File4-2「ヒューズ管理官」
異世界転生仲介課の事務室は、水を打ったようにしんっと静まり返っていた。
空気がどことなく張り詰めているようにも感じる。
すでに出勤していた管理官たちが、一斉にアラタたち三人を振り返った。皆、一様に顔を強張らせ、困惑した様子で傍にいる同僚と視線を交わしている。
そのただならぬ様子に、オギナとアラタはすぐさま表情を引き締めた。
「あの、何かあったんですか……?」
ジツがアラタとオギナの間から、遠慮がちに問いかける。
「ああ、ちょうど来たみたいだよ」
静寂の中、ナゴミの声が妙に大きく響いた。
課長席に座るナゴミの傍には、厳しい表情のツナギが控えている。
二人の前には、全身を鎧で固めた背の高い男が佇んでいた。
やや癖の強い紺碧の髪を無造作にヘアバンドでまとめている。黒い管理官の制服の上から真っ赤な鎧と外套を着こんだ男は、異世界転生仲介課の事務室の中ではどうしても浮いていた。
「防衛部の……」
オギナが眉間のしわを深め、ポツリと呟く。
アラタもジツを庇うように前に出た。
「君がアラタ管理官だな!」
武装した男はその青い瞳をアラタに向けるなり、パッと表情を輝かせた。
声がよく通るせいか、事務室内に男の声はひどく大きく響いた。
ずんずんっと大股で歩み寄ってくる男に、アラタは警戒の眼差しを向ける。
「確かに私がアラタですが……貴官はどちら様でしょう? どういったご用件で?」
目の前に聳える長躯を見上げ、アラタは硬い声で尋ねた。
アラタも平均的な身長のはずだが、目の前の男はアラタの頭二つ分ほど抜きん出ていた。下手すれば、二百センチはあるのではないか。
「ああ、これは失礼。挨拶が遅れてしまった」
男は左腕を腰の後ろに添え、右手を心臓の上にあてる管理官敬礼を行った。
「私はこの度、防衛部異世界間防衛軍第一部隊隊長に就任したヒューズという。タダシ元・管理官に対する貴官の奮闘ぶりを、ツナギ管理官やナゴミ課長から聞いてね。君とは個人的にも、ぜひ直接会ってみたいと思ったんだ!」
ヒューズはそう言って子どものように無邪気な笑顔を向けてくる。
物腰が丁寧だったタダシとは反対に、溌溂とした印象の男だった。
「はぁ……それは、どうも……」
アラタは微妙な顔でヒューズの言葉に軽く頭を下げた。
ジツと初めて会った頃のような、変な心地がした。
オギナに脇腹を小突かれ、アラタは慌ててヒューズに返礼する。
「失礼しました。改めまして、私は異世界転生部異世界転生仲介課に所属するアラタと申します」
「同じく、オギナです」
「同じく、ジツです! ヒューズ管理官」
アラタはヒューズに敬礼を返し、ひとまず名乗った。
オギナとジツもアラタに倣う。
「君がオギナ管理官に、ジツ管理官か……君たちのこともラセツ部長から聞いているよ。腕のいい射手に、手先が器用な飛び級の管理官だって話だ!」
ヒューズはじっとアラタたち三人を見回すと、大きく頷いた。
「じつは君たちに用事があってね。ナゴミ課長にご無理を言って、こうして待たせてもらっていたんだ」
「私たちに、ですか?」
眉を顰めるアラタの前で、ヒューズは一歩後ろに下がった。
そのままほぼ直角に腰を折り、アラタたち三人に向けて頭を下げる。
異世界転生仲介課の事務室内がどよめいた。
突然、頭を下げられたアラタたちも驚きのあまり固まる。
「すまなかった」
ヒューズは頭を下げたまま、言葉を続ける。
「同僚が道を踏み外し、多くの方々にご迷惑をおかけした。特に、アラタ管理官、オギナ管理官、ジツ管理官……貴官ら三人には怪我までさせてしまった始末。同じ防衛部に所属する管理官として、同僚の過ちを正すことができなかった。本当に申し訳なく思う」
「ヒューズ管理官、頭を上げてください! 貴官のせいでは……」
ジツが慌てた様子でヒューズの頭を上げさせようとする。
「犯した過ちには真摯に謝罪する。それは人として当然であるし、第一部隊隊長の地位をいただいた私の義務だ」
ヒューズは頑なに頭を下げ続ける。
「無論、許されるとは思っていない。一度失った信頼を取り戻すことは難しい。私は自らの職責を全うするとともに、今後の第一部隊が挙げる功績を持って、異世界間仲介管理院及びご迷惑をかけた人々への償いとしていくつもりだ」
ようやく顔を上げたヒューズが、困惑顔のアラタを見下ろす。
「貴官のように、間違いを正してくれる管理官の存在を、私はとても誇りに思う。本当に、ありがとう」
「いえ、そんな……大げさです」
アラタは乾いた唇で、もごもごとヒューズに弁解する。
そんなアラタの様子に、ヒューズは豪快に笑った。
「ははは、貴官は謙虚だな! そこは嫌味の一つでも言っていいんだぞ!」
ヒューズはアラタの肩に手を置くと、ぽんぽんっと軽く叩いた。
「はぁ……」
悪い人ではなさそうだが……どうも勢いについていけない。
アラタが苦笑する中、ヒューズはくるっとナゴミとツナギを振り返った。
「彼らなら大丈夫でしょう。念のため、初回の任務ではツナギ管理官が同伴する形で慣らしていきましょう」
ヒューズの言葉に、アラタたち三人は顔を見合わせた。
「あの、お話の内容が見えないのですが……?」
