File4-14「サテナとカイ」
異世界シャルタでの任務を終え、アラタたちが異世界間仲介管理院へ戻ったのは終業時間を少し過ぎた頃だった。
アラタたちがくぐった第四方陣の光が消え失せる。
空を覆っていた「道」は完全に閉ざされ、アディヴの地に夜が訪れた。
「上への報告は私がしておくから、君たちは帰って休んでくれ」
ヒューズの言葉に、アラタたちは西部基地を出た。
「一応、私はナゴミ課長へ報告に向かう。アラタ管理官は園長に事情を説明して、転生者の魂を待魂園で預かってもらってこい」
「わかりました」
ツナギとは中央塔の玄関前で別れ、アラタはオギナとジツを振り返る。
「二人は先に寮に戻っていてくれ」
「いや、俺は最後まで付き合うよ。ジツはどうする?」
オギナは軽く手を振ると、ジツに振り向いた。
「すみません、今日は色々あり過ぎて……お言葉に甘えて、先に休ませていただきます」
いつもは元気なジツも、初めての任務にクタクタの様子だ。
「ああ、お疲れさま。明日もあるから、しっかり休めよ」
「お疲れ様、ジツ」
「お疲れさまです、アラタさん、オギナさん。では、お先です」
ジツはそう言ってふらふらした足取りで正門の方へ歩いていった。彼の背が見えなくなると、アラタはオギナと連れ立って待魂園へ向かう。
「管理官権限執行、光球」
オギナが手のひらに光の玉を生み出す。両手が塞がっているアラタを気遣い、暗闇の中で待魂園までの道を照らしてくれた。
「ありがとう、オギナ」
「どういたしまして」
アラタとオギナは待魂園に辿り着くと、園長に簡潔ながら今までの経緯を話した。業務時間外での訪問にも、園長は嫌な顔一つせずに快く健の魂を預かってくれた。
「また明日から大変だね」
「そうだな」
待魂園からの帰り道、オギナの呟いた言葉にアラタは頷く。しかし、その表情は言葉とは裏腹に明るい。アラタの様子にオギナはクスッと笑う。
「アラタ、随分嬉しそうじゃない?」
「ああ」
オギナの指摘に、アラタは素直に認めた。
「心残りが消えてしまったから、もう健さんと直接会話することはできない。それでも……彼が新たな人生をしっかり歩んでいけるような世界を見つけてあげたい」
心残りの消えた魂はそれまでのしがらみから解き放たれた状態である。そのため、いかに世界の記憶が刻まれていようと、生前の姿に具現化することが難しい。
アラタたちの感覚からすれば、それは「無垢なる魂」に近いだろうか。
苦しみから解放された魂は世界にすぐさま順応し、神々の存在を支える重要な役割を担う。
「俺にも手伝わせてよ。一応、担当管理官の一人だったからさ」
「頼む。俺だと色々迷いそうだ」
二人で笑いながら話していると、あっという間に寮棟にたどりついた。
アラタは部屋の前でオギナと別れる。
「管理官権限執行、浄化」
自室に戻るなり、砂埃で汚れた武装を清め、解いていく。
部屋着に着替え、夕食をどうするか考えているところへ扉をノックする者があった。
「オギナか?」
アラタは返事をすると、扉を開ける。
「こんばんはぁ~」
陽気な挨拶とともに部屋を訪ねてきたのは、青髪と若緑色の髪に長い両端を藤色に染めた青年二人だった。
確か、第一部隊所属のサテナとカイだ。
「お二人とも、こんな時間に一体どういったご用件で?」
目を丸くしたアラタに、サテナが笑顔で言い放つ。
「泊まりに来た」
「はぁっ!?」
困惑から間の抜けた声を上げるアラタを見て、傍らに佇んでいたカイがサテナを睨んだ。
「おい、サテナ……アラタ管理官から事前に承諾を得ていたのではないのか?」
「いや、特に」
しれっと返すサテナに、カイは軽い頭痛を覚えた。
「おいおいっ! 本人の許諾を取ったわけじゃなかったのか!? サテナが『アラタ管理官の家に泊りにいくよ』なんて言うから、てっきり本人に確認済みなのかと思ったぞ!? 西部基地の寮にも外泊願いまで出してきたのにっ!」
「だって泊まるつもりだったし」
「それはサテナの都合だろっ!」
「まぁまぁ、落ち着きなよ。夜にあんまり叫ぶと近所迷惑だよ、ツイ」
「俺はカイだっ! 誰のせいでこうなってると思っているんだ!」
もはや呆れ果てたカイに、サテナはマイペースを貫く。
「アラタ、何を騒いで……あ、サテナ管理官とカイ管理官。どうされたのですか?」
騒ぎを聞きつけて隣室から顔を出したオギナが、言い合うサテナとカイを見て目を丸める。
「あ、ちょうどよかった。オクト管理官も一緒にカルタ管理官の部屋で飲もう! みんなでお泊りして親睦を深めようって話してたの!」
「アラタ管理官とオギナ管理官だ! って違う、そうじゃない! そもそも当事者の許諾もなしに、勝手に話を進めるんじゃない!」
「あ、いや……もう、いいですよ」
アラタは疲れたため息とともに、二人を部屋へ招き入れる。
「あまり物がないので大したもてなしはできませんが」
「わーい、ありがとう! アルファ管理官!」
「アラタです」
さっそくサテナが上がり込む。カイは申し訳なさそうにアラタを見た。
「申し訳ない、アラタ管理官。俺がもう少しサテナの話をちゃんと問いただしておけば……ほどよく酔ったら、サテナを連れ出すから、この埋め合わせは後日改めてさせていただく」
カイはアラタに頭を下げて几帳面に言った。
