File3-28「放棄された転生者」
待魂園を出て、すぐに上司の元へ駆けつける。
上司は待ち構えていたかのように、人のいない回廊の隅へこちらを誘導した。
「どうだった?」
開口一番、上司はそう問いかけてきた。
そのため馬鹿正直に、面談を行った転生者の印象を答えた。
「彼が『難あり』とされる理由が正直わかりません。粗雑な印象は受けませんでしたし、むしろ礼儀正しく、理解力もある。下手すればその辺の管理官よりもずっと品行方正ですよ」
「まぁ、そうだろう」
上司もあっさり頷く。だからこそ、余計に混乱した。
「一体、かの転生者は何者なのですか?」
やや詰問するような口調になってしまった。
しかし、そんなことを気にする上司ではない。
「彼は……いわゆる、放棄された転生者なんだ」
上司は悩んだ末、そう切り出した。
「放棄された……?」
「異世界転生はそう何度も行われるものではない。魂の強い心残りも、一度安住の地を見つければ定着する。その世界を治める神々も、自らの世界に利益をもたらしてくれる魂の定住は喜ばしいことだ」
だが、中には例外もある。
「どれほど加護を与えようと、傍から見ても幸福な人生を歩んでいたとしても、心満たされぬ者が稀にいる」
転生を繰り返しても、魂の心残りが消えない者。
そんな者を神々はどう見るだろうか。
「何が不満なのかと憤り、世界から追放する……ということでしょうか」
「まぁ、自分に靡かない奴を可愛いと思える神さまはいないから」
上司はため息とともに首肯した。
「かの転生者が、そうだと?」
「そうだ。彼がこの異世界間仲介管理院へ保護された回数は優に万を超えている」
上司の言葉に目を剥いた。
異世界転生に数の制限は存在しないにしても、その数値は異常だ。
「私が担当したときも聞いてみたんだよ。君をそこまで縛り付ける心残りは一体なんだ、とね」
上司は首を横に振り、憂い顔を向けてくる。
「かの転生者自身にも、わからないそうだ。多少苦労したときもあったが、幸せな人生を送ったと本人も言っていたからね」
迷魂のように『虚しさ』に支配され、どこにも行けないという話ならこちらとしても諦めがつく。
まぁ、それはないだろうな。
思わず目を細める。
先程、待魂園で面談をした青年の瞳はどこまでも真っ直ぐだった。
どんなことにも挫けない、そんな気概すら感じたほどだ。
上司は頭を乱暴にかきむしった。
「彼、転生した先では神々が望む成果を平然と上げてしまうから、第一印象はいいんだが……」
そのまま世界に定着することができず、最後は神々に追い出されてしまう。
そんなところだろう。
加護を得て才能を持ちすぎるのも考え物だ。
上司はお手上げだと言わんばかりに肩をすくめた。
「このまま、どこの世界へ行っても魂の心残りを抱え続ければ……神々は一切、かの転生者へ救いの手を差し伸べることはなくなる。そうなれば、彼の辿る結末は……」
消滅。
上司は言いよどんだが、それ以外の結末はあり得なかった。
管理官は異世界間における様々な事象を管理・統制する役割を担う。
だが、万能ではない。
必ず、どこかで無理が生じるのは仕方のないことだ。
「……どこにも行く当てがないのなら――」
それは、つい口から滑り落ちた言葉だった。
「かの転生者を、管理官にしてしまうのはいかがですか?」
上司の呆然とした顔を見て、冷静になった。
我ながらなんと冴えた案だろう。
「むしろ、その方が異世界間仲介管理院にとってもいい結果が出るのでは……」
数多の世界を行き来し、世界の記憶や神々の加護をその身に受けながらも、どの世界にも染まることがなかった魂。
そんな彼が、中立性を掲げる管理官にふさわしくないなどと、誰が言えようか。
「だ、だが管理官になれるのは『無垢なる者』のみで……」
「その『無垢なる者』から管理官になったはずの人が、あの大粛清の際に大勢処罰されたじゃないですか」
そう指摘すれば、上司は黙り込む。
転生者を遺棄したという忌々しいかの事件は、今でも異世界間仲介管理院内に深い傷跡を残していた。事件を知った管理官たちの間ではやれ「神々から加護を得られると唆された」だの、「神々から脅されていたのだ」だのと、様々な憶測が飛び交っている。
「幾万の加護をその身に刻んでいるならば、あの転生者に対し、神々はむしろ接触を避けるのではないですか?」
「……アヴァリュラスの永獄か」
上司の呟きに、しっかりと頷いた。
「異世界間連合は今なお加盟世界を増やし、異世界間仲介管理院への圧力を強めています」
このままでは異世界間仲介管理院に対する無条件の加護付与や不可侵条約も、異世界間連合の神々が撤廃を進言しかねない。それこそ自分に都合のいい魂を異世界間仲介管理院に送り込み、「管理官」に据えようとするのではないか。そうなれば法も何もあったものではない。
「牽制は必要です」
自分の中に湧き起こる興奮に、思わず笑った。
数多の世界から放棄された彼が管理官になった暁には、異世界間仲介管理院は異世界間連合と対等に渡り合えるかもしれない。
それは、異世界間仲介管理院の新たな可能性だ。
「お、おい! どこへ行く!」
天啓のようなひらめきに突き動かされ、上司が呼び止める声も無視して走り出す。
「彼こそ、異世界間仲介管理院の希望になれる!」
興奮から、天を仰いだ。
空を圧迫する無数の光の「道」が、初めて希望に満ちたものに見えた瞬間だった。
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