File4-7「敵意」
「はい。よって、転生者の保護は我々が想像する以上に難航するかと――」
謁見の間を辞した後、ヒューズはすぐさま異世界間仲介管理院へ連絡を入れた。アラタたちは少し離れた位置からヒューズの背を見つめる。
アラタの中に生まれた焦燥は、時を追うごとに強まっていった。
遺棄された転生者たちが記憶を保持していること。
もしも、異世界の神々にこのことが知られたなら、大変なことになる。
「異世界間仲介管理院に対してよからぬ考えを持つ神々もいるからね。もしかしたらすでに幾人もの転生者を『保護』という名目で抱え込んでいる可能性がある」
オギナは腕を組むと、苦い顔をした。
異世界間連合の神々にとって、異世界間仲介管理院での異世界転生仲介業務は最も関心の高い内容だ。過去にはその業務内容の一端でも知ろうと、己の世界に頻繁に転生者を招き入れていた神もいたという。その「手段」が問題となり、異世界間仲介管理院はすべての業務の内容を神々から秘匿する処置を講じた。異世界間連合でも不可侵条約を定めることによって異世界間仲介管理院の方針を支持した。
そのおかげで、異世界間仲介管理院での業務の全容を知る神は存在しない。
転生者の先導という業務を委託されている冥界の神々ですら、転生者を異世界間仲介管理院へ引き渡した後のことは知らないのだ。たとえ知る機会があったとしても、冥界は守秘を徹底する。それは永く死者を導く役目を担ってきた冥界が定めた掟だった。
「ほんの僅かでも異世界転生仲介業務を知る手がかりがあるならば、神々は転生者を己の傍に置いて、その記憶を徹底的に洗い出すだろう。たとえ収穫が見込めずとも、異世界間連合会議で異世界間仲介管理院から不条理を受けた証人として召還することができる」
ツナギの言葉に、ジツが身を乗り出した。
「こうしてはいられません! 急いで、転生者を見つけ出さないと!」
「ジツ、少し落ち着け」
アラタはジツの肩に手を置いて、今にも飛び出しかねない彼を押さえた。
「アラタさん……でも――」
「転生者たちが記憶を保持しているということは、彼らは自分たちが管理官たちから棄てられたということも覚えているということだ」
自分たちを棄てた連中をもう一度信用しろ、というのは難しいだろう。
転生者たちにとっては、すべての管理官が自分を棄てた連中の仲間だと認識しているはずだ。
「転生者遺棄事件にかかわっていた管理官たちが、あえて記憶を残すことで転生者に管理官への不信感を植え付けておいたのだとしたら……大した策士だよね。異世界間仲介管理院が転生者たちを保護するために手を差し伸べたとしても、転生者自身から拒絶させることで保護活動が停滞する」
アラタたちは視線を交わした。
「近々、異間会議が開かれる。そこで神々がなんらかの処置や法案を無理に押し通してくるかもしれんな」
事件の後処理が遅れれば遅れるほど、異世界間仲介管理院の立場は苦しくなる。
「待たせたな」
異世界間仲介管理院とのやり取りを終えたヒューズが戻ってきた。
その表情は険しい。
「あの、この後は……」
「ひとまず、女神リシェラノントさまが保護した転生者の回収を優先する。上には報告したから、我々が戻る頃には何らかの方針が打ち出されるだろう」
パンッとヒューズは軽く手を叩いた。険しい表情を浮かべるアラタたちを、ヒューズは笑顔で見回す。
「我々はまず、目の前のことに集中しよう。記憶があろうがなかろうが、我々は誠意をもって転生者と向き合わねばならない」
ヒューズの言葉に、アラタたちは返事とともに頷いた。
「お待たせしました。案内をよろしくお願いいたします」
ヒューズは待機していた戦闘天使に笑いかけると、ひらりと黒毛の天馬にまたがった。
「こちらへ」
戦闘天使が背の翼を広げると、空へと躍り出る。アラタたちも天馬を操り、リシェラノントの空へと乗り出した。
神域を出ると、一気に空気が変わった。
それまではどこか澄んだ空気が滞留し、風を感じることもなかった。
それが神域を出た途端、一気に様々なにおいがアラタたちを包み込んだ。
大地を覆う草木の茂る青臭い香りに、冷えた空気のツンッと鼻をつく感覚、雲の中へ入った際に肌にしみつく結露の感触が全身を通して伝わってきた。