「いいんですよ。寮には外泊願いを出して来られたんですよね? なら、このままお二人が出ていったら野宿じゃないですか。任務ではお二人に助けられましたし、恩人にそのようなことはさせられません」
「アラタ管理官……」
カイが顔を上げた。感激した様子で目を潤ませている。
「恩に着る」
「やめてください、大げさです。その代わり、料理とか運ぶのとか手伝ってください」
「ああ、任せろ」
「せっかくだし、オギナも一緒にどうだ?」
「じゃあ、お邪魔しようかな」
オギナは「つまみ持ってくる」と言って、いったん自室に引っ込んだ。
しばらくして湯気の立つ蒸かし芋を入れた椀を持って、アラタの部屋へやってきた。
「お泊りできてよかったね。コイ!」
「カイだ! サテナはもう少し詫びの姿勢を示せ!」
アラタの部屋でぎゃいぎゃい騒ぐ二人を見て、オギナがアラタに振り向いた。
「俺もこっちの部屋で寝た方がいい? この調子だと一人は疲れるでしょ?」
「悪い、オギナ。助かる……」
アラタはオギナの気遣いに甘えた。
新しく第一部隊に配属された管理官は、どうもクセ者揃いのようだ。
でも、変に距離を取られなくてホッとするんだよなぁ……。
サテナとカイのやり取りを眺めながら、アラタは苦笑した。
二人のやり取りを見ていると、アラタの中にあった第一部隊への遠慮やわだかまりもいつの間にか消えてしまっていた。
「ねぇ、この鍋……特殊な魔法がかかっているね」
「おい、サテナ! お前、また勝手に……っ!」
「ああ、それはジツ管理官がくれたものですよ。作りたい料理の材料を入れるだけで、その料理が一瞬で作れる優れものです」
いつの間にかキッチンへ移動したサテナに、アラタは冷蔵庫を漁りながら笑った。
「へぇ、カツ管理官って器用な子なんだね。術式に乱れがない。綺麗なもんだよ」
スッと目を細め、サテナが興味深そうに呟く。
「いや、カツじゃなくてジツです。ジツ管理官」
アラタは律儀に訂正する。
本当に名前を覚えるのが苦手なのか……あるいは、覚える気がないのか。
アラタは買い置きしていた材料をキッチンの流し台に並べながら苦笑した。
「アラタ管理官、いくつか野菜と肉類も買ってきた。よかったら使ってくれ」
カイは手にした袋を示した。サテナが泊まりに行くと言い出し、気を利かせて食材を持ってきてくれたらしい。
「ありがとうございます、カイ管理官」
アラタが礼を述べると、カイは穏やかに微笑む。
「カイで構わない。敬語や敬称も不要だ。任務外くらい、かしこまらないでくれ」
「わかりました、カイさん。では、俺のこともどうぞ同じように接してください。あの、食べたい料理のリクエストなどありますか?」
アラタは食材の入った袋を受け取りながら訪ねた。
「ねぇ、この鍋ってさ……」
サテナが鍋を見つめたまま、ぽつりとこぼした。
「レシピ通りの食材以外を入れたら、どうなるの?」
「え? えっと……さぁ、どうなるのでしょう? なにぶん……試したことがないので」
アラタが首を傾げる横で、サテナの顔に笑みが浮かんだ。子どもが試してみたくてうずうずしているような様子だ。
「よし、じゃあ試してみよう!」
サテナがパチンッと指を鳴らす。すると、流し台に並べていた材料がふわりと浮き上がった。
「えぇっ!?」
「サテナ管理官、やめた方がっ!」
「おい、サテナ! お前、また勝手にっ!」
アラタ、オギナ、カイがサテナの行動を止めようとそれぞれ動く。しかし、一歩遅かった。三人が伸ばした手は空中に浮かんだ食材たちには届かず、サテナが掲げる鍋の中へとすべて吸い込まれていった。
サテナの手がパタンと鍋に蓋をする。
異様な沈黙が、室内に流れた。
「……」
固唾を呑んでサテナの手元にある鍋を見つめる三人に、サテナはゆっくりと鍋の蓋をとった。
目の前に現れたのは、暗黒物質だった。
黒ずんだ液体から、ブスブスと小さく破裂音が聞こえてくる。色合いは黒紫から紺青、漆黒と変化を見せ、細く紫煙が立ち上っていた。
心なしか、顔のようなものがうめき声を上げているように聞こえる。
幻聴であると信じたい。
「はい、召し上がれ」
サテナが三人に鍋を差し出す。
「食えるかっ、捨てろっ!」
カイ、アラタ、オギナの叫びが重なった。
「えー、食材を無駄にしちゃだめでしょ」
「その大事な食材にトドメさした奴が言う台詞かっ!」
「大丈夫だよ。だって、もともとは食べられる食材ばかりだったんだし」
「どう見てもこれ、顔だよね……生きてる?」
「さ、さぁ……?」
サテナに詰め寄って抗議するカイを尻目に、鍋を覗き込みながらオギナとアラタが顔を引きつらせた。のぞき込む二人を、暗黒物質の顔が見つめている。ニタァと暗黒物質の顔が笑った。アラタの背筋にぞぞぞっと悪寒が駆け抜ける。
これは食べたら即死だ。
アラタの直感がそう警告している。
「あ、じゃあさ。お酒とか入れてみる? 他にも色々試そうよ!」
「やめいっ!」
サテナの提案に、三人は同時に声を上げた。
結局その後も、アラタたちは道の解放時刻前までサテナの思いつきに振り回されたのであった。
Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021




