File4-10「途絶えた消息」
「戻ったか」
森の中の集落に戻ると、真っ白な髪に紅の瞳を持った死神ツイの姿があった。
集落に残された五人の転生者たちやツナギ、ジツもアラタたちの姿を見てホッと胸を撫でおろしている。
「皆さま、ご心配をおかけしました。これから、異世界間仲介管理院へ皆さまをご案内いたします」
ヒューズが六人の転生者たちに声をかけ、ツイへ視線を向けた。
ツイはパチンッと指を鳴らす。すると、ツイの足元から黒い靄が立ち込め、大きく膨れ上がった。ざわつく転生者たちの前で、黒い靄は二頭立ての馬車の姿に変化した。影の馬たちが嘶き、六人の転生者たちが身構える。
「ご安心ください。これは魔法……の馬車なので、皆さまをこの馬車で安全に異世界間仲介管理院まで運ぶことができるんです」
ジツがおびえる転生者たちに説明する。
「さ、どうぞ乗ってください」
ツナギが馬車の扉を開ける。転生者たちは恐る恐る馬車の中へ入っていく。全員が馬車に乗り込んだのを見届け、ツナギが扉を閉めた。
「今回のこと、女神さまは――」
「職務上、必要な範囲内での対処と認められます。あの蜘蛛たちのことは案ずることはありません」
口を開きかけたヒューズに、ここまで案内役でついてきた戦闘天使が微笑んだ。
ツイも戦闘天使の傍らで頷いている。
「暇の挨拶も不要とのことだ。無事の帰還を祈ると言伝を承った」
「感謝する、戦闘天使殿、ツイ殿」
ヒューズは天馬にまたがると、全員を見回す。ツイも御者台に座ると、影の馬たちの手綱を取った。
アラタたちも、天馬に跨ってヒューズの号令を待っている。
「お世話になりました」
「いいえ……皆さまに神々のご加護があらんことを」
戦闘天使は微笑みとともに翼を広げる。そのまま虚空の裂け目から神域へと帰っていった。
「管理部転移方陣管理課へ申請。こちら防衛部異世界間防衛軍第一部隊第一班のヒューズだ。六名の転生者を保護した。これより異世界間仲介管理院へ帰還する」
ヒューズの共鳴具が「申請中」の文字を映し出す。
しばらくして、男性の声が承認を告げた。
〝こちら管理部転移方陣管理課、申請を受諾した。これより異世界リシェラノントへ道を繋げる。『道』の出現座標を送る。速やかに座標地点へ移動し、待機せよ〟
「了解した」
ヒューズは腕を振ってアラタたちに合図した。
「出発する! 翼を広げろ!」
ヒューズの号令とともに、アラタたちは天馬の腹を蹴った。天馬の蹄が腐葉土を蹴り、虚空に飛び出す。先頭をヒューズが行き、ジツとオギナが馬車の左右につく。後方をアラタとツナギの二名が固めた。
異世界リシェラノントの森があっという間に足下へ遠ざかり、呑気に流れる白雲の中を抜ける。
白雲よりもさらに上昇する。ヒューズが共鳴具に映し出された座標を目印に、進路を修正した。遮蔽物のない空を進むことしばし、前方で空間の裂け目が生じた。空の青が割れ、中から黄金の光があふれ出す。
異世界間仲介管理院へと続く「道」だ。
「『道』を視認。このまま飛び込め!」
ヒューズがアラタたちに声をかけると、天馬を進めていく。
「衝撃に備えろ」
ヒューズが全員に声をかけ、黄金の光の中へと突っ込んで行く。
アラタたちも続いた。
「道」へ飛び込んだ途端、魔力の流れに体が持って行かれそうになる。
アラタは両足をしっかり踏ん張り、天馬の手綱をさばいた。飛行が安定すると、アラタはツナギに並んで隊列に加わる。
「必要以上に抗おうとするな。うまく天馬を流れに乗せろ」
「はい」
ツナギの助言に、アラタは頷く。注意深く手綱を緩めた。
眩い光がやがて、途切れる。ドンッと全身に圧がかかり、アラタは見慣れた景色の中へと飛び出した。
空へと伸びる尖塔群を持った異世界間仲介管理院の中央塔が見える。そこから東に行った先には、召喚部が管轄する総合案内所の洋館が鎮座していた。開け放たれた正門の左右には翼を広げた使徒の彫刻が沈黙している。眼下には、ドーム型の屋根を持つ操縦訓練場と第三訓練場が見えた。大きく旋回すると、数多の護送車が浮かんだ封魂監が目に飛び込んでくる。
「降下!」
ヒューズの合図に従い、アラタたちはゆっくりと地上を目指した。
