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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
二章 管理官アラタの異世界間防衛業務

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File4-6「女神の憂い」

 女神リシェラノントは玉座からアラタたちを見下ろしている。

 ヒューズが頭を垂れたまま、口を開いた。

「この度は、我らの過ちにより、リシェラノントが創世神様のお手を煩わせる形となりまして――」

「堅苦しい挨拶はここまでといたしましょう」

 女神リシェラノントは軽く手を振ると、ヒューズの口上を止めた。

「わたくしの世界は、異世界間仲介管理院の働きによって、こうして栄華と安寧を得ることができました。その恩には必ず報いねばなりません」

 女神の言葉に、ヒューズは深々と頭を下げた。

「寛大なお言葉、痛み入ります」

 ヒューズは、リシェラノントで保護された転生者は責任を持ってこちらで保護する旨を告げる。

 すると、女神の表情が曇った。

「そうしていただけると助かります。ただ、わたくしの世界から離れることを望まぬ者がいるようなのです」

「と、言いますと?」

 ヒューズが顔を上げる。アラタたちも眉間にしわを寄せた。

「言葉通りの意味です。『もう二度と管理官のもとへは帰らない』と、我が世界にしがみつく転生者がいるのです」

 女神は憂い顔で、そっと目を伏せた。

 アラタたちの間に戦慄が走った。

「そんな……転生者に、記憶が……」

 アラタは思わずオギナと顔を見合わせた。

 異世界間仲介管理院での記憶は、転生者・召喚者が異世界へ旅立った時点で強制的に抹消される決まりである。転生者に異世界での生活に早く馴染んでもらうためと、組織の秘密保持による不利益の回避が主たる目的だ。

「どうせ、遺棄するのだからと……転生者の記憶を消さずに、そのまま放置したのか」

 アラタは込み上げてきた怒りに拳を固める。歯を食いしばり、必死に理性で己を鎮めようとするが、上手くいかない。

 オギナやジツも眉間に深いしわを刻んで、沈黙している。女神の御前である以上、無礼な振る舞いはできなかった。

 女神の憂いた瞳が、アラタを見た。その口元が儚く微笑(わら)う。

「わたくしとしても、転生者たちが望むならば、我が世界にて彼らを受け入れることに異論はありません。しかし、異世界間連合の取り決めにより、異世界からの転生者、並びに召喚者を受け入れる際は異世界間仲介管理院の審査を受け、異世界間連合への転生申請を行い、正式に受理されねばなりません。それに……かの転生者たちの様子では、わたくしの世界に馴染むことは難しいかもしれません」

 女神はそうこぼした。

 リシェラノントは安定期にあると言っても、その世界には少なからず戦争もあり、魔物も住んでいる。特にリシェラノントは魔物との共存に重きを置いた世界秩序だ。転生者たちの中には、魔物を厭う者もいるだろう。

 だからといって、このまま転生者の意向を曲げて無理にこの世界から連れ出せば、その魂は歪んでしまう。それは魔王の誕生を促す恐れがあった。

「承知いたしました。我らが説得いたします」

 ヒューズがはっきりと女神に告げた。彼の真っ直ぐな視線を受け、女神も穏やかに笑う。

「頼みます、管理官たち。どうか転生者たちを、真の安らぎへと導いてください。こちらで保護した転生者のもとまで案内をつけましょう」

 女神の近くに控えていた戦闘天使が一柱、アラタたちの前に進み出た。

 そこで初めて、女神の視線がツイに向いた。

「冥界の先導者、その(ほう)には冥界の主神に言伝を頼みたいのです。しばし留まっていただけますか?」

「御意」

 ツイは慇懃な一礼とともに頷いた。

「では、我らはこれにて」

 ヒューズの言葉を合図に、アラタたちはツイと別れて女神のいる謁見の間を後にした。

 アラタたちの背を見送り、ツイは玉座に腰を下ろす女神へ向き直った。

「冥界の主神、カルトールさまはご壮健であらせられますか?」

 穏やかな表情で問いかける女神に、ツイは頷いた。

「我が主は変わりなく」

「それはよかった……長らく、互いの近況を報告していませんからね」

 そうして目を伏せた女神は、その眉間にしわを寄せた。


「今、異世界間仲介管理院の立場が脅かされようとしています」


 女神の声に、警戒と焦燥の色が滲んだ。

 ツイも顔を上げ、険しい表情を浮かべた女神に振り向いた。

 瑠璃色の瞳が開かれ、女神はツイを見下ろす。

「先導者よ、貴方も気づいていることでしょう。異世界間連合における、不穏な動きを」

「一介の死神に、崇高なる御方々の思慮を察することは不可能です」

 ですが……、とツイは言葉を継いだ。

「無視できない動きを見せる一派があることは、我が主も気にかけておいででした」

 ツイの言葉に女神は頷いた。

「思えば……わたくしたちが手を取り合ってから、ここまで長い道のりを辿ってきました」

 最初は単なる集まりに過ぎなかった。一柱だけで解決できない悩み事を、交流のある神々同士が集って話し合い、互いを援助するためだけの場だったのだ。

 当時、生まれたばかりだったリシェラノントも、カルトールに連れられてこの神々の集いに顔を見せていたに過ぎない。生まれたばかりであったこともあり、当時のリシェラノントは状況の深刻さをよく理解していなかった。


 ――もうどうせならさ、本人が望んだ形で輪廻転生させてあげた方が真剣に取り組む(生き抜いてくれる)かもよ?


