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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
二章 管理官アラタの異世界間防衛業務

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File4-0「マコトの苦悩」

 異世界間仲介管理院の院長室は、中央塔の最上階にあった。

 天井には天窓が設けられており、そこから星屑がひしめく夜空が覗いた。日中であれば空に広がる道の光を拝むことができるため、天窓から差し込む光源だけで事足りるほどだ。

 室内の床には赤い絨毯が敷かれ、革張りの椅子に黒い書斎机が置かれている。

 窓には天鵞絨(ビロード)のカーテンが引かれ、書棚には様々な世界の歴史や文化を記した記録書がずらりと並んでいた。

 豪奢な造りの割に、室内はどこか閑散としていた。

 当代の院長であるマコトは、先代ほど骨董品や宝飾品の類に詳しいわけではない。正直、興味もない。

 実用一辺倒で通してきたマコトにとって、芸術は最も縁遠い分野と言えた。

 そんな院長室の壁に唯一飾られているのは、二枚の肖像画だ。

 一人は年若い青年。見ようによっては少年と呼べなくもない。

 瑠璃色の髪と瞳を持った美青年は、どこか儚い笑みをその白い顔に貼り付けている。細い手には白百合を抱えていた。

 その隣は、初老の男性だった。

 灰色の長い髪を一つにまとめ、ややシワの目立った顔に人を皮肉るような笑みを浮かべている。彼の纏う装束は異世界間仲介管理院が指定している制服だ。その上から紅のベルベットの外套(マント)を肩から引っ掛けている。手にしているのは杖で、柄頭に鷲の彫刻が施され、今にも飛び立とうとするように翼を広げていた。

 どちらも金縁の額に収められ、威厳ある姿でこちらを見下ろしてくる。

 年若い外見の青年が初代院長、初老の男性が二代目院長である。

 マコトは初代から数えて三代目。

 先代である二代目院長から代替わりして、かれこれ六百年になるだろうか。

 異世界間仲介管理院の院長としては、まだまだ新人の部類である。


「そちらの状況はいかがでしょうか」


 マコトは執務机に向かい、難しい顔のまま宝珠に語りかけた。

 成人男性の握り拳ほどの大きさの宝珠は、淡い青色の光を明滅させている。

 その表面が水面に波紋が広がるようにして揺れた。


〝事態は深刻だ。君が考えている以上に、ね〟


 宝珠から男の声が言った。男の声が響く度、目の前の宝珠の表面が揺らめく。

 マコトは男の言葉にそっと頷いた。

「異間連より、この度の事件の調査報告と対策案の提出を求められております。近々、開会される異間連にも召集がかかることでしょう」

〝時期が悪いな。それが狙いなら、相手はなかなかにやり手と言えよう〟

 男はわずかに声のトーンを下げて、そう呟いた。

 顔は見えないが、ニヤニヤ笑っている様子が容易に想像つく。

 マコトは思わずげんなりしてしまう。

 逆境を楽しむ癖は相変わらず健在のようだ。

「この度の一件を受け、我ら異世界間仲介管理院は遺棄された転生者の魂を最優先で回収しております。冥界にはすでに使者を送り、協力を取り付けました。明日にでも冥界の派遣した一団が、異世界間防衛軍と合流できるでしょう。異間連にも使者を立て、神々の領域へ調査のために立ち入ることができるよう、ご協力を仰いでおります」

〝その様子では、反発する神々が多く、交渉が滞っているのではないかね? 急成長を遂げた異間連の神々にもいくつかの新興勢力が台頭してきている。裏で何か動いているようだ〟

「はい、お恥ずかしい限りです……」

 マコトが苦虫を噛み潰したように顔を歪めた。

〝構わんよ。私がその辺り、根回ししておくとしよう〟

「ご助力、感謝いたします」

〝さて、君が連絡を寄越したということは、()()()かね?〟

「はい」

 男の言葉に、マコトは頷いた。

〝もしや、例の彼を外界へ派遣することに躊躇しているのかね?〟

 男が確信を突いてくる。男の指摘に、マコトはグッと黙り込んだ。

〝神々に知られたなら、異世界間仲介管理院の存亡にも関わる。その上、例の彼が不安定になることで、君が想定しうる懸念事項が起こり、危険性(リスク)が高いものになると判断した……と言ったところかな?〟

 男の声は笑っている。

 なぜいつも、こちらの内心を見透かしてくるのだろう。

 マコトは宝珠の向こうの男を憎らしく思った。


〝さて、君は私にどう答えてほしい?〟


 男がもったいぶるように問いかけてきた。

〝危険は回避すべきだ。異世界間仲介管理院の責務として絶対的な中立性を獲得し、異世界間連合における異世界間仲介管理院の決定権を手にしたい。しかし、今は異世界の神々とこれまで培ってきた良好な関係を崩してまで動くべきではない、とでも言って諭してほしいのかね?〟

 マコトの意見を先読みした上で、男はそれをマコト自らに否定させようとする。

 そんな甘い考えは捨てろ、と言外にマコトをたしなめていた。

「私には……ミノル管理官のように、例外をすんなり受け入れるだけの度量は持ち合わせておりません」

 マコトは苦し紛れの主張で男の言葉を拒絶する。

〝よくよく心得ているとも。だから君を院長に指名したのだからね〟

 男はクツクツと喉の奥で笑い、マコトの拒絶をあっさりかわした。

〝私から言えることは一つ。五千年前と同じ轍は踏むな〟

 男が静かな声音で命じる。有無は言わせない。あの忌々しい事件は、男の記憶にも現在(いま)の出来事として鮮明に残っているようだった。

 無理もないか……。

 マコトは目を伏せる。

 五千年前に起きた転生者の遺棄事件。

 事件は関わった管理官を処断し、転生者の魂を回収するという形で終息した。

 だがそれも、表向きのこと。

「異世界間仲介管理院への干渉行為は止むどころか、強まっています」

 水面下でにじり寄るこれらの動きに、こちらが手を打てないことがもどかしい。

 マコトの焦りと危機感は人一倍だった。

「あなたにご指摘されずとも、今回の一件を引き起こした連中の背後、必ずや情報を掴みます」

 結局、男の言葉に頷くしかなかった。

 マコトに選択肢などなかった。

「件の彼も、異世界への派遣に加えましょう」

〝そうしたまえ。良くも悪くも、何らかの変化が起こることだろう〟

「はい、ではこれにて失礼いたします」

〝ああ、せいぜい励みたまえ〟

 マコトは通信を切った。

 宝珠は透き通った水晶へと戻り、天窓から差し込む光がその強さを増していく。

 もうじき、始業時刻だ。

 この最果ての園アディヴに集う、異世界への道が開かれる。

 マコトは椅子の背もたれに沈み込むと、光が差し込む天窓を仰いだ。

 何故、私の周りはあの元・転生者を擁護する者たちばかりなのだろう。

 監視のためにと上司に据えた、あの紅髪の女性管理官の鋭い視線が目に浮かぶ。

「はぁ……」

 マコトは乱暴な手つきで前髪を掻き上げた。

 先程まで会話していた男やミノル、紅髪の女性管理官の考えがマコトにはまったく理解できなかった。


「神々から見捨てられた転生者など……我らにとって足枷にしかならないだろうに」


 マコトの呟きは、しんっと静まり返った院長室でやけに大きく響いた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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