「こちらです」
先頭をいく戦闘天使が森の中へと降下した。
「どうして、神域で保護していないんですか?」
ジツが疑問を口にした。先導していた戦闘天使が振り返って微笑む。
「我らが主の住まう領域では、この世界の神気が強く、転生者たちの魂が耐えられないためです」
なるほど、と納得したジツ。
アラタは天馬の手綱をさばきながら、ゆっくりと地面に着地した。天馬の蹄が腐葉土に覆われた柔らかい土を踏む。
森の中を進むことしばし、アラタたちの前に集落が現れた。巨大な枝ぶりの樹木に、木造の建物が無数に点在している。木の通路からはこちらを見下ろす住人たちの姿も見えた。尖った耳や角を持ち、手に獣のような鋭い爪を有した住人たちは何事かを囁きながら遠ざかっていく。その際は、天馬より一回りほど小さい蟻の魔物の背にまたがっていた。
魔物との共存を目指す世界では、人々の生活に魔物たちは欠かせない。
アラタは女神の憂い顔を見て、納得する。
転生者の中には、魔物は倒すべき存在だという認識を持つ者も多い。
今まですれ違った集落の住人たちが従えているのは巨大な昆虫の魔物や、毒虫の類が多い。その外見の醜悪さ、身の丈の巨大さから彼らを恐れることは無理からぬことではあった。
集落を過ぎ、アラタたちは少し離れた場所に建っている小屋に案内される。
木の柵が周囲を覆った簡素な小屋の前で、ヒューズは天馬から下りる。
「失礼! どなたかいらっしゃるか?」
ヒューズは木扉をノックし、小屋の中へと呼びかける。
木扉が内側から開かれ、男性が僅かに顔を覗かせた。
「に……人間、ですか?」
警戒する男性に、ヒューズは笑顔を向けた。
「初めまして。この小屋にはあなたお一人ですか?」
「っ!? 言葉が通じる!」
「えっ、人が来たの?」
ヒューズの声を聞きつけた人々が六人、小屋の中からわらわらと出てきた。
アラタはこっそりと目に魔力を集めた。
小屋から出てきた六人の転生者を見つめる。転生者の魂が持つ輝きが、注意して観察しなければわからないほど鈍いものだった。
「吸光石による隠蔽の痕跡が見えるね」
「ああ……」
アラタの傍らで、同じように転生者を観察していたオギナが僅かに眉をしかめた。アラタも頷く。
「よかった! 言葉が通じる人間に会えるなんて!」
「わけもわからないままここに連れて来られたの! もうどうなることかと思ったわ!」
「あなたたちは一体、どこから来たんだ?」
口々に質問を浴びせる転生者たちを前に、ヒューズは一歩下がった。そのまま、丁寧に頭を下げる。
「申し遅れました。私は異世界間仲介管理院の管理官、ヒューズと申します。この度は皆さまをお迎えに上がりました」
ヒューズが名乗るなり、サッと空気が重くなった。六人の転生者たちの表情から、笑みが消える。その双眸に宿ったのは、軽蔑だった。
彼らの変化に、アラタは言葉を失う。
どこまでも冷ややかにこちらを睨みつけてくる瞳は、明らかにこちらを拒絶していた。
「俺たちを見捨てた奴らが、今更何の用だ?」
最初にヒューズと会話した転生者の男性が、低い声で言った。
ヒューズは頭を下げたまま、男の詰問に答える。
「我らの不義により、皆さまに多大なご迷惑をおかけしました。申し訳――」
「消えろ!」
男の鋭い声がヒューズを遮った。
「人を馬鹿にすんのも大概にしろ!」
「そうよ! 何も知らないからって、私たちをこうして魔物だらけの世界に放り出したじゃない!」
転生者たちの言葉が、アラタの胸に突き刺さる。
彼らの怒りは当然であり、こちらは何も言い返せない。
アラタは歯を食いしばって耐えた。
事件を引き起こした同胞に対する怒りが込み上げてくる。同時に、転生者たちの叫びが鋭く胸に突き刺さった。
怒りと悲しみで、どうにかなってしまいそうだ。
そんなアラタに追い打ちをかけるように、男が声を絞り出す。
「あんたたちの言葉を信じた、俺たちが馬鹿だったんだ!」
男は震える拳を強く握りしめたまま、キッとヒューズを睨んだ。
「俺たちは俺たちの力で自分の幸せを掴む! あんたたちの助けはいらない!」
男の鋭い声が、静かな森の集落に響いた。
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