File4-3「蟻巣亭での談笑」
「悪い、遅くなった」
終業時刻となり、アラタは荷物を手に門の前で待っていたオギナとジツに駆け寄った。
「おつかれ、アラタ」
「アラタさん、おつかれさまでーす! うわぁ、すごい荷物!」
ジツはアラタの手にした紙袋を覗き込んできた。
そこにはラッピングされた菓子類の箱が詰め込まれている。
アラタは紙袋を掲げ、小さく笑った。
「一緒に仕事をしている、他部署の人からいただいたんだ」
転生者調査課のアキラを筆頭に、待魂園の職員たち、そして装備部の交通手段開発整備課の人たちからも、わざわざ事務室にまで立ち寄って差し入れてくれたのだ。ちなみに、ヒューズ管理官が置いていった菓子折りは異世界転生仲介課の事務室のみんなでおいしくいただいた。
「それじゃ、行こうか」
オギナを先頭にアラタとジツは商業地区へ足を向ける。
「ジツ、初の面談はどうだったんだ?」
「はぁ~、緊張しましたよぉ~」
アラタの問いかけに、ジツは胸に手を当てると苦笑する。
「でも、僕が担当することになったおばあさんは優しそうな人でした。今日の面談は和やかに会話して終わりましたよ! おばあさん、編み物がお好きなんですって!」
「へぇ、手先が器用なんだな」
地下へと続く階段を降り、アラタたち三人は個室へ入った。
オギナから取り皿を受け取りながら、ジツは今日の待魂園でのやり取りをアラタに報告する。その表情は楽しげで、アラタは相槌を打ちながら安堵した。
案外、ジツは人と話す仕事が向いているのかもしれない。
注文を聞きにやってきた店員に適当に料理を注文すると、アラタたちは一息ついた。
「あの、今朝の話ですけど……ヒューズ管理官っていい人そうでしたね」
ジツがおずおずと口を開いた。アラタとオギナも頷いた。
「統括部隊の隊長が自ら謝罪に来るとは思わなかったから、少し戸惑ったけどな。実直な人なんだろう」
アラタはヒューズとのやり取りを思い返しながら笑った。
「俺も第一印象としては悪くなかったかな。実際の人柄は、今後一緒に仕事をしていく上で判断する必要があるだろうけど」
オギナは慎重に意見した。それでも、初見での印象はかなりよかったと見える。彼の笑顔に、懸念の色は見えなかった。
アラタから板を受け取ったオギナは、さっそく店の新メニューのチェックを始めた。相変わらず、余念がない。虚空に映し出された画面を見ては、手帳に何やら書き込んでいる。
「僕、外勤なんて初めてです! 一体、どんなことをするんでしょうね?」
「うーん……養成学校時代に習った知識はあるが、実際のことは職務に携わってみないと俺にもわからない」
アラタは首を捻りながら呟いた。
防衛部には主に四つの部署が存在する。
異世界間における軍事的な任務を広く受け持つ、異世界間防衛軍。
異世界間仲介管理院の防衛や治安維持を勤める、院内守備隊。
異世界間における不正取引や人身売買等を取り締まる、異世界間監視団。
召喚部と連携し、異世界間における紛争等を調停する、異世界間紛争仲裁課。
防衛部が担う業務内容は、大半が異世界への派遣が主となる。
封魂監から転生者を転生先へ護送する任務の他、勇者支援、魔王出現領域における世界防衛、紛争地域への派遣や要人警護・領域守護などの護衛任務など、その内容は荒事が絡んでくる場合がほとんどだ。
防衛部の人事がどうしても体力や武芸に秀でた者を優先してしまうのは、そういった事情がある。
「確か、遺棄された転生者の回収には冥界側からも協力してもらえるって話だったな」
「そうだね。もしかしたら、ツイさんとご一緒することになるかもね」
アラタとオギナが知り合いの先導者の顔を思い浮かべた。
