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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
二章 管理官アラタの異世界間防衛業務

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File4-13「断ち切られる鎖」

 鬼の肉体が消滅すると、後にはヒビの入った鉱石が残された。禍々しい瘴気を纏う鉱石に、ヒューズが懐から取り出した宝珠を向ける。

 ジツが自作した、捕縛用の魔法道具だ。

 ヒューズが掲げる宝珠から光の縄がいくつも伸び、鉱石をがんじがらめに包んだ。やがて鉱石は辺りに充満する瘴気ともども宝珠の中へと吸い込まれていった。

「これでよし」

 ヒューズがふぅっと小さく息をついた。

 そのまま、アラタの方へ顔を向ける。


(たかし)さん、健さん!」


 アラタの呼びかけに、健が唸った。

 ゆっくりと瞼を開き、健の目がアラタに向いた。

「健さん、よかった……」

 ホッと安堵の吐息をもらしたアラタは、強張っていた表情を緩める。

「あんたは……俺を、見送りに来てくれた管理官か?」

 健の言葉に、アラタは静かに頷いた。そのまま頭を下げる。

「すみませんでしたっ! 私は……私は、あの時、あの場にいたのに……こんなことになって……。苦しい思いをさせてしまって……本当に、すみません!」

 健は自分に頭を下げるアラタを呆然と見つめている。

「なんで……」

 健がぽつりともらす。

「なんで、あんたが必死に謝ってんだ? ほんの数分、顔合わしただけの奴を、どうしてそこまで気にかけんだよ」

「当たり前です! たとえ数分の面談だったとしても、私はあなたを担当した管理官です! 担当管理官として、私はあなたが少しでも幸せになれるよう、力を尽くす使命があります!」

 半ば叫ぶように言ったアラタの顔を見つめ、健はフッと噴き出した。

「あんた、やっぱ変わってんな」

「え……?」

 思わず怪訝な顔になったアラタは、健の笑顔を見て沈黙した。

 こんなに穏やかな顔もできるのか、とアラタは目を丸める。

「こうやって、誰かに助けてもらったのは初めてだ……奪って、奪われて……それが普通だと思っていたからな」

 健の全身が光に包まれ、やがて透けていく。

「健さん、ダメです! 消えては――っ!」

 アラタの肩をツナギが掴んだ。彼女は静かに首を横に振る。


「ああ……誰かに助けられるって、いいもんなんだな」


 健の目が閉じる。彼の姿が光とともに弾け、やがて小さな光の玉となって虚空に浮かんだ。

「そ、そんな……」

 アラタは絶望に青ざめた。

 がくりと肩を落とすアラタの背後で、明るい声が言う。

「へぇ、これは驚いた。心残り、消えちゃったんだ」

 いつの間に背後に立っていたのか、サテナが顎に手を添えてまじまじと光の玉を見つめている。

「心残りが……?」

「良質な魂なんて初めて目にしたよ。君、何したのさ?」

 きらきらと目を輝かせて覗き込んでくるサテナに、アラタは困惑する。

 そんなこと言われても、特別なことは何もしていない。

 むしろ、アラタの方が聞きたいくらいだ。

 アラタは虚空に浮かんだ魂へ両手を伸ばす。すると、力なく浮かんでいた魂がアラタの手にすり寄るように近づいてきた。

「ある転生者が言っていた。人は『鏡』だ、と」

「鏡……ですか?」

 ツナギはアラタの肩から手を離すと、腕を組んだ。

 アラタだけでなく、サテナもツナギに顔を向けている。

「人は自分が受けた行為をそのまま他者へと返す。例えば、他者から暴力を振るわれると、暴力を受けた者も暴力で他者と接するようになる。そうなれば周囲もその人を『暴力を振るう存在』としか見ないし、そういうものだとして扱う。たとえ正当防衛や、何か理由があったのだとしても、周囲に当事者の声は届かない。『お前は危険だ』とそう評価(レッテル)を貼られたら最後、一生その評価を抱えて生きていかねばならない。周囲のそういった評価がやがてその人を追い詰め、人は生存本能からより凶悪な行いをするようになる。それが人間世界の実情だ」

 アラタの手の中で、弱々しくもしっかりと輝く魂を見つめて、ツナギは微笑んだ。

転生者(かれ)は、初めて他者からの優しさを知ったんだな」

「……」

 アラタは小さな魂をそっと両手で包み込んだ。

 魂に物質的な温度は存在しない。それにもかかわらず、アラタは小さな魂にぬくもりを感じた。


「健さん、今度こそ……ちゃんとやり直しましょう。大丈夫、あなたはもう『優しさ』の価値を知ったのですから」


 目じりにたまった雫が、アラタの頬を伝った。

「私にも……今度こそ、最後まであなたのお手伝いをさせてください」

「異世界間仲介管理院と連絡が取れました!」

 少し離れた場所からカイが声を上げた。

「第十部隊の救護班が向かっているとのことです」

 アラタも顔を上げれば、第五班の管理官たちがヒューズと言葉を交わしている。さすがに怪我の具合はひどいものだが、オギナとジツの応急処置と、途中から加わったアリスの治療で持ち直したようだ。

 皆、アラタの視線に気づくと、軽く手を振ってくれた。

「よかった……」

 アラタもようやく安心する。

「よし、カイは救護班にここの座標地点を知らせてやれ。動ける者は簡易テントを作るぞ。怪我人もいるからなるべく平らな場所を確保してやれ」

 ヒューズが指示を出すと、アラタのところへ歩み寄ってきた。

 腰のポーチから小さな容器を取り出す。

「縮小解除」

 ヒューズが魔法を解くと、容器はちょうど赤子がすっぽり入る大きさに戻った。

「魂の損傷がひどくならないように、この容器に入れて保護するといい。戻ったら、さっそく新しい転生(うけいれ)先を探してやってほしい」

 蓋を開けた容器の中へ、アラタは健の魂をそっと入れた。蓋を閉じ、容器ごとヒューズから受け取る。

「しかし……彼の転生先はすでに決まっているのでは?」

「なにぶん、転生者の攻撃性が低下してしまったからな。当初予定していた転生先の神は、攻撃性の著しく高い転生者しか受け入れてくれない。そちらは事情を説明して契約破棄の形になるだろう」

 ツナギは軽くため息をついた。

 その契約破棄も転生(うけいれ)申請と同じほど煩雑だ。手続きが終わるまで、健にはしばらく待魂園で保護してもらう形になるだろう。

「まぁ、新しい転生先はすぐに見つかることだろう。なにせ、良質な魂はどこの神々も喉から手が出るほど欲しがるからな」

 ツナギの苦笑に、アラタも複雑な心境だ。

 経緯はどうあれ、神々は心残りの消えた魂を無碍にはしない。

 苦しみから解放された魂は、きっとすぐに受け入れられるだろう。

「あの……健さんの担当は――」

 顔を上げたアラタに、ツナギは笑いかけた。

「やってくれるか? アラタ管理官」

 彼女の問いかけに、アラタはパッと表情を輝かせた。勢いよく、首を縦に振る。

「はい、やらせてください!」

「ナゴミ課長には私から連絡を入れておく。転生者の利益を第一に考え、しっかり精査するように」

「ありがとうございます、ツナギ管理官!」

 アラタは容器の中で輝く魂に目を落とした。

「必ず、あなたが精いっぱい生きられる世界を見つけますから!」

 そう言って笑いかけたアラタに、容器の中で一瞬だけ健の魂がその輝きを強めた。それは星が瞬くような、儚くも美しい光だった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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