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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
二章 管理官アラタの異世界間防衛業務

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File4-1「仕事復帰」

 アラタは一週間ぶりに管理官の制服に袖を通した。

 左手首には調整(メンテナンス)から戻ってきた己の共鳴具を装着する。

 すぐさま、腕輪が無数の文字列を虚空に映し出し、アラタの制服の襟に装着された紋章(バッジ)と同期を開始した。

 共鳴具から放たれた青い光が、アラタの全身を包み込む。

 ほんの僅かな瞬間で、青い光はすぐに霧散した。

〝名前と管理官ID、所属を発音してください〟

 女性の事務的な声が脳内で響く。

「異世界転生部異世界転生仲介課所属の管理官、アラタです。管理官IDはXXX-XXX-XXX」

 アラタの声を受け、共鳴具が再び虚空に無数の文字列を映し出す。

 やがて、文字列が消えると「承認」の文字が虚空に躍った。

〝声紋を確認。管理官情報との完全同期を完了しました。職務復帰、おめでとうございます。アラタ管理官〟

「ありがとう」

 アラタが共鳴具から顔を上げたところで、自室の扉をノックする音が耳に届く。

 扉を開けると、廊下にオギナが立っていた。

「おはよう、アラタ。今日から仕事復帰だよね? おかえり」

「ただいま、オギナ。迷惑をかけた」

「迷惑だなんて、お互いさまだよ」

 オギナは軽く肩をすくめると笑った。

 アラタとオギナは久しぶりに連れ立って、寮を出た。

 今日も空には無数の光の道が伸び、この最果ての園アディヴの地を照らしている。

 アディヴは数多ある異世界の中で、敷地面積がわずか三九.一五平方メートルという最小の記録を誇っており、行政を全般に担う異世界間仲介管理院関連施設のほか、商業地区、生産地区、市街地区を抱えた独立自治世界であった。

 異世界間仲介管理院は異世界間を移動する人・モノ・事象を管理・統制するために創設された専門機関であり、そこで働く管理官は日々、様々な世界を行き来するモノたちを厳正な審査の下、異世界へと送り出していた。

 管理官の資格を有する者は皆、襟元のバッジとともに支給される道具――共鳴具(きょうめいぐ)を所持している。管理官は異世界間連合に加盟した数多の神々から受けた加護を、その共鳴具を通して必要に応じて執行することができた。

 アラタとオギナは中央通りを北へと進み、異世界間仲介管理院の巨大な門扉をくぐった。

「俺のいない間、何か変わったことはあったか?」

 アラタの問いかけに、オギナは苦笑する。

「未だに、上に下にと大騒ぎだよ。とはいえ、今のところ俺たち異世界転生仲介課は転生者の転生先確認に追われていたかな。それもだいぶ落ち着いてきたよ。ジツもがんばって仕事覚えようとついてきているから助かっている」

「そうか」

 アラタは表情を和らげる。

 最近、装備部から異動してきたジツは、アラタ不在の穴を埋めるように奮闘しているという。とはいえ、異世界転生仲介課は細かい規定が多く、それらを一気に詰め込まれたジツが時折、力尽きたように机に突っ伏している姿がよく見られるという。

「異動の時期がよくなかったね。可哀そうだとは思うけど、ジツには頑張ってついてきてもらうしかないかな」

「俺もできる限りフォローはしよう」

 苦笑するオギナの傍らで、アラタも神妙に頷いた。

 ジツがプレゼントしてくれた調理器具は、アラタの生活を大幅に改善してくれた。カットした材料を鍋に入れて蓋をすると、瞬く間に料理が出来上がる魔法の鍋をアラタは大変重宝している。今ではオギナにもらったレシピ本を見ることが日課になりつつあるほどだ。

