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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
一章 管理官アラタの異世界転生仲介業務

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File3-30「アラタの決意」

「アラタさーんっ! 生きててよかったですよーっ!」


 自室のベッドで横になっていると、ジツが飛び込んできた。

 ジツの泣き顔を前に、アラタは呆れる。

「ジツ……大げさだな」

「だって、もしもって思うと……」

 しゅんっと項垂れるジツに、アラタは不安にさせてしまったことを詫びる。

「こらこら、怪我人の前ではお静かに」

 後から部屋に入ってきたオギナが、苦笑交じりにジツを諫める。

 アラタは全身に包帯を巻いた状態で、ベッドに横たわっていた。

「悪いな、二人とも……せっかく来てもらったのにコーヒーも出せなくて。この通り、こんな状態で……」

「いいんですよっ! むしろ生きていてくれただけで、いいんです! アラタさんが負傷したってラセツ部長から聞いて、もう心配で心配でっ!」

 ジツはアラタの肩に触れると崩れるように座り込んだ。無事だという話も聞いていただろうに、やはり自分の目で確かめるまで気が休まらなかったのだろう。

「ありがとう、ジツ」

 アラタは微笑を浮かべ、包帯の巻かれた左手でジツの肩を叩いた。

「アラタ、昼食だけど、お粥なら食べられるかな?」

「ありがとう、オギナ。食欲はあるから、普通の食事でも構わない」

「そう? なら量は少なめにするよ。具材も普段より細かくすれば内臓への負担も少ないかな」

 キッチンに立ったオギナが戸棚を開けるとすぐさま顔を顰めた。

「アラタ……最後に自炊したのっていつ?」

「……」

 オギナの言葉に、アラタは視線を明後日の方角へ向けた。

「もしかして、調理器具ないんですか!? 普段、寮で過ごすときは何を食べてるんですか!?」

 ジツが信じられないと言わんばかりにアラタを見た。

「パンとミルク……時々、戦用糧食(コンバットレーション)

「うんうん、余計な手間をかけずに必要摂取カロリーを確保することを目的にした、手抜き料理の典型的なメニューだね」

 腕を組んで頷くオギナの笑顔を、アラタは直視することができなかった。

「ジツ管理官! 急いで鍋と食器買ってきて! 調味料や食材は俺の部屋から持ってくるから!」

「了解です! オギナ管理官!」

 オギナの指示に、ジツはすくっと立ち上がった。左腕を腰の後ろに添え、右手を心臓の上にあてる管理官敬礼までしている。

 ジツはそのままアラタの部屋を飛び出していった。

 一連のやり取りを見ていたアラタは思わず首をひねった。

 一体、別行動していた間に、何があったのだろう。

 二人の連帯感が以前より強まった気がする。

「まったく、ここまで食生活が乱れていたとは……」

 ベッドに歩み寄ってきたオギナの小言に、アラタは嫌な汗をかいた。

「すまん……その、つい、面倒で……」

 目を泳がせるアラタに、オギナは笑顔を向けた。

「アラタも知ってるよね? 管理官権限での治癒はあくまで治癒能力を早めるだけなんだよ。結果として、その効力は対象者の生命力に依存する形になる。アラタ、普段からのツケが回ってきたね」

「……今後、気をつける」

 アラタが苦い顔のまま呻いた。

 ベッドの傍に椅子を引き寄せ、オギナは腰を落ち着かせる。

 アラタは嫌な予感がした。

 もしや長時間の説教モードだろうか。

 アラタの内心とは裏腹に、ふとオギナの顔が和らいだ。


「別に、全部話せとは言わないよ」


「え?」

 唐突に発せられたオギナの言葉に、アラタは間の抜けた声をもらした。

 オギナは目を細める。

「ツナギ管理官とともに、タダシ元・管理官を倒したってラセツ部長から聞いているよ。その時、タダシ元・管理官との間に何かあったんだろう?」

「っ……」

 オギナの鋭い質問に、アラタは押し黙った。同時に、焦る。

 普段通り、振舞っていたつもりだった。

 こういう時、オギナの鋭さは辛かった。彼の前で、アラタは隠し事を隠し通せたことなど一度もない。

 俺が転生者だったと知ったら、オギナはどう思うだろうか。

 アラタの不安はすぐさま膨れ上がった。

 顔を強張らせたアラタを見下ろし、オギナは軽くため息をつく。

「最初に言ったよね? 全部話す必要はないよって」

 オギナはアラタに言い聞かせるように、言葉を続ける。

「誰にだって触れられたくないことはあるし、俺だって好きで他人の秘密を踏み荒らす趣味はないよ」

 ならば、なぜタダシとのことに触れたのだろう。

 アラタの表情を見て、オギナは真剣な顔になった。

「では何故、俺が君の触れてほしくないところにあえて触れたのか。それはその必要があると判断したからだよ、アラタ。俺たち、六百年近い付き合いだ。君のことは十分過ぎるほど理解しているつもりだよ」

 オギナはアラタの顔を覗き込む。


「アラタ、俺やジツから距離を置こうとしているね?」


「うっ……」

 顔を顰めたアラタに、オギナは追い打ちをかける。

「君のことだから、俺たちを思ってのことだろう。あるいは、俺たちから愛想つかされるのが怖いからかな? あくまでこれは俺の推測でしかないけど、何か大きな障害のようなものが君の前に立ちはだかっていて、それは今までのように俺たちと過ごすことも戸惑われるほど、アラタにとってひどく重要な事なんだろう」