説明を求めたオギナに、ツナギが口を開く。
「話が前後したな。アラタ管理官は今日が仕事復帰であるし、詳細はこちらで」
そう言って、アラタたちをナゴミのもとへ導いた。
「アラタくん、おかえり。怪我の方はもういいのかい?」
「はい、おかげさまで……ご迷惑をおかけしました」
アラタの顔を見るなり、ナゴミが軽く手を振った。傍に佇むツナギもひどい傷を負ったというのに、常と変わらぬ姿勢で佇んでいる。
タダシ元・管理官との戦闘からたった三日で職務復帰したというのだから、アラタは何とも情けない心地になった。
「一週間療養していたアラタくんのために、今の異世界間仲介管理院の状況を話しておこうか」
ナゴミはそう前置きすると、コーヒーの注がれたカップに角砂糖を落としていく。
「実はね、タダシ元・管理官との一件があった後、異世界間仲介管理院では院長名義による緊急勅令が発令されたんだ」
院長による緊急勅令の主旨は一つ。
遺棄された転生者の魂の回収を、一連の事件の中で最重要課題と位置付け、所属に関わらず全ての管理官が転生者保護業務に協力するように、とのことだ。
「五千年前のような、失態は許されない」
ナゴミは角砂糖を落としながら、スッと細い目を開けた。
黄金色に輝く双眸が、アラタたちを見据えた。
「ぼくらの務めは転生者たちの新たな旅立ちを手助けし、新しい世界へ送り出すこと。決して、彼らを放り出すことじゃない。だからこそ、ぼくらは遺棄された魂を最後まで追う」
ナゴミの言葉に、その場に集まった全員が頷いた。
「本来であれば、境界域への探索任務は異世界間防衛軍、第一部隊以下の十部隊が担う任務だ」
ヒューズが口を開いた。
「しかし、転生者遺棄事件を引き起こしたのが統括部隊である第一部隊の隊長であったことや、事件に関わった第六部隊の元・部隊員の粛清によって、第一部隊と第六部隊はとても魔王出現領域に出撃できる状況ではない」
ヒューズは腕組みをしたまま、淡々と事実を告げた。
第一部隊はまだ人事の編制がすべて完了しているわけではないという。
隊長と副隊長をどうにか指名し、その後の人事はヒューズと副隊長の意向も加味して行われている。それらが全て完了するまで、それなりの時間を有するだろう。
「第一部隊の人事を優先していることもあって、第六部隊は深刻な人手不足だ。そのため第二部隊を筆頭にした八部隊が魔王出現領域の調査を行い、第一部隊と第六部隊は遺棄された転生者の回収の任を受けた。とはいえ、第一・第六部隊の隊員だけでは広大な世界軸線へ出向いて転生者を探し出し、回収するというのは厳しい」
「そこで、中央塔より各部署から人員を派遣し、第一・第六部隊の任務を補助することになったというわけだ。異世界転生仲介課も例外ではない。そこで、私とナゴミ課長で協議した結果……」
ツナギの目が鋭さを増した。アラタはその視線が明らかに自分に向いているのを、冷や汗を流しながら受け止める。
「今回の一件で事情を知る貴官ら三人を派遣することに決めた。とはいえ管理官として働き始めて一年も経っていない新人をいきなり実戦に送り込むのは気が引ける。そこで、初回の任務では私も同伴するという話になったんだ」
「な、なるほど……」
ツナギの視線を受けながら、アラタはぎこちない仕草で頷いた。
「詳しい日時が決まり次第、ナゴミ課長を経由して任務の日程をお伝えしよう。それで構いませんね? ナゴミ課長」
ヒューズは腕を解くと、ナゴミに確認した。
「うん、それで構わないよ」
ナゴミもあっさり承諾する。カップに角砂糖を落とす。もう彼のカップは、角砂糖の山となっていた。
ジツが今にも吐きそうな顔でナゴミのカップを見下ろしている。
ナゴミは視線を上げると、アラタたち三人の顔を見回した。
「まぁ、大変な状況の中でこんなことを言うのもなんだけれど……君たちにとってはいい経験になるから。普段はこのアディヴの内側からでしか見えていない世界を、今度は外から眺めておいで。もちろん、無理せず、しっかり自分の足で帰って来るんだよ」
はい、とアラタたち三人の返事が重なった。
「では、任務を共にする日を楽しみにしている」
その言葉を残し、ヒューズは異世界転生仲介課の事務室を後にした。
「さ、みんなも今日のお仕事、頑張っていこう。アラタくんは復帰したばかりだから、今日は一日事務室で転生者の安否確認をお願いね。ジツくんはさっそく転生者と面談しておいで。オギナくん、いろいろ教えてあげてね」
「はい、任せてください」
「が、がんばります!」
オギナが頷き、ジツが拳を握りしめて気合を入れている。
「それじゃ、アラタ。行ってくるね」
「アラタさん、お昼は一緒に食堂で食べましょうね!」
「ああ」
アラタはオギナとジツを見送ると、自分の机に山積みにされた資料を前にため息をついた。予想はしていたが、書類整理にはかなり時間がかかりそうだ。
「よし、やるか。さっさとこの山を片付けてしまおう」
アラタは軽く肩を回すと、書類の山と正面から向き合ったのだった。
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