 その恩には報いなければならない。

「それで、その……防衛部の方は、どうなった?」

 アラタは躊躇いがちにオギナへ尋ねた。

「ああ、新しい人事が発表になったよ」

 オギナは己の左手首にはめた腕輪型の共鳴具に触れると、虚空に画面を映し出した。

「えっと、タダシ元・管理官が率いていた異世界間防衛軍の第一部隊だけれど、隊長には異世界間紛争仲裁課の人を当てたみたいだ。ヒューズ管理官っていうらしい」

「は? 異世界間防衛軍の統括部隊の隊長に、部隊外の人間を据えたのか?」

 オギナの言葉に、アラタは怪訝な顔になる。

 異世界間防衛軍の第一部隊は、十部隊ある異世界間防衛軍の部隊の中でも全体を統括する部隊である。通常は部隊長経験のある者が第一部隊の隊長に着任し、隊長が抜けた穴を副隊長が昇進することで埋めていた。

 それが異世界間防衛軍における人事の慣例であった。

「良くも悪くも、タダシ元・管理官の影響だろうね」

 中央塔の玄関口を通り、回廊を進みながらオギナは思案気な顔で呟く。

「タダシ元・管理官は六百年前に第一部隊の隊長に就任した。それまでは第六部隊の隊長を勤めていて、今回の転生者遺棄事件において、彼の協力者の大半が第六部隊に所属していた部下たちだったそうだよ。第一部隊は全十部隊の統括部隊、今回の一件で地に落ちた信頼を回復すべく、異例の形での隊長選任を迫られたんじゃないかな」

「とはいえ、まったくの未経験者を隊長に就かせたら反発を招くだろう」

 アラタの指摘に、そりゃそうだよ、とオギナも首肯する。

「だから、さすがにまったくの未経験者じゃないよ。ヒューズ管理官は六百年前、第一部隊に所属していたらしいし、異世界間紛争仲裁課は防衛部の中で召喚部と連携して『勇者』支援を行っている課だ。小規模ながら、勇者支援を目的とした部隊を率いた経験もある。異世界間紛争仲裁課は召喚部を主とした中央塔と親密な連携を取っている課だからこそ、防衛部との橋渡し役として、第一部隊の隊長を任されたんだろうね」

 加えて、第一部隊に所属する隊員の選別もかなり個性的になりそうだとのこと。

「ほら、この隊員なんて見てよ。もともと第十部隊に所属していた後方支援の隊員なのに、前線で戦う第一部隊に引っ張り込まれちゃって……可哀そうに」

 オギナの示す女性管理官の名前に、アラタも眉間のしわを寄せる。

 第十部隊で後方支援をしていた隊員を、いきなり副隊長に据えていた。

「大丈夫なんだろうか……この人事」

「まぁ、こういうのは上が判断することだからね。アラタもタダシ元・管理官とのことで気になるのもわからないではないけどさ。それこそ……他部署の人間である俺たちが口出しすることじゃないから」

 とはいえ……、とオギナは真剣な表情で続ける。

「しばらくは気をつけた方がいいよ。事情を知らない連中からすれば、俺たちは防衛部に喧嘩吹っ掛けたヤツって思われている可能性もある。逆恨みの類で、目をつけられているかもしれないからね」

「ああ……注意しとく」

 アラタも表情をひきしめた。

「あ、アラタさーん! オギナさーん!」

 事務室の前で、ジツが手を振ってきた。手には待魂園での面談の際に持参するファイルが握られている。

 本当に異動してきたのか、とアラタはここに来て初めて実感した。

「今日から仕事復帰ですね。おめでとうございます!」

 ジツは嬉しそうにアラタへ歩み寄ってきた。

「心配かけたな。もう怪我も治ったから問題ない」

 アラタもジツに笑いかける。

「今日の仕事終わり、ジツの歓迎会とアラタの復帰祝いを兼ねて飲みにでも行こうか!」

「いいですね! ぼく、またあの『(あり)(のす)(てい)』がいいです!」

 オギナの提案に、ジツも賛成する。

 アラタとしても特に断る理由がないので、頷いた。

「アラタさん、さっそく転生者との面談での心得、教えてください!」

「構わないが……オギナから聞かなかったのか?」

「個性的な転生者との面談経験はアラタさんの方が豊富だと聞いたので!」

 ジツの邪気のない笑顔に、アラタは思わずオギナを睨んだ。

 オギナは満面に笑顔を浮かべている。

「一体、ジツにどういう説明を……」

「ありのままを話したつもりだよ?」

 くすくすと笑うオギナに、アラタは苦い顔になる。

「転生者って手強いんですね! やれ、自分を世界の中心にしろだの、勇者になりたいだの、獣娘が好きだの、俺を世界最強にしろだの……。僕なら『そんな人生、簡単に行くわけないでしょっ!』って怒鳴っていますよ!」