第四方陣の近くに待機していた管理官たちが駆け寄ってくる。手に赤い光の玉を浮かべ、こちらを誘導している。アラタたちはその誘導に従って、着地した。天馬の蹄が舗装された路上を軽やかに蹴り上げる。
「お疲れさまです!」
敬礼とともに、防衛部の管理官たちが左胸に拳を当てた。
「今、戻った! 転生者たちの受け入れ手続きを頼みたい」
「承知いたしました!」
黒毛の天馬から降り立ったヒューズが、駆け寄ってきた部下に指示を出す。
「ツイ殿、このまま転生者の方々を待魂園へ送っていただきたい」
「承知した」
ツイは頷くと、アラタとオギナに振り向く。
「では、私はこれで」
「お疲れさまです、ツイさん」
「今度、園芸用の道具を扱うお店、紹介しますね」
オギナが抜け目なく言い、ツイの目が一瞬光ったのをアラタは見逃さなかった。
去っていく馬車を見送り、ジツがうんっと伸びをした。
「よかったー……なんとか無事に任務を終えましたー」
「まだ始まったばかりだぞ、気を引き締めろ」
ジツの様子に、ツナギは呆れ顔を向ける。すぐさま顔を強張らせたジツが、背筋を伸ばして返事をしている。ジツの様子に、アラタとオギナは思わず笑った。
ビーッとヒューズの共鳴具が警告音を発した。
その場にいた全員の視線がヒューズに向く。ヒューズは指先で共鳴具に触れ、画面を虚空に映し出す。表示された画面から、禿頭の厳めしい顔が映し出された。
防衛部部長のラセツだった。
〝ヒューズ管理官、今すぐ出撃できるか?〟
低い声で問いかけるラセツに、ヒューズの表情も険しくなる。
「何かありましたか?」
画面の中でラセツが頷く。
〝先程、管理部権限管理課より緊急通達があった。異世界シャルタにおいて、防衛部異世界間防衛軍第一部隊所属の第五班が、消息を絶った〟
「っ!?」
アラタたちは顔を見合わせた。周囲でラセツの声を聞いた管理官たちも表情を強張らせている。
〝ちょうど帰還途中であった第二班を援軍に向かわせたが、そちらも保護した転生者を護送中だとのことだ。人数を割いての援軍では、未知数の相手に心もとない〟
それに……、とラセツは逡巡するように唸る。
〝新たな魔王誕生の兆し、という可能性も捨てきれん〟
ラセツの呟きに、その場にいた全員が凍り付いた。
「新たな、魔王……」
ヒューズの目が無言でアラタたちに向けられた。
しかし、すぐに彼の視線はアラタたちからそれる。
異世界間防衛軍は第一部隊、第六部隊を除いたすべての部隊が魔王出現領域における調査に出てしまっている。人員不足の第六部隊は現在、第一部隊に組み込まれる形で転生者保護任務に従事しているが、それでも魔王討伐任務となると隊員数が圧倒的に足りない。
揺れるヒューズの思考に、アラタは一歩踏み出した。
「ヒューズ管理官。あくまで偵察隊として、出撃することはできませんか?」
アラタの言葉に、ヒューズは顔を上げた。
二人の視線が、正面からぶつかる。
「まだ魔王が誕生したと決まったわけではありません。我々が原因を探る間に、異世界間仲介管理院で部隊編成を組むというのはいかがでしょう。相手が魔王と分かれば、その時点で魔王出現領域を調査中の異世界間防衛軍を異世界シャルタへ向かわせればいいことです」
管理部権限管理課の追跡が途絶えたということは、それだけ事態は切羽詰まったものだろう。一刻の猶予もない。
「ヒューズ管理官、どうか私たちにも手伝わせてください」
オギナも声を上げ、その横で顔を強張らせたジツも必死に首を縦に振っている。
「このように、三人は行く気満々のようです」
ツナギもヒューズを振り返る。
「兵の招集に、隊の編制……どれだけ急いでも一時間以上はかかる。相手が魔王であったなら、いち早くその動きを封じねば被害は拡大するでしょう」
ツナギの言葉に、ヒューズは目を閉じた。
「……感謝する」
決断してからのヒューズは切り替えが早かった。
「ラセツ部長、現状における第五班に関して入手している情報の開示を求めます!」
〝わかった。すぐに権限管理課へ掛け合う。一分、待て〟
ラセツからの通信が途切れると、ヒューズはいったん部下に引き渡した天馬の手綱を再び握った。
「すぐに転移方陣の起動準備を!」
「はい!」
