File4-11「捜索」
異世界シャルタは魔物とヒト族が住む世界である。
リシェラノントが魔物と人との共存を目指しているのに反し、シャルタでは魔物と人間が覇権をかけて絶えず争っていた。
シャルタ神は「強さ」を貴ぶ。
強き存在が世界の頂点に立つことこそ、力による序列という「秩序」が生まれ、世界に平和がもたらされると考えているからだ。
このような背景から、シャルタ神は己の世界で起こる「戦闘」に関しては比較的寛大とも言える。
異世界間仲介管理院がその使命のためにシャルタへ介入する際、戦闘がもたらされたなら黙認してくれるというやや歪んだ寛容さではあるが、領土への介入すら許さない神々に比べればずっと穏健だ。
アラタたちは「道」を抜け、眼下に広がる荒野を見回した。
赤く焼けた大地がどこまでも続き、草木の生えない岩山が地上に濃い影を落としている。
「あっつい!」
強い日差しに、ジツが思わず腕で顔を覆った。遮蔽物のないシャルタの直射日光は天馬の体力も削り、すぐに翼の羽ばたきに力がなくなっていく。
「急ぎ、現場に急行する。この暑さでは、天馬たちも持たない」
ヒューズは険しい顔で言うと、天馬の腹を蹴った。
「第五班の消息が途絶えた座標はこの辺りです」
オギナが共鳴具から画面を虚空に映し出し、そこに示された地図を見ながら言った。
「だだっ広い場所ですね……目印になるものもない」
ジツが不安そうに呟く。
ツナギも周囲を見回し、仲間の残した痕跡を探している。
「総員、周辺の探査を。十分後、収穫がない場合は再びこの地点へ集合する。何か見つけた場合は合図を送るように」
「了解!」
全員が一斉に散った。
「管理官権限執行、探査!」
アラタは両目に魔力を集め、仲間たちが残した魔力の痕跡を探す。天馬の手綱を握り、渓谷の間を駆けた。
砂の吹き荒れる大地を見下ろしながら、顔を顰めた。吹き抜ける風が地面の砂塵を巻き上げるせいで、視界が悪い。外套の裾で口や鼻を覆い、目を細める。
「頼む、無事でいてくれ……」
焦る気持ちが膨れ上がるのを、必死に理性で押さえつける。
砂塵が吹き荒れる中で、一瞬だけ空気の流れが変わった。
気のせいかと思えるほど、僅かな変化だった。
アラタは顔を上げ、魔力を込めた瞳で三時の方角を見つめる。
砂塵の中で、空気が膨れ上がる。そこに、魔力の残滓が過った。
間違いない、とアラタは目を細めた。
この砂塵は魔力で意図的に生み出されたものだ。
その目的は言わずと知れた、外界への目くらましだ。
アラタは迷わなかった。
「はいやっ!」
天馬の腹を蹴ると、一直線に砂塵の中を突っ切る。ごうごうと唸る風の音に混じって、何か重いものが地面に叩きつけられる音がした。
「管理官権限執行、火炎球!」
アラタは手に炎を宿すと、それを頭上に向けて放った。激しい爆発が、視界を覆う砂塵を吹き飛ばす。爆風を受け、アラタの周辺から砂塵が退いた。
アラタは、地上からこちらを見つめる双眸と目が合った。
鬼、だろうか。
身の丈三メートル近い肉体を持ち、肩や背に黒々とした角を生やしている。鋭い牙が口元から覗き、丸太のような太い腕を宙に掲げていた。
その手が鷲掴んでいるのは、黒い制服の上から武装した管理官の頭だった。
おそらく、消息を絶った第五班の管理官だ。彼は鬼の手から逃れようと必死に足をばたつかせている。鬼の足元には四人の管理官たちが倒れ伏していた。
アラタは腰の双剣をすぐさま抜いた。
「その手を、放せぇえええぇっ!」
天馬の鞍を蹴ると、鬼に向けて双剣を振り下ろす。
鬼は手にしていた管理官を放り投げると、両腕を交差させて顔を守った。
真っ赤な皮膚に、アラタの双剣がぶつかる。硬い音と手ごたえに、アラタは顔を顰めた。かなりの高度から落下し、その勢いを乗せた一撃だ。それでもアラタの一撃は、鬼の皮膚にわずかな裂傷を与えるに過ぎなかった。
「仲間……マダ、イタノカ」
鬼がくぐもった声を上げた。
アラタは鬼の腹を蹴って、大きく背後へ跳んだ。地面に着地すると同時に、双剣を構える。
「こいつ、知能が高いのか……」
厄介だ、とアラタは呟く。
魔物は強さを求める過程において、驚くほどの知能を身に着けることがある。
世界の摂理を理解し、時には守り神として人々から信仰を向けられる場合もあるほどだ。
アラタの目が、周囲の抉られた地面を見る。鬼は武器の類を所持している様子はない。あくまでその巨体を生かした肉弾戦で、第五班の管理官たちを圧倒したのだろう。
「ぐっ、気を……」
放り出された管理官が、血まみれの顔を上げた。激しく咳き込む彼に一瞬だけ目を向け、アラタは目の前に佇んでいる鬼を注視する。
「援軍です。先程、合図を上げましたので隊長も駆けつけるかと。動けますか?」
「無理、だろうな……」
負傷した管理官が胴を押さえている。あばらを何本かやられているのかもしれない。下手すれば内臓への損傷も大きい可能性がある。
アラタは即座に方針を決めた。
「管理官権限執行、物理攻撃反射」
己を含め、倒れた管理官たちにも効果を付与する。
「こいつを引き付けている間に回復を。少しは稼いでみせます」
「止せ、そいつを傷つけては――っ!」
「モウ、イイダロ?」
鬼が言うなり、拳を振り上げてアラタへ迫った。
「管理官権限執行、俊足」
アラタは鬼の振り下ろした拳を避け、すり抜け様に左手の剣で首を刎ねる。しかし相手が前傾姿勢を取ったせいで、アラタの刃は空を斬った。
ひやりと背筋に悪寒が走る。
咄嗟に右手の剣を引き寄せる。剣身に衝撃が加わり、アラタは大きく背後へ吹っ飛ばされた。
「ぐっ……」
ジンッと痛む腕に顔を顰め、アラタは空中で態勢を立て直す。アラタを蹴り飛ばした鬼はすぐさまアラタへ追いすがった。
アラタに振り下ろされた鬼の拳が、見えない壁に跳ね返される。
管理官権限「物理攻撃反射」の効果である。
鬼の体勢が崩れたところへ、アラタは右手の剣を突き出す。鬼の片目をアラタの刃が貫いた。鬼の目から、紫色の血しぶきが上がる。鬼は片目を押さえながらよろめいた。
「オオ……」
鬼が唸る。しかし、怒るどころか、その口元には笑みを浮かべた。
アラタは双剣を構えた。じっと鬼の動きを見据える。
傷を負って笑っているなど、不気味すぎる。
「アア、傷ヲ、回復サセナクテハ……」
鬼が言うなり、己の腹に爪を立てた。
「っ!?」
アラタが見ている前で、鬼の腕が腹へと沈んでいく。手首の辺りまで埋まったところで、今度は腕を引っ張り出した。鬼の手に頭を掴まれ、一人の男が腹の中から引きずり出された。
その男性の顔を見た途端、アラタの呼吸が止まった。
鬼の腹から引きずり出された男から、目が離せない。
それは、アラタの知っている顔だった。
「多田……健、さん?」
アラタは変わり果てた姿の男性に、言葉を失った。
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