 拳を握りしめて熱く語るジツに、アラタは思わず己の後頭部に手を当てた。かつての自分も、目の前のジツと同じようなことを叫んで、ツナギにこっぴどく叱られたのを思い出した。

「違うんだよ、ジツ」

 アラタは意気込むジツを真っ直ぐ見つめて、笑った。

「確かに、転生者たちは無茶な要求を言ってくることがある。何度こちらが無理だと説明しても、納得してもらえないことも多い。それでも、転生者たちは俺たち管理官や世界を困らせたいとか、そういう打算的な考えから無茶な要求をしているんじゃない」

 あの時は、何も知らなかった。見えていなかった。

 でも、今なら断言できる。


「誰だって、真剣に自分と向き合って生きたいだろ」


 転生者たちは、そんな自分を受け入れて、認めてほしいのだと思う。

 中には想いがこじれてしまい、「復讐」という形になってしまった場合(ケース)もある。

 それでも、アラタは今まで出会った転生者たちを見て、思うのだ。

 異世界へ旅立っていく転生者たちは、誰よりも強く「自分」と向き合おうとしていた。

 過去の世界で成し遂げられなかったことを、別の世界でもう一度挑戦しようとしている。それでも過去の失敗や後悔を恐れるあまり、時に彼らが口にする「ちーと」とか「おれつえぇ」なる特別な力を欲する者が出てくるのだろう。

 アラタはジツの肩に手を置くと、そっと笑った。

「ジツ、お前の考えを否定するつもりはない。それでも、転生者たちを最初からそういう目で見ることだけはやめてほしいんだ。まずは直接会って、彼らの訴えを聞いて、その上で彼らが何を欲しているのかを知ってほしい」

「アラタさん……」

 目を潤ませ、真っ直ぐこちらを見つめてくるジツに、アラタは若干身構えた。心なしか、彼の瞳が輝いている。

「はい! アラタさんのありがたい教訓、必ず守ります!」

「あ、いや……そんな大層なものでは――」

「さっすがアラタ、貫禄が違うねぇ」

「オギナ、からかうなよ」

 隣でオギナまでアラタをからかいだす。そんなオギナをアラタは睨んだ。

「真剣に自分を見つめる、か。僕も同じように転生者たちとしっかり向き合ってみます」

「ああ、がんばれ」

 ジツの言葉に頷きながら、アラタはふと口をつぐんだ。

 俺もまた、やり遂げられなかった後悔があったのだろうか。

 アラタは握りしめた拳に力を込める。


 ――転生者だった頃の俺は、一体何を求めていたのだろう。


「……タさん、アラタさん!」

 ジツの呼びかけに、アラタはハッと我に返った。

 見ればジツとオギナが心配そうな顔でこちらを覗き込んでくる。

「アラタ、平気かい? 心ここにあらず、って感じだったよ?」

「あ、もしかして朝食抜きました!? 僕が贈った鍋、ちゃんと使ってくださいよ!」

「悪い、ちょっと考え事を……な。というかジツ、お前は俺の親か。朝食ならちゃんと食べてきたぞ」

「またパンとミルクの毎日だといけません。今度、抜き打ちでアラタさんの部屋に遊びに行きましょうね、オギナさん!」

「わかった」

「おい……俺の意見は?」

「聞いてはあげるよ? 参考程度にね」

 あっさりと皮肉を口にするオギナに、アラタは額を押さえて呻いた。

「ほら、いい加減、仕事するぞ」

 アラタはオギナとジツから逃げるように事務室の扉のノブを掴む。

 そうして、一週間ぶりに異世界転生仲介課の事務室内へ足を踏み入れた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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