 オギナは体を起こした。緩く腕を組むと、ため息をこぼす。

「まぁ、アラタが何を抱えているのか俺は知らないし、話したくないなら無理に聞き出すつもりもない。だけどね……」

 無表情なオギナの顔が、怒りを湛えている。その鋭い眼光は確実にアラタの胸の内を突き刺した。

「俺は俺の意思でアラタと行動を共にしている。それをアラタが一方的に断ち切ろうとするのは、友人である俺への裏切りであり、侮辱だよ。当然、ジツに対しても同じだ」

「オギナ……」

「アラタ、君が君であろうとする限り、俺は君を見捨てたりしないよ。そこまで薄情なつもりはない。見損なわないでほしいね」

 オギナは眉間のしわを深めると、アラタの鼻先に指を突きつけた。

「何を言われたのかは知らないけれど、六百年来の友人の言葉と出会って間もない奴の言葉……天秤にかけたらその重みは一目瞭然じゃない?」

「あ、ああ……そうだな。ははは……」

 アラタはオギナの言葉に笑った。

 傷が痛んだが、そんなことは苦でもない。己の心のつかえが取れた気がした。


 ――やはり、オギナには敵わない。


「ありがとう、オギナ」

 アラタは左手の拳を掲げる。アラタの握りしめた拳に、オギナも自分の拳をこつんとぶつけた。

 普段通りの笑顔で、彼は頷く。

「どういたしまして」

 二人の拳が離れたところへ、買い出しに出ていたジツが戻ってきた。

「お待たせしましたぁっ!」

 バンっと扉を開け放ち、両手に大量の調理器具や食器を抱えている。

「多いねー。よくここまで抱えて来られたもんだよ。縮小魔法使えばよかったのに」

「あっ、忘れていました!」

 ジツの間の抜けた返答に、アラタとオギナは盛大に噴き出した。

 オギナがジツから鍋を受け取ると、じっとそれを見つめる。

 その表情は真剣そのものだ。

「ねぇ、ジツ……もしかしてこれ、自作したの?」

「さっすがオギナさん! その通りです!」

「はっ!? この短時間で!?」

 アラタも目を見張る。ジツが胸を張った。

「アラタさん、手間暇かけるのが嫌いなようですので! 市販のものを買ってきても、結局使わず戸棚の奥に仕舞い込まれるだけだと思いました!」

「……」

 ジツの指摘に反論できず、アラタは黙った。

 まさに、その通りになるだろう。

 そこで……、とジツは抱えてきた調理器具をアラタにも見せつける。

「カットした材料を入れるだけで料理ができちゃう魔法を付与しました! さらに! 水につけておくだけで汚れが落ちるよう魔法で保護魔法と除菌効果も追加したので手入れ不要! しかも、作り置きした料理の鮮度も保つ優れもの! 幸い、魔法道具関連管理課の事務室には鉄くずの類がゴロゴロ転がっていますから材料には困りませんでした!」

 いい笑顔で自慢するジツだが、その言動は商業地区で時折見かける実演販売員のそれでしかない。

「さすがは魔法道具関連管理課……俺にも同じような調理器具作ってほしいな」

 オギナはジツの作った調理器具を隅々までチェックすると食いついた。

 得意顔のジツは、すぐさま頷く。

「いいですよ! 明日にでもお持ちします!」

 ジツのこの言葉には、さすがのオギナも苦笑した。

「いや、手の空いた時でいいよ。今回の騒ぎで魔法道具関連管理課も大変だろ?」

「あ、いえ……実は僕、近々異動することになったんです」

 ジツはそう言ってテーブルに調理器具を置くと、目を丸くしているアラタとオギナに一枚の用紙を掲げた。

 院長の判が押された、辞令交付書だ。

「来週から、僕は装備部魔法道具関連管理課より異世界転生部異世界転生仲介課へ配属になります! アラタさん、オギナさん、これからもどうぞよろしくお願いしますね!」

 アラタとオギナは互いに顔を見合わせる。突然のことに驚きを隠せない。

「お、おめでとう……って言うべきなのか?」

「まぁ、あんなことがあった後じゃ、装備部にも居づらいか……」

 アラタとオギナが納得したように頷く。

 オギナがすぐさま、ジツに手を差し出した。

「俺もアラタも歓迎するよ。来週から一緒に頑張ろう!」

「よろしく頼むな、ジツ」

「はい!」

 ジツはオギナの手を握り、アラタに笑顔を向けて元気よく返事した。

「さ、昼食を作ろう。今日はアラタの好きなビーフシチューにしようか」

「え、そうなんですか? 僕も手伝います!」

「ありがとう、楽しみだ」

 食材を取りに部屋を出ていった二人に、アラタは礼を述べた。

 ぱたんっと扉が閉まった後、アラタは天井を仰ぐ。

「ありがとう……オギナ、ジツ」

 俺は果報者だ。

 アラタは重くなった瞼を、必死にこじ開けようとする。

 瞼の裏に、紅の髪を靡かせたツナギの顔が浮かんだ。

 彼女の無事は、ナゴミ課長から聞いている。ひどい怪我を負いながらも、己を信じて叱咤激励してくれた上司に、アラタは鼻の奥がツンッと痛んだ。

 引き締められた表情のツナギを前に、アラタは左胸に右手を当てた。


「ツナギ管理官……俺は必ず、あなたのような立派な管理官になります」


 アラタは眠気に逆らえず、そのまま意識を手放す。

 その呟きは、静かになった室内にそっとこぼれて消えた。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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