 集いの場で、そう提案した一柱の言葉を、今でもよく覚えている。

 結果として、かの神の発案は異世界間連合の発足と異世界間仲介管理院の創設を促し、その恩恵を十分に受けた神々の世界は目に見えて繁栄した。

「わたくしは、希望がもたらされたのだと……恥ずかしくも、当時は無邪気に喜んでおりました」

 女神はそう呟くと、寂しげに息をつく。

「ですが、異世界間連合への加盟世界が増えるに従い、衝突が増え、異世界間仲介管理院への圧力は強まる一方です。最初期に古参の神々が常任理事世界としての特権を設えたことは、不幸中の幸いでした」

 女神の表情は険しい。ツイも無言で頷く。

 業務の一部を委託され、異世界間仲介管理院との繋がりが最も深いのは冥界である。

 今回の異世界間仲介管理院内で起きた転生者遺棄事件について、異世界間連合は追求を強め、さらなる圧力をかけにいくだろう。


「わたくしの調べでは、異世界間連合の一部加盟世界が結束し、異世界間仲介管理院に対し『神旗(じんぎ)』を発するつもりのようです」


 女神の言葉に、ツイも目を細めた。

「神旗」は異世界間連合が異世界間仲介管理院に対し、魔王討伐を直接命令する際に発令されるものだ。

 勇者だけでは魔王の軍勢を倒せないと判断した場合、異世界間連合は異世界間仲介管理院所属の管理官に対し、勇者と同じように魔王を討伐する加護を付与し、魔王討伐に参戦させるために設けた制度である。

 この「神旗」が初めて発令される発端となったのは六百年前、魔王の軍勢が最果ての園アディヴへ侵攻したことがきっかけだった。

「失効期限を設けない……すなわち『神旗』の効力を永年に発揮するとなれば、それは異世界間連合が異世界間仲介管理院を勇者と同等に扱うと言えるでしょう」

 ツイの発言に、女神は首肯した。

「現状、わたくしを含めた反対派の勢力は苦しい立場にあります。転生者遺棄事件は、異世界間仲介管理院を勇者同様、神々による完全な支配下に置きたい存在(もの)たちにとってかっこうの動機となったのです」

 女神は長い息をつく。アラタたちが出ていった扉を見つめた。

「異世界間仲介管理院が、転生者遺棄事件での汚点を相殺できるほどの功績を上げることができれば、我ら反対勢力の神々も攻勢に転じることができるのですが……」

 女神はそこまで言って、小さく首を横に振った。

「ここで話すことではありませんでしたね。詮無きことだとは承知しているのですが……」

「僭越ながら申し上げれば、それこそご心配は不要かと」

 ツイの言葉に、女神は怪訝な面持ちで顔を上げた。

 無表情の中に、ツイは確信を持った様子で女神へ告げる。

「異世界間仲介管理院の管理官たちは、どのような苦境も好機に変えてきました。我ら先導者はそれを間近で見聞きしております」

 だからこそ、冥界の主神カルトールは異世界間仲介管理院への支援を惜しまなかった。それは異世界間仲介管理院の転生者保護活動に、冥界側から派遣された先導者の人員数を見ても明らかだった。

「尊き女神リシェラノントさま、どうぞ今までと変わらぬ支援を彼らにもたらしていただけますようお願い申し上げます。管理官たちは、必ずやこの状況を覆すことでしょう」

「何か、方法があると言うのですか?」

 不安げな女神に、ツイはあっさり首を横に振った。

「現状では、なんとも……なにぶん、『神』は異世界間仲介管理院の業務に対し、一切の干渉を禁じられております」

 だからこそ、ツイの抱えるこの感覚は、根拠とするにはあまりに儚く、淡いものだった。

「人間の言葉に置き換えるならば……これが、相手を『信じる』という感覚なのでしょう」

 もどかしい感覚だが、ツイは嫌いではなかった。冥界で死者を先導しているだけの神生(じんせい)であれば、得られなかった感慨だろう。

 ツイの口角が僅かに上がった。


「今しばらく、管理官たちを見守りましょう。答えは必ず、示されます」


 そうして、ツイは女神リシェラノントに向けて深々と一礼したのだった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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