File3-26「死闘」
ツナギがタダシへ突っ込む。
突き出された拳をタダシは右手を犠牲にすることで受けた。
タダシの左手の爪が振り下ろされる。
ツナギはもう一方の腕で受け止め、強烈な蹴りをタダシの胴へ放つ。
「おっと……」
寸でのところでタダシが背後に跳んだ。
「逃がさないっ!」
そこへアラタが迫り、右手の剣を振り下ろした。
肩を狙ったアラタの刃を、タダシは左手で払った。
「甘いですよ」
そのまま、アラタに向けて鋭い爪を振り下ろしてくる。
アラタは左手の剣で受け止めた。
横合いから放たれたツナギの拳を、タダシは大きく上に跳躍することで避ける。
「ふむ……二人を相手とはいささか面倒ですね」
そのまま四肢を使って、タダシは天井から二人を見下ろす。
「ふんっ、ちょこまかと……」
ツナギが腰を落とした。
「管理官権限執行、俊足」
ツナギの姿が掻き消える。
「ぐっ……」
タダシが呻き声を上げた。見ればタダシの全身に鬱血した痕が刻まれていく。
左腕で顔を庇っているタダシの目が、アラタに向いた。思わず身構えたアラタに、タダシが天井を蹴って突っ込んでくる。
標的をまず、アラタに定めたようだ。
「させるかっ!」
ツナギが追撃するが、タダシの方が速い。
アラタは咄嗟に横へと避け、右手の剣を突き立てる。アラタの剣はあっさり弾かれ、風圧で地面を転がった。
「くっ、硬い……」
ジンッと痛みを訴える右手を庇い、アラタはツナギと肩を並べた。
タダシの全身を覆う剛毛は鉄帷子のような役割を果たし、いかなる刃も弾いてしまう。
「獣人の身体強化は常人のそれとは比較になりませんよ」
牙を見せつけながら、タダシが嘲笑った。
ツナギが拳を固めて、タダシへ迫る。するとタダシが地面を蹴った。足元から突き出した無数の岩柱がツナギを強襲する。
「管理官権限執行、身体硬化」
ツナギが己の身体を強化すると、籠手を盾に岩柱を防ぐ。しかし、防ぎ切れなかった岩柱がツナギの足や腕に擦傷をつけていった。
己の身体が傷つくのも構わず、ツナギは駆けた勢いのままタダシへ拳を叩き込んだ。
タダシも応戦する。
ツナギとタダシが取っ組み合う中、アラタはタダシの隙を探る。
残念ながら、今のアラタは管理官権限を執行することができない。タダシとの戦闘で共鳴具が誤作動を起こしていた。頼るは自分の剣術のみだった。
アラタは戦う二人を見つめる。管理官権限が使えない以上、下手に二人の間へ割り込めない。ツナギの足を引っ張ってしまうだろう。
風圧で抉られる地面を跳んで避け、アラタはこちらに背を向けたタダシへ左手の剣を投げつけた。
タダシの姿が残像として消える。
「っ……くそっ!」
アラタは咄嗟に右手の剣を背後へ突き出す。確かな手ごたえがあった。アラタが次なる行動に移る前に、背後に立ったタダシの剛腕がアラタの首を絞めた。
「ぐあぁっ……」
「アラタ管理官!」
飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止め、アラタは突き出した剣に力を込める。押しても退いても、アラタの剣はビクともしなかった。対して、剣が腹部に刺さったままのタダシは涼しい顔をしている。
「その直感も、『転生者』の持つ加護ゆえのものですか。少々、嫉妬してしまいますね」
タダシの目が、不穏な光を帯びる。
「このまま、首をへし折ってしまいましょうか」
「させるかっ!」
ツナギが即座にタダシとの距離を詰める。アラタの顔面すれすれの位置で、的確にタダシの右顔面を砕こうとした。そこへタダシの回し蹴りがツナギの横腹へと入る。
「かはっ……」
ツナギの身体が、吹っ飛んだ。壁に激突し、土埃が舞う。
「ツナギかんり――っ!」
タダシはアラタの頭を掴むと、そのまま地面に叩きつけた。
ぬるりとした液体が、アラタの目の前を赤く染める。
「やれやれ、期待外れですよ。紅の魔女殿」
タダシはアラタの頭を抑えつけたまま、壁に寄り掛かって立ち上がったツナギを見据えている。
「『伝説』とまで呼ばれた第一部隊の元・副隊長の貴女が、『転生者』なんか庇いながら戦うから普段の実力が発揮できないのですか? それとも、六百年の間に腕が鈍りましたか? どちらにしろ、今の貴女は無様ですねぇ」
「いい度胸だな、犬っころ」
バキッと手を突いた壁を砕き、ツナギの目が怒りにつり上がる。
