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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
二章 管理官アラタの異世界間防衛業務

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File4-9「和解」

「管理官権限執行、探査!」

 オギナが目に魔力を集め、周囲を素早く見回した。周囲の木々がその輪郭のみを残して透け、必要な情報だけをオギナの視界へ届ける。

 彼の目が、ある一点に向いた。

「見つけた、十時の方角!」

「了解!」

 アラタは大振りの枝に着地し、進路を変えて飛び出す。

 森が途切れた場所に、巨大な洞窟が口を開けていた。

 二人の耳に、鋼と鋼がぶつかり合う音が響く。

 アラタとオギナが洞窟へ飛び込む。

 そこには地面に尻もちをついた転生者の男性を庇い、ヒューズが大剣を盾に百足蜘蛛(バイザン)から振り下ろされた鋭い鉄の足を防いでいた。

「ヒューズ管理官!」

 アラタは双剣を抜き放つ。オギナも弓を構えた。不安定な姿勢にもかかわらず、オギナはそのまま矢を放つ。オギナの射た矢が百足蜘蛛の巣に張り巡らされた糸の一つを断ち切る。百足蜘蛛が体勢を崩したところへ、アラタの双剣が強襲した。口から糸を吐き出そうとしていた百足蜘蛛の牙を、アラタは斬り飛ばす。

「アラタ管理官、オギナ管理官! 異世界間連合の協定だ、あまり傷を負わせるな!」

 大剣を構えながら、ヒューズが声を上げた。

 異世界間連合において取り交わされた不干渉協定とは、いかなる理由があろうと、異世界間における動植物、文明、歴史等における外部からの干渉行為を一切禁じるというものだった。

 異世界間連合の加盟において打ち出された規定であり、異世界間仲介管理院も業務を行う上で準拠すべきものである。

「了解です!」

 耳障りな奇声を発する百足蜘蛛の注意がアラタに向いた。

「さぁ、こっちだ!」

 アラタはヒューズと転生者から距離を取り、百足蜘蛛を巣の奥へと誘導する。振り下ろされる足を双剣で受け流しながら、周囲に張り巡らされた糸に触れないよう注意を払う。

「オギナ管理官、彼を頼む」

 ヒューズは地面に座り込む転生者をオギナに託すと、巣の奥へと百足蜘蛛を誘導するアラタを追った。

 巣の奥へと進むにつれ、頭上や背後から百足蜘蛛たちが発する警戒音が響き渡る。洞窟の奥には縦に開いた無数の穴が伸びており、そこに糸を巡らせて巣を作る百足蜘蛛たちの姿がある。

 その名前が示す通り、全身の毛が足の役割を果たしており、毛を張り巡らせた糸に引っ掛けて滑車のように移動し、こちらへ迫って来る。獲物を捕らえるための長い八本の鉄足を振りかぶり、百足蜘蛛が奇声を発した。

「アラタ管理官、感覚保護の権限を!」

 ヒューズが叫んだ。

 アラタは即座に共鳴具をはめた左手を胸に当てる。

「管理官権限執行、特殊防壁!」

 アラタの全身が透明な球体に包まれる。

「管理官権限執行、絶波!」

 ヒューズが生み出した衝撃波が、百足蜘蛛たちの動きを止めた。まるで石化してしまったかのように動かない彼らを横目に、アラタは遮音の壁を解除する。

 そのまま、ヒューズの傍らに降り立った。靴底に地面を踏みしめる感覚が伝わる。

 アラタはホッと息をついた。

 ヒューズの放った管理官権限は、洞窟内の音や振動を奪うものだ。

 蜘蛛の視力はほとんどなく、外界からの情報を触覚に頼っている。蜘蛛の糸を通した振動から獲物の位置を把握する習性は、百足蜘蛛も例外ではなかったようだ。あらゆる振動を奪われた彼らは、自分の現在地すら把握できない状況だった。

「アラタ管理官、怪我はないか?」

「はい、大丈夫です」

 アラタの返事に、ヒューズは満足そうに頷いた。

「さすが、ツナギ管理官が認めるほどだ。いい腕をしている」

「ツナギ管理官が、ですか……?」

 目を丸くしたアラタに、ヒューズはニッと歯を見せて笑った。

「ああ。昔から、あの人はわかりやすいからな!」

 アラタは首を傾げた。

 わかりやすい……だろうか?

 誰に対しても厳しく指導している姿しか知らないアラタとしては、ヒューズの言葉には首をひねるばかりだった。そんなアラタに、ヒューズは一人で頷いている。

「ま、今度からよく相手の言動を観察してみるといい。普段、異世界転生仲介業務をやっているアラタ管理官なら、すぐに気づくさ。自信がなければ、オギナ管理官やジツ管理官にも聞いてみるといい。自分一人だけで抱え込んで対象を考察していては、相手の心情は見抜けないからな」

 戻ろう、とヒューズに促され、アラタは頷く。

 洞窟の外に出ると、うずくまって震えている転生者の男性と、傍で男性を介抱しているオギナがいた。

「よかった、二人とも無事で」

 顔を上げたオギナがホッと息をつく。

 ヒューズはオギナに笑顔を向けた。

「心配をかけてすまない、オギナ管理官」

 ヒューズは地面に座り込んでうつむく男性の傍にしゃがみ込む。

「お怪我はありませんか?」

「……ない」

 男性は絞り出すように言うと、歯を食いしばった。

「ちくしょー……なんで、俺は……死んだ後も、こんな思いをしなきゃ、なんねーんだよ」

 男性は地面についた両手を握りしめた。

「クソみたいな人生だった……。だから、面談で話した管理官から、やり直せるんだって聞いて、嬉しかったんだ。今度こそ、胸を張れるような人生を歩いて、俺を見下した連中に自慢してやるんだって思ったんだ。見ろよ、俺、すげーだろって、言い返してやりたかったんだ!」

「ええ、それを今からやりましょう」

 ヒューズの穏やかな声に、涙で濡れた男性の顔が向く。

「あなたは己に降りかかった理不尽に対し、臆することなく我々に声を上げました。間違いに声を上げること、それは誰もができることではありません。あなたは見知らぬ場所で、自ら生きる道を切り開こうとされた。確かに、とても危険な行為ではありますが、その行動そのものは評価されるべきですし、とても勇気のいることです」

 ヒューズは自分の胸に右手を添えた。

 その紺碧の瞳が、真っ直ぐ男性を見つめている。

「そんなあなたに、私もまた誠意を示したい。どうか、間違いを犯した我々に、もう一度やり直す機会(チャンス)をいただけませんか?」

 そっと頭を下げるヒューズを前に、男性は唇を引き結ぶ。

「……別に許すつもりはねーよ。俺のために、利用するだけだ」

「はい、ご期待に添えるように尽力いたします」

 プイッと顔を背けた男性の言葉に、ヒューズは満面に笑みを浮かべた。

「なんで嬉しそうなんだよ……許さねーって言っただろ」

「はい、心得ております」

「へらへら笑うんじゃねーよ、気色悪ぃ……」

「もともとこういう顔ですので」

 笑顔のヒューズを前に毒気を抜かれたのか、転生者の男性は呆れ顔だ。

 変な奴、と男性は呟くと、そっと口元を綻ばせた。

 アラタとオギナも安堵の表情で顔を見合わせる。

「さ、集落に戻りましょう」

 ヒューズの差し出した手を、転生者の男性はしっかりと握りしめたのだった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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