File4-5「異世界リシェラノント」
「さて、今回の派遣任務について、いくつか通達事項がある」
ヒューズは整列したアラタたちを前に、手首に装着した共鳴具から虚空に画像を映し出した。
「まず移動手段についてだ。現在、飛竜は繁殖期に入っているため、今回の派遣では天馬に騎乗することになる」
第四方陣へ五頭の天馬が引かれてきた。
天馬は飛竜に比べ、長距離間を移動するには不向きだ。しかし、初心者にも扱いやすく、編隊を組みやすい利点がある。
飛竜が繁殖期に入っていなかったとしても、ヒューズは天馬での騎乗を決めていただろう。アラタたちのような新人管理官を三人も抱えているなら、初回の任務ではできるだけ御しやすい幻獣を選択するはずだ。
「わぁ、幻獣に乗るなんてドキドキしますね」
ジツは表情を輝かせている。普段、中央塔での勤務では幻獣に触れ合うことは滅多にないため、感激しているのだろう。
防衛部が異世界へ派遣される際の移動手段は主に三種類だ。
一つは飛竜や天馬といった幻獣に騎乗する場合。異世界への派遣の場合はこちらが主だった移動手段となる。ただ、中には幻獣が存在しない世界もある。そういった方面への派遣の際は魔動二輪などの人工の乗り物を使用する。
最後は大勢の人間を一度に移動させる必要がある場合に限り、大型の魔動軍艦を運用する。魔動軍艦は六百年前、このアディヴの地に魔王の軍勢が押し寄せた際に、住民を避難させるために運用された。それ以降は、久しく使われていないと聞く。
「天馬の扱い方については養成学校でも勉強しているはずだから、問題ないだろう。後は、班分けについてだ」
今回の転生者回収業務に携わる、第一部隊のリストを表示した。
色別に括られたそれらをアラタは見つめる。
「現在、第一部隊への配属が決定した隊員たちで五~六人を目安にした班分けをし、随時異世界への派遣を行っている。アラタ管理官、オギナ管理官、ジツ管理官は第一班として、私の指揮下に入ってもらう」
ヒューズの言葉に、アラタたちは無言で頷いた。
「さて、任務の流れだが……我々がこれから赴くリシェラノントでは、女神さまの采配で遺棄されたと思しき転生者を保護してくださっていると連絡を受けた。我々は保護された転生者を迎えに行き、異世界間仲介管理院まで彼らを護衛、受け入れることが仕事だ」
新人を抱えての任務としては妥当な内容だった。
アラタがジツを見ると、彼の表情が僅かに綻んだ。
少なからず、安心した様子だった。
「その間、ツイ殿には移動中に保護すべき転生者がいないかを探索してもらい、見つけ次第その転生者も保護する。移動中も気が抜けない状況だが、ぜひ力添えをしてもらいたい」
「はい!」
アラタたち三人の返事が重なる。
「また、任務中は管理官権限の即時使用を認められている。身に危険が迫った場合は、日々の修練を生かし、即座に対応するように」
ツナギが最後に言葉を添えた。そこへ、ヒューズの背後で第四方陣の調整をしていた管理官たちから準備ができたと声がかかった。
「よし、では出発する! 騎乗!」
ヒューズも黒毛の天馬にひらりと跨った。
アラタたちも、防衛部の管理官たちから手綱を受け取り、ヒューズに倣う。
「では、ナゴミ課長。行ってまいります」
「うん、気を付けてね」
ヒューズと軽く挨拶を交わし、ナゴミがアラタたちに視線を向けた。
「四人とも、がんばっておいで」
「はい、行ってまいります」
ツナギが代表して答えた。
天馬の腹を軽く蹴り、アラタたちは光り輝く第四方陣へ歩を進めた。
いつもは旅立っていく同僚や転生者を見送る立場であるのに、こうして旅立つ側になると新鮮な心地だ。
足元の第四方陣の光が強まる。僅かだが、体が浮き上がった。アラタは両足を踏ん張り、天馬から離れないよう耐える。
「翼を広げろ!」
ヒューズの号令に従い、アラタは天馬の腹をひと蹴りした。天馬は翼を大きく広げると、その蹄が大地から離れる。
「翼の祝福に、道を掴まんことを!」
第四方陣の傍に控えたナゴミや同僚たちが、管理官敬礼で見送ってくれる。
「道を辿りし先に、翼の加護が安らぎをもたらさんことを!」
アラタは左胸に拳を当てて返礼し、手綱を握りしめた。
上空にまで伸びた光の道へアラタたちは飛び込んだ。魔力の流れに逆らわず、ヒューズ管理官の背を追う。周囲を見回す余裕はなかった。一瞬でも気を抜けば、この光の道から外へと放り出されてしまいそうだったからだ。
そんなアラタの傍には、外套を纏う骸骨姿に戻ったツイが浮かんでいる。黒い影を引きつれ、その赤く光る眼窩がアラタに向いた。
「アラタ管理官、まもなく光の道から抜け出る。その瞬間に気を付けろ」
「え……?」
アラタが思わずツイを振り向く。
骸骨姿の彼の表情は残念ながら読み取ることができなかった。
「光の道を抜けた瞬間に、事故を起こす管理官が多い。特に、初めて外界に出る者はなおの事」
