File4-15「禁忌の遺物」
中央塔の最上階、異世界間仲介管理院の院長室でマコトは険しい表情を浮かべて黙り込んでいた。天窓から差し込んでいた「道」の光はとうに失われ、数多の星が瞬く夜空が覗いている。
マコトの執務机に備え付けられた照明器具が、ぼんやりと淡い光を灯した。暗い室内に人がいる場合、その体温を感知して光が灯る魔法道具だ。ミノルに半ば押し付けられる形でもらったものだが、今はそれをありがたく思う。
もう部屋の照明を灯す気力すら失せたマコトは、衝撃から立ち直れずに革張りの椅子に身を沈めるばかりだった。
「こんな暗い部屋で、なに一人で怖い顔してるんだか……」
ため息交じりの声が、院長室に響いた。
マコトがそっと顔を上げれば、見つめる先の空間が歪んだ。
管理官の制服の上から、防衛部で支給される武具を纏ったままのミノルが姿を現した。任務が終わった後すぐ、こちらへ寄ったのだろう。服は砂埃に汚れ、ミノルの表情も心なしか疲労を滲ませていた。
「お前は、周囲に誰もいない時くらい普通に入って来れんのか」
マコトはそっと息を吐き出す。
「念には念を、って言うじゃない。誰がどこで見聞きしているかわからないもの」
ミノルは腕を組んで軽く肩をすくめた。
「それで、ラセツ部長経由で届けたその変な鉱石について、何かわかった? 鑑定が必要ならこのまま装備部へ持っていく――」
「必要ない」
マコトはミノルの言葉を鋭く遮った。その様子に、ミノルの目が鋭くなる。
「もしかして、違法遺物?」
「……むしろ、そちらの方がよかった」
マコトは額を手で押さえながら苦い顔でぼやいた。
「ミノル、お前が目をかけている元・転生者――」
「アラタ管理官」
マコトの言いようを、ミノルが鋭く訂正した。不機嫌な顔になるミノルに、マコトも気まずそうに眉尻を下げる。
「……アラタ管理官は、危機察知能力が高いようだな。いや、もうここまでくると厄介事の方がアラタ管理官へ近寄ってくるといったところか」
マコトは机上の宝珠を指先で触れ、目を細めた。
「回収したこの鉱石のおかげで、異世界間仲介管理院は転生者遺棄事件に関する神々からの制裁を回避することができるだろう」
「え、そうなの?」
目を丸くしたミノルがすぐさま表情を和らげた。
「もしかして、今まで異世界間仲介管理院へ介入してくる神が残した不正の証拠とか?」
嬉しそうに尋ねるミノルを見つめ、マコトは深刻な顔のまま小さく首を横に振る。
「むしろ、それ以上の厄災だ」
マコトが重い口を開き、続ける。
「これは、アヴァリュラスの永獄――魔王が破壊した『防壁』の破片だ」
ミノルの笑顔が凍り付く。
しんっと静まり返った院長室で、マコトとミノルは無言で見つめ合った。
「う、そだろ……?」
「院長権限を使った。残念だが事実だ」
ミノルがかすれた声でもらした。しかし、マコトは静かに首を横に振ってミノルの言葉を否定する。
「アヴァリュラスへの世界軸線は封鎖され、神々ですら寄り付かない」
神々にとって、アヴァリュラスは触れてはいけない禁忌である。
その名を聞いただけで、多くの神々が未だ恐怖に震え上がるだろう。
「……なんで、その防壁の欠片があんな……」
「第一部隊隊長のヒューズからの報告では、この鉱石を体内に宿した鬼が現れ、転生者を取り込み、その魂を糧として具現化していたそうだな」
マコトの確認に、ミノルはすぐさま頷く。
「うん。あと気になったのは、鬼がアラタ管理官を連れて行こうとしたらしい」
「何……っ!?」
ミノルの報告に、マコトの顔が大きく歪んだ。
「直接本人から事の成り行きを聞いたから、確かな情報だよ。アラタ管理官が鬼と交戦中、相手の鬼が自分の名前を呼んできたらしい。アラタという名前の管理官を連れてこいと命じられたって鬼が話していたって……」
「もはや……この一件は私だけの手には負えん」
マコトは小さく頭を振った。
認めよう、とマコトは顔を上げてミノルをまっすぐ見据えた。
「アラタ管理官の存在は、異世界間仲介管理院にとって重要な切り札だ」
その瞳に、迷いはない。腹をくくりさえすれば、マコトはもうブレない。それは彼と付き合いの長いミノルが一番よく知っていた。
「ミノル、アラタ管理官を絶対に奪われるな。かの管理官の行動が、我らの今後を左右する。この宝珠を、急いであの人に届けてくれ」
「わかった。もしも事情説明に時間がかかるようなら、アラタ管理官たちへ不在の口実は任せていい?」
「ああ、心配するな」
力強く頷くマコトから宝珠を受け取ると、ミノルはマコトに背を向けて姿を消した。一人、院長室に残されたマコトは天窓から覗く夜空を仰ぐ。
この世に生まれ、広がり続ける数多の世界が静かに瞬いていた。
その静けさが、マコトには不気味でしかない。
「自我を持つ魔王を、意図的に生み出そうとしている連中がいる」
マコトの目が細められ、不快げに眉根が寄る。
「必ずや、阻止せねば……」
マコトの呟きは暗い院長室で、誰に聞かれることもなく消えた。
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