File3-27「上司の想い」
意識を失ったアラタの身体を支え、彼の額に触れた。
綻んだ封印術式をもう一度組み直す。
アラタの額から術式が消えたのを確認すると、ナゴミは詰めていた息を吐き出した。
「ふぅ……危ない危ない」
ナゴミはアラタの目の前に積もった灰の山を一瞥し、周囲へと視線を巡らせる。
アラタの放った炎によって融解、破損した柱が散らばっている。床の一部も溶けて崩落し、むき出しの地面が覗いていた。
怪我を庇ってうずくまっているツナギに火傷はない。
ナゴミが咄嗟にかけた保護魔法のおかげだが、術式の一部が破損している。ナゴミが見守る中、保護魔法の障壁はボロボロと砕けて散っていった。
ナゴミの薄目が開き、金色の瞳が灰の山を鋭く睨んだ。
タダシの肉体は、原形すら留めていない。ただ炎を浴びただけでこの威力である。剣を振り下ろしていたら、どれほどの被害になっていたか。
「あんまり、ぼくの部下をいじめないでもらいたいものだね」
灰の山に向けて、ナゴミは呟いた。
タダシに聞こえているわけがない。
それでもつい口からこぼれてしまう。
「特にアラタくんは真面目で一生懸命だから、自分のことを追い詰めちゃうんだよ」
ナゴミは気を失っているアラタを肩に担いだ。
そのまま壁に背を預けているツナギへ歩み寄る。
「ツナギくん、平気かい?」
「申し訳ありません、ナゴミ課長……」
苦しそうなツナギの謝罪に、ナゴミは軽く首を振った。
「タダシ管理官……いや、タダシ元・管理官だね。あんなのでも、ぼくの後任だ。もう少し、対抗策を考えておけばよかったね」
だから気にするな、とナゴミは微笑んだ。申し訳なさそうに見上げてくる副官に、ナゴミは傷を負っていない方の肩に手を置いて労った。
「立てそうかい? 難しそうならぼくが担いで――」
「管理官権限執行、治癒」
ツナギは胸に手を当てると、管理官権限を使って傷を癒した。
「問題ありません。ナゴミ課長のお手を煩わせるわけにはいきませんので」
「あ……うん。無理はしないでね」
すぐさま姿勢を正して起立したツナギを見て、ナゴミは苦笑する。
ツナギはナゴミが担ぐアラタを見て、表情を曇らせた。
「まぁ、遅かれ早かれ……いずれ知ることになっただろう」
ナゴミはそう言って歩き出す。ツナギも彼の後に続く。
「転生者の加護の強さ、これほどのものとは思いませんでした」
ツナギの言葉に、ナゴミも静かに頷く。
「ナゴミ課長……私は今後、アラタ管理官をどのように導いていけば――」
「今まで通りで構わないよ」
ツナギの言葉を遮り、ナゴミは穏やかに言った。
「ツナギくん、アラタくんは転生者だが、ぼくらと同じ管理官だ。ぼくらと同じように養成学校で修練を積み、管理官試験に合格して、その結果を異世界間仲介管理院が承認して、管理官に任命された」
ナゴミはツナギを振り返った。
「アラタくんは管理官としてまだまだ未熟で、思い悩んでは自分なりに答えを出そうとしている。そこに神々の加護だとか、世界の記憶だとか、そういったことは関係ない。君は今まで通り、アラタくんの良いところを伸ばして、悪いところをしっかり叱ってあげなさい。それが上司である君の役目だ」
「はい……心得ました」
ツナギは表情を和らげる。
ナゴミはアラタの背を軽く叩いた。
「いつか、アラタくんにもツナギくんの苦労がわかる日がくるよ。その時は、ぼくも引退してのんびりと余生を過ごしていたいなぁ」
「それは、たぶん難しいのでは」
ナゴミの呑気な調子に、ツナギは微かに笑った。
「ラセツ部長、ナゴミ課長に戻ってきてほしそうでしたよ」
「ぼくはもうスイーツの食べられない生活には戻れないよ」
真顔で言い切ったナゴミに、ツナギは呆れた。
「さて、これからたぁくさんの事後処理が待っていると思うと憂鬱でしかないね。景気づけに、ちょっと商業地区まで行って人気のスイーツ店巡りを――」
「いえ、仕事してください。さすがに部下への示しがつきません」
ツナギはすぐさま表情を引き締めた。
「……ぼくも一発くらい、タダシ元・管理官を殴っておけばよかったなぁ」
「それは残念でしたね」
がっくりと項垂れたナゴミを見て、ツナギは笑った。
彼女の傷だらけの手が、意識のないアラタの頭を撫でる。
「お疲れ様、アラタ管理官。タダシ元・管理官に屈せずに、よく戦ったな」
ナゴミもアラタの背をぽんぽんっと叩きながら微笑む。
「彼が起きたら、たくさん褒めてあげないとねー」
「はい、そして説教です」
「え?」
ナゴミはツナギを振り返る。
彼女はいつも通り、厳しい上司としての表情に戻っていた。
「上司への相談もなく、他部署への事案に勝手に介入した挙句、上位権限指定の情報を無断で所持した行為は管理官の規則に反します。後はタダシ元・管理官との戦闘での動き方ですね。獣人との戦闘訓練は養成学校を卒業してからはしてこなかったはず……職務中に種族間抗争に巻き込まれることもありますし、いい機会ですから転生部全体で行う研修項目として打診しておきましょう」
「相変わらず、ツナギくんは厳しいなぁ……」
「課長が緩すぎるのです。ま、今回は始末書と軽い戦闘訓練でよしとしましょう」
ナゴミはアラタと他二名の管理官に同情した。
「やれやれ、ツナギくんもやり過ぎないようにね。アラタくん、がんばれー」
そうして、ナゴミはアラタに緩い声援を送ったのだった。
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