「防衛部で動員できる隊員を集めろ! 指揮官は第六部隊隊長、キリカ管理官に一任する。彼女が戻るまでそのまま待機! ただし、すぐにでも出撃できるようにしておけ!」
慌ただしく駆け出した部下たちを見送り、ヒューズは共鳴具に視線を落とす。
彼の共鳴具がデータの受信を通知した。
虚空に映し出されたのは、戦闘記録だった。
管理部権限管理課が第五班の消息が途絶える直前までを記録した、五名の管理官の管理官権限執行の記録だった。
アラタたちもヒューズの傍に寄って、戦闘記録に目を通す。
「妙ですね」
オギナがすぐさま違和感に気づいた。
「相手の動きを鈍らせ、封じる管理官権限ばかりを執行しています。むしろ、攻撃系の管理官権限の執行は少ない。足止めを目的としている、と言ったところでしょうか」
戦闘記録の傾向から、第五班の管理官たちは威嚇目的か防御などの目的でのみ、攻撃系の管理官権限を使用していたということになる。
「異世界の魔物か、保護した転生者が傍にいたのだろうか」
アラタも首を捻った。
異世界シャルタの魔物が相手なら、目くらましなどの特殊系の管理官権限執行が主となるはずだ。攻撃系の管理官権限については、転生者を守りながら戦闘に及んだということならば一応の説明はつく。転生者を抱えながら、大規模な攻撃系管理官権限は使えない。転生者を巻き込んでしまうからだ。
部下の戦闘記録にザッと目を通すと、ヒューズは画面を消した。
「ジツ管理官、貴官は装備部にいたと聞いた。仮に……大規模な封印を施すための魔法道具が必要な場合、その貸与は可能か?」
「今すぐ、ということであれば無理でしょう」
ジツは即答した。
「大規模、ということは少なくとも魔王を念頭に置かれているということですよね? 魔王を封じる、あるいは足止めをするための強力な術式の使用は院長の許可がいります。魔王の出現だと決まったわけではない現状では、許可を得るのは難しいですし、術式を組む時間も足りません」
「そうか……」
ヒューズは軽くため息をついた。
「ですが、一時的に相手の動きを封じる簡易な拘束具でしたら今すぐにでも作成可能です」
「何?」
ヒューズがパッとジツを見た。
ジツは防衛部の管理官の一人に声をかける。
「すみません、必要な素材の用意をお願いします。素材が世界樹産のもので太めの縄と鉄、宝珠とそれから……」
ジツが必要な材料を持ってくるよう指示する。
防衛部の管理官がヒューズを見た。
ヒューズが頷いたのを確認すると、防衛部の管理官が走り出す。
「何か手伝えることはあるかい?」
「ジツ、指示をくれ」
オギナとアラタも申し出ると、ジツは頷く。
「アラタさんは縄に強化魔法を、オギナさんは封印の魔法を込めてください」
「では、私は二つの魔法を完全保護しよう」
「ならば、私は物理・魔法攻撃反射を。念のため、透明無効化も付与しておこう」
ツナギとともに、ヒューズも歩み寄ってきた。
「ツナギ管理官、ヒューズ管理官、ありがとうございます」
ジツは防衛部の管理官が持ってきた材料を前に、さっそく管理官権限を執行する。彼が術式を刻み、道具を作成する。それに合わせてアラタたちも管理官権限を執行し、ジツの指示を受けて術式を組み込んでいく。手のひらに収まる大きさの宝珠に縄が吸い込まれて消えると、額に汗を浮かべたジツが宝珠をアラタたちに差し出した。
「あくまでも急ごしらえですので、耐久性までは保証できません。ですが、生まれたばかりの魔王ならば足止め程度にはなるはずです」
「十分だ」
ジツから宝珠を受け取ったヒューズは「頼もしい」と言って笑った。
「第四方陣、起動準備できました!」
第四方陣の調整を行っていた管理官たちから声が上がる。
「よし、騎乗!」
ヒューズの号令に従い、アラタたち四人は天馬に跨った。歩を進め、第四方陣内へ踏み込む。第四方陣の歯車が回転を速め、魔力が再び光の道を紡いでいく。
空へと伸びた光の道へ、アラタたちは駆け出した。
「急ぐぞ、仲間を助ける!」
ヒューズの鋭い声とともに、アラタたちは光の中へ飛び込んだ。
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