ツイはスッと顔を正面に向けた。
「出口だ。手綱をしっかり持つことを推奨する」
「は、はい!」
アラタは言われた通り、手綱をしっかり握って身構えた。
ドンッと全身に圧がかかった。咄嗟に目をつぶる。眩い光の中から飛び出ると、アラタは恐る恐る目を開いた。
「っ……!」
アラタは目の前に広がる光景に息を呑んだ。
青い世界が、アラタたちを包み込む。天上に浮かぶ太陽が、大地をあまねく照らしていた。眼下には、空に浮かんだいくつもの島が点在し、空中に浮かんだ柱が整然と並んでアラタたちを出迎える。厚い雲の下には、緑豊かな大地が広がり、遠くの方で瑠璃色の海が広がっていた。
水晶を思わせるいくつもの柱の先には巨大な宝珠が浮かび、アラタたちの行く先を照らしている。
女神リシェラノントが住まう地――異世界リシェラノントの神域であった。
「うわぁっ、ちょっ、落ち着いて!」
背後で天馬の嘶きと、ジツの慌てた声が聞こえた。思わず振り返ると、驚いて暴れている天馬に、ジツが目を白黒させている。横合いからオギナがすぐさまジツの跨る天馬の手綱を取って、落ち着かせた。
「どうどう……」
「あ、ありがとうございました。オギナ管理官」
息を荒げるジツを見て、先頭にいたヒューズも微笑む。
「美しいだろ? 外界に初めて出た管理官たちは皆、この光景に見惚れて手綱さばきを誤るんだ」
「世界は……こんなにも美しいものなんですね」
アラタもため息とともに、表情を緩める。
「世界は神々によって形作られ、そこに住まう人々や動植物たちによって栄える。世界が栄えることにより、神々はその存在を強め、その加護は世界へと還元される。我々異世界間仲介管理院に所属する管理官は、世界の循環を手助けし、維持することによって、この数多ある世界を守っている」
ツナギが遠くに臨む海を見つめながら呟く。
アラタたちは静かに頷いた。
「出迎えのようだ」
ツイが囁くと、アラタたちの前に巨大な翼を持った女性が現れた。全身を甲冑で硬め、両手には槍を持っている。
空間を渡って来たのか、直前まで気配すら感知できなかった。
「異邦の者、この地に立ち入るはいかなる理由か?」
女性は唇を引き結んだまま、その感情のない瞳をアラタたちに向けた。
「声が……」
ジツは直接頭の中で発せられた女性の声に戸惑っている様子だった。
アラタとオギナは視線を交わす。アラタの手が腰の双剣の柄に触れた。
「私は異世界間仲介管理院、防衛部異世界間防衛軍第一部隊隊長のヒューズと言う! 貴界における偉大なる創世神様への謁見を乞う!」
ヒューズのよく通る声が、朗々と名乗った。
翼を広げた女性の瞳が揺らぎ、そこに感情が灯った。
「事前の連絡、承っております。ようこそ、お客人。我らが楽園へ」
女性の表情が初めて笑みを浮かべた。それまでの人形のような顔からの豹変ぶりに、アラタとオギナ、ジツは目を見開く。
「リシェラノントの戦闘天使だ。こちらが敵でないとわかれば、無闇に襲い掛かって来ることはない」
呆然とするアラタたちに、ツナギが補足した。
アラタたちは天使に導かれ、水晶でできた神殿に通された。
天馬から下り、ヒューズとともに長い廊下を奥へと進む。ツイはいつもの社交モードの姿へ変わり、アラタの傍らを歩いている。
廊下の両脇には、小柄な戦闘天使たちが、旗を掲げ持って控えている。静寂に包まれた水晶の城で、その佇まいは威厳に溢れていた。
やがて、アラタたちの前に巨大な両開きの扉が見えてくる。その巨大さに仰ぎ見れば、すぐに首が悲鳴を上げた。
「我らが創造神さまに、訪いを告げる者を連れてまいりました」
アラタたちを先導する天使が告げた。すると、両開きの扉がゆっくりと開いた。
繊細ながら荘厳、それがリシェラノントの神殿の印象だった。
いくつもの薄布を天井から垂らし、通路を挟んで戦闘天使たちが微動だにせず等間隔で整列している。
天井から吊るした天幕の中から、こちらを見つめる女神の姿があった。
長い金髪を緩く三つに編み、蔦草を模した額冠を頂いている。先程、神殿へ来る前に見た瑠璃色の海と同じ瞳が慈愛に満ちた様子で細められ、その眼差しをアラタたちに向けていた。真っ白なドレスと控えめながらも上品な装飾品を身に着けた、美しい女神だった。
「リシェラノントが創世神様にご挨拶申し上げます。異世界間仲介管理院、防衛部異世界間防衛軍第一部隊隊長のヒューズでございます」
ヒューズは一行を代表して前に進み出ると、外套の裾を掴んで跪く足を覆った。右手は左胸に当て、そっと頭を垂れる。
リシェラノント式の敬礼だった。
アラタたちもヒューズに倣い、女神リシェラノントへ一礼した。
「よくぞお越しくださいました、管理官たち」
女神は微笑み、アラタたちを快く迎えた。
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