この前、自宅療養中のアラタを見舞いに来てくれたツイは、自分が育てたというマーガレットの鉢植えを置いていった。好きな花を尋ねられたアラタが「特にない」と答えると、無表情の死神の目が鋭く光った。
「では、アラタ管理官が好きになるような花を持ってこよう」
その無表情が心なしか自信と期待に満ち溢れていたのを、アラタは察した。やる気に火がついたらしいツイを、アラタも必死になって止めた。
最近、食生活のことでジツやオギナに怒られたばかりのアラタだ。
このままだと、せっかく貰った花を枯らしてしまう未来しか見えない。
「外勤、いつになりますかねー。ちょっと不安です」
ジツの表情が陰った。
アラタとオギナも互いに顔を見合わせると、黙り込む。
このアディヴの地から出れば、常に危険と隣り合わせとなる。
最悪の場合は殉職や戦死もあり得る話だ。ジツの不安は至極当然と言えた。
「初回の任務ではツナギ管理官が同行するから、きっと大丈夫だろ」
アラタがぽつりと呟いた。ジツが青い顔になる。
「あの、怖……厳しい女性管理官ですよね。アラタさんの頬を引っ叩いた」
「……そんなこともあったな」
慰めるつもりが、逆効果になったようだ。
青い顔になったジツを見て、アラタは苦笑した。
ツナギの実力を間近で見知っているアラタとしては、彼女ほど頼れる存在はいない。しかし、そんなツナギを知らないジツからすれば、彼女は厳しい上司でしかないのだろう。ツナギの前では直立不動になって固まってしまうジツを見て、オギナも苦労しているという。
ジツの中でツナギに対する第一印象が悪かったのは、アラタのせいでもある。
ここはちゃんとフォローすべきだろう。
「ツナギ管理官は確かに厳しい人だ。だが、それも職務を忠実にこなし、俺たち新人管理官が一人でやっていけるようにと思ってのことだ」
アラタはジツを真っ直ぐ見つめて笑った。
「実際、西部基地に潜入したときも、俺一人じゃタダシ元・管理官を止めることはできなかった。ツナギ管理官が助けにきてくれなければ、それこそ死んでいたかもしれない。あの人はちゃんと成果を上げれば、しっかりと認めてくれる人だ」
「そう……なんですね」
ジツが強張った顔のまま、緩く笑う。
「正直、怖くて近づきにくいんですけど……アラタさんがそこまで信頼している方なら、僕もがんばってみます」
「あの人は仕事熱心だからこそ、それで損をしている感じだからね。普通に会話する分には、分け隔てなく接してくれるよ」
オギナも横から笑顔で言葉を添えた。
料理が個室に運ばれてきて、いったん会話は止まった。
店員が個室を出ていくと、オギナが酒杯を掲げる。
「さ、仕事の話はここまでにしようか。ジツの歓迎とアラタの回復を祝って、乾杯しよう」
オギナの言葉に、アラタとジツもそれぞれの酒杯を手に取った。
「我らの歩む道の先に祝福を」
「祝福をぉ~っ!」
「祝福を」
カツンッと三つの酒杯がぶつかり、乾いた音を立てた。
酒杯を傾け、ほぅっと息をつく。
「さぁ、料理を取り分けます。アラタさん、小皿貸してください! たくさん盛りますから!」
「ありがとう……っておい、盛り過ぎだ!」
小皿に溢れんばかりのサラダを盛り付けるジツを見て、アラタが呆れる。
「アラタさんは怪我していたんですから、たくさん食べて体を作っていきませんと!」
「それにしたって限度ってもんがあるだろ!」
「あはは、ジツってば豪快だねー。あ、俺にもそれ少しくれる?」
「はい、どうぞ!」
ジツはてきぱきと小皿に料理を取り分けていく。
そうして三人は他愛のない会話を交わしながら、夜が更けるまで酒を酌み交わした。
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