タダシはアラタの頭を掴み、無造作に放った。床を転がるアラタには目もくれず、腹部に刺さった剣を引き抜き、放り棄てる。
「さ、これで一対一です。存分に殺り合いましょうっ!」
タダシが両腕を広げて挑発する。
「来い。その傲慢、徹底的に破砕してくれる」
ツナギとタダシが同時に拳を突き出した。タダシの蹴りをツナギはあっさり避け、拳を叩き込む。どちらも退けは取らない。しかし、先程の蹴りの後遺症か、ツナギの動きが鈍かった。
やがて、タダシの爪がツナギの肩を裂いた。鮮血が噴き出す。
「ツナギ管理官っ!」
アラタはふらふらと身を起こし、タダシに頭を掴まれて脱力しているツナギを見た。
「やはり、『伝説』も所詮は誇張。前戦を離れてしまえば、錆びつくばかりですね」
タダシががっかりした調子で言い放った。
「ツナギ管理官から、手を離せっ」
アラタは震える膝を叱咤し、立ち上がる。そんなアラタをタダシは笑った。
「もう諦めなさい。貴官のその気力は買いますが、その状態では反撃すら難しいでしょう」
タダシの姿が消え、アラタの視界に天井が映った。次いで、背に激痛が走る。
「かはっ……」
覗き込む獣は、優越の笑みを浮かべていた。獲物をいたぶるように続ける。
「どれほど足掻いたところで、無駄なことです。貴官の存在は、この世界にとって邪魔なもの……世界そのものが、いずれ貴官を排除しようとするでしょう」
ズキッとアラタの頭が痛んだ。
頭の奥、心臓の中心。
自分の意識の奥底で煮えくり返るような痛みを感じた。
――違う。
自分の中で、そう叫ぶ声がいくつも聞こえた気がした。
霞んだ視界に、見知らぬ風景が映し出される。
青い空に、聳え立つ岩壁、緑豊かな森、暗く淀む海底、そして中には巨大な生き物を前にしている時もあった。
泡沫のように湧いては消えていくそれらの記憶が、タダシと同じ言葉を浴びせる。
――お前を受け入れるべきではなかった。
「ちが、う……」
無意識に唇が動いた。タダシが怪訝な顔になる。
アラタの目を見れば、明らかに焦点が合っていない。
「ふん、うわ言か……抵抗されても面倒です。手足は置いていきましょう」
タダシの爪がアラタに迫る。
アラタの虚ろな目が、記憶の中で己に注がれる無数の目を見上げた。
――お前の存在は危険すぎる。
キンッと頭の中で何かが切れた。
アラタの目の前が真っ赤に染まる。
「ぐはっ……!」
タダシの巨躯が大きく吹っ飛んだ。
「一体、これはっ……!」
アラタの身体から発せられた膨大な魔力に弾かれ、タダシは柱を巻き添えにして地面に倒れる。四肢を使ってどうにか身を起こすが、全身を抑えつける圧がタダシの中の闘争心を奪っていった。
「これは……まずい」
それは獣としての直感だった。タダシの本能が警鐘を鳴らす。
アラタがゆっくりと身を起こした。
伏せられた顔から、表情を読み解くことはできない。
ただ、アラタはゆっくりと両手を虚空に翳す。
そこに炎が生まれた。アラタは炎を両手で掴む。
すると、竜を象る双剣がアラタの手に握られていた。
アラタの全身を覆う炎が、不意に柔らかい声を届けた。
――離れていても友とともに在れるよう、我の加護をお前に刻もう。
心臓が激しく脈打った。
――折れるな、友よ。
記憶の中で発せられた声に背を押され、地を蹴った。
炎を全身に纏わせたまま、右手に握った剣を振りかぶった。
「くそっ!」
タダシは咄嗟にアラタが使っていた剣を拾い上げる。アラタが振り下ろした剣を受け止めようとした。
アラタの振り下ろした剣が、タダシの構えた剣をあっさり両断する。
「なっ……」
大きく背後へ跳んだタダシの両肘から先は黒く炭化していた。
全身から嫌な汗が噴き出す。
タダシは、こちらへ歩み寄ってくるアラタを見上げた。ガチガチと己の牙が音を立てる。
アラタの額に揺らめく魔法陣を見て、タダシは絶句した。
「魔王討伐の際に使われる、封印術式だと……」
タダシは乾いた声で笑う。
「それほどの力……魔王にも匹敵する力と、神々からの加護……ああ、これが転生者の加護! これほどの力とは……素晴らしいっ!」
歪んだ顔で笑うタダシに、アラタは右手の剣を振り上げる。
アラタが剣を振り下ろす瞬間、トンっと首筋に衝撃が走った。
「はい、そこまで」
アラタの意識はそのまま、闇の中に沈んでいった。
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