少の駄々をこねることはあったが、思い出す限りでは両親が困り果てるほどのわがままは言っていなかったと思う。

 すべてが狂い出したのは、百香が小学校を卒業してからだ。

 ただの普通の家庭でなくなったのは、百香のせいではない。

 百香の卒業を機に両親が離婚し、百香は母親側に引き取られた。離婚を機に百香は転校する羽目になり、その母親もまもなく義父となった男と再婚した。

 今思えば、実父と離婚する前から付き合っていたのかもしれない。

 とにかく、百香は新しい環境と家族との間で、上手くいかなかっただけなのだ。

 離婚だって珍しい話ではない。時期も決して悪くなかった。

 両親が離婚したのは百香が小学校を卒業した後のことだった。

 引っ越した先の中学校で百香がちゃんと一からやっていけるよう、両親たちなりに百香を気遣って離婚の時期を見てくれた。そのことも今では理解できる。

 ただ、百香自身が納得しなかっただけだ。

 それがおのずと態度に出ていたのだろう。

 最初は打ち解けようと歩み寄ってきてくれた義父を、百香は強く拒絶した。今思えば、それが引き金になったのだろう。

 百香がこっそり見ているとも知らずに、義父となった男は思いつく限りの百香への罵倒の言葉をしきりに母に吐き出していた。男の本性を知った百香は、いっそう義父から距離を置いた。

 家に帰っても、百香は自室に閉じこもって過ごすようになった。母も義父を気遣い、百香の食事を自室まで運んでくるようになった。

 別にそれでいいと思っていた。

 互いに不干渉でいれば、波風が立たないと思ったのだ。

 やがて中学校が始まったが、そこでも上手く馴染めなかった。特に親しい友人もできずにいるところを、ある女子の集団に目をつけられた。

 彼女たちは地元の小学校から一緒だった友人同士のグループで、百香は中学校から一緒のクラスになった余所者だった。

 しかも引っ越しの理由が両親の離婚だ。

 そして母親の早すぎる再婚は、保護者の間での格好の話題(スクープ)だ。

 クラスメイトたちも、家で両親が話しているその噂を耳にしたことだろう。

 だから、百香が目についたのだ。

「私は悪くない」

 すべてが百香の意思に反して動いていった。

 だから、百香は命を絶つことにしたのだ。

 クラスメイトからの陰湿な嫌がらせから。

 義父から受けるようになった理不尽な暴力から。

 そして百香のことなど忘れたように、義父との間に生まれた子へ愛情を注ぐ実の母からも。

「私は……私は――」

 特別だ。

 だから、ここにいる。

 父と母が出会い、たとえわずかな間とはいえ愛情を育んだ結果に生まれたのが百香だ。

 だから、百香は特別なはずだった。「いらない子」ではないと自分に言い聞かせなければ、自分を守ることができなかった。

「――っ……」

 歯を食いしばる。

 弱みを見せてはならない。でなければ、つけ込まれる。

 百香を異世界へ送り出すと言った、あの管理官とかいう男も――

「……あんまり、頼りになる感じには見えなかったなぁ」

 百香はアラタと名乗る管理官の顔を思い浮かべながら、思わず呟いた。

 イケメンとは言い難いが、どちらかと言うと話しやすい部類の大人だ。

 小学校の頃に片思いしていた、体育の先生にどことなく雰囲気が似ている。

 もちろん、体育の先生の方が断然イケメンだったけれど。

「久しぶりだったなぁ。あんなに誰かと話したの」

 こちらが何か言えば、必ず返事をしてくれる。ダメだと言われた内容を繰り返し要求しても、アラタは必ずできない理由と一緒に何度も説明してきた。

「無視すれば楽なのにねぇ……」

 百香にとって、大人とは事なかれ主義だ。

 面倒事には見て見ぬフリをし、しつこい相手には無視を決め込む。

 助けを呼んだところで、手を差し出してくれる人が果たしてどれほどいるだろうか。

 生前、エスカレートしていくいじめに耐え兼ね、中学の先生にも何度か相談に行ったことがあった。それでも状況は改善せず、むしろ悪化した。

「だから、絶対に力を手に入れる」

 他人は信用できない。

 新しい環境で自分の身を守るためには、圧倒的な力が必要だ。

 だが、力だけでは策略を巡らされて破滅させられる可能性がある。

 だからこそ、私という人間を無条件に愛してくれる魅惑の容姿が必要だ。

 それから忠義に溢れた都合のいい取り巻きも。

 性別が男だろうが女だろうが、転生した先で多勢に無勢の状況で体術や剣技だけでは分が悪い。取り巻きが不在の時に備えて、魔法が使えるのは必須事項だ。

 そして権力。

 私という個人が強いだけでは、魔王だ何だと言われて異世界から召喚した勇者とかをけしかけられて討伐されかねない。その世界の国のトップに上り詰め、盤石な足場を築く必要がある。後ろ盾がなければ、一方的に叩かれるだけ。

 私という存在を「正義」にしてくれる、スポンサーの存在が不可欠なのだ。

 だから――


「私が幸せになるためなら、なんだって手に入れてやる」


 百香はそう言って、夜空を睨みつけた。

 幾万もの星々が、変わらず夜空で瞬いていた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2020

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