File3-25「管理官の資格」
異世界間仲介管理院の創設にあたり、神々が頭を悩ませたのはそこで働く「管理官」の資質問題だった。
神々に対して逆らうことなく、かといってただ機械的に命じられた任務だけをこなすようではいけない。どこか一つの世界や神が後ろ盾となり、一方的な利益を被ることはもってのほかだ。
そこで神々は一切の加護を持たない魂を生み出した。
何者にも干渉されずに生まれた魂に、管理官になるための知識と技術を学ぶための環境を与えた。最終的により高度な技術と知識を備えた魂が管理官になれるよう、養成学校や管理官試験の制度を整えたとされる。
異世界間仲介管理院の運営方針の骨組みが粗方整ったところで、それ以上の神々の介入は一切禁じられた。以降は異世界間仲介管理院の管理官たちの手により、後進の育成を委ねることとなる。
そのため、転生者や召喚者のような、魂に世界の記憶を持つ存在が管理官になることは実質不可能とされた。
管理官に必要なのは、絶対的な中立性。
いかなる魂も差別せず、どのような現象にも屈することなく、己が職務を忠実にこなす資質こそ管理官に求められる。
そのため、神々は管理官になるための資格は「無垢なる者」だけに限定した。
神々が治める世界に一度でも所属していた魂には、世界の記憶が刻まれる。世界の記憶は時に付与された能力の高さから「能力」や「加護」とも言い換えられることが多い。
転生者や召喚者の魂に直接刻まれた「世界の記憶」は、その魂が消滅しない限り、消えることがない。
それは同時に、どれほど神々が転生者や召喚者と縁を切ろうと思っても切ることができない「世界との繋がり」である。
もしも、世界の記憶を持った魂が管理官になるとどうなるか。
神々は己の縁が残った管理官に接近し、自らの世界への恩恵が増えるよう融通を要求するようになる。時には管理官に脅しをかけることもあるだろう。
それでは公平な魂の循環に支障が出てしまう。
異世界間連合は異世界間仲介管理院への厳正な管理・統制に支障が出るという理由で、魂に僅かでも世界の記憶が混じる者を管理官にすることは避けるよう通告した。
こういった背景から、異世界間仲介管理院は異世界間連合より人材確保のための特別処置として「魂の生成」を許可されていた。
神々の加護が刻まれていない魂を生み出し、その魂に見合った肉体を与え、管理官として養育する。
アディヴの地で生まれた命に、神々の加護は存在しない。管理官になった者ですら、共鳴具を通して神々の加護を一時的に借り受けるのみで、共鳴具がなければ魔法すら使うことができない。
それが、管理官としての常識であった。
床に刻まれた魔法陣の上、苦痛に呻くアラタの姿を見下ろしながら、タダシは冷静さを取り戻していた。
魔法陣は転生者を拘束するため、魂に直接神々の加護を刻まれた者を封じるよう術式を組んでいる。その魔法陣が発動したということが、タダシの知る管理官の常識を覆した。
「くっ……」
タダシの口角がつり上がった。
「くっはははははっ! 素晴らしい!!」
タダシは大仰に両腕を広げて哄笑した。剣を鞘へと収めると、倒れたアラタへ歩み寄る。傍にしゃがみ込み、タダシはアラタの首を掴んで体を引き起こした。
「アラタ管理官、貴官の存在は異常だ! この魔法陣は魂に直接加護を刻まれた者を封じるためのもの! 魂に刻まれた加護が強力であるほど、その対象を強く抑えつける! 貴官は一体、どのようにして管理官になることができた? 管理官の養成学校への入学に際して、魂の検査も行われたはず。それほどまでに『記憶持ち』を排除してきた異世界間仲介管理院が、貴官のような強力な加護持ちを見逃すなど不自然だっ!」
「……――っ!」
反論しようと口を開きかけたアラタだったが、首を掴むタダシの力が強まったせいで喉から空気がもれただけとなった。
「一体、誰が、どのような目的で貴官を管理官に仕立てた? 少なくとも上位権限を保持する者の仕業……院長か? それとも、それよりも上位……異世界間連合、それも最近加盟した連中ではなく、最古参の……常任理事世界の神々の仕業か!」
タダシの目が爛々と輝く。
「アラタ管理官、貴官を殺すことはやめよう。私とともに来てもらう。貴官の存在こそ、神々の所業を罰するにふさわしい!」
狂気に満ちた笑みを見返し、アラタは顔を歪める。
「お、れは……」
全身がひどく痛み、もはや意識を保つのがやっとだった。
何より、己が転生者であるということに、アラタは混乱した。
タダシが指摘したように、転生者は管理官になることができない。その魂に刻まれた神々の加護がそのまま世界との繋がりになってしまい、管理官の業務を行う上で不平等を生むと懸念されるからだ。
しかし、アラタは管理官となった。
自分の足場が、頼りなくぐらつく。
――俺は、何でここに存在しているんだ?
アラタの左手首に装着した共鳴具が、警告音を発する。
揺れる視界の中、意識を飛ばしかけた時だった。
「しっかりしろ、アラタ管理官」
凜とした声がアラタの意識を繋いだ。
フッと首の圧迫がなくなった。全身を襲っていた痛みも嘘のように消える。
アラタは粉塵が舞う中、口元を手で覆う。激しく咳き込んだ。
目を開くと、床に刻まれた魔法陣がひび割れ、粉々に砕けていた。
タダシははるか後方、壁に叩きつけられたようだ。彼の激突した壁一面に大きなひび割れが広がっている。
「ぐっ……」
口端から血を流しながら、タダシが憎悪を滲ませた顔を立ちはだかる女性に向ける。
紅の髪を背に流し、その細腕よりも二回りも大きな鉄籠手を装備したツナギは、屹然とタダシを見据えていた。
「これはこれは、ツナギ管理官……『紅の魔女』の異名は未だ健在のようですね」
殴られた衝撃でへこんだ鎧を剥ぎながら、タダシが激しく咳き込んだ。内臓をやられたのかもしれない。口から溢れる血が止まらない。
「タダシ管理官。転生者を迷魂へと偽装し、あげく異次元へ遺棄したとして貴官を拘束する」
ツナギは静かに構えを取った。鉄籠手に装着された小さな刃が、不穏に光る。
「ツナギ管理官、まず罰するべきはあなたの後輩殿では?」
タダシはニッと口元に余裕の笑みを浮かべる。
「そこのアラタ管理官は転生者であるにも関わらず、管理官となった。転生者だった頃の記憶はないようだが、その魂に刻まれた世界の記憶は消すことができない。異世界間仲介管理院の存在定義そのものを疑われかねない重大な不正では?」
「……」
タダシの指摘に、アラタは唇を噛み締め、うつむいた。床についた両手を固く握りしめる。
不正を働いて管理官の資格をはく奪された場合、その魂が辿る道は「消滅」だ。数多の世界と関わりを持つ管理官の記憶は、どの世界の神々も欲するほどの機密事項が刻まれている。
異世界間仲介管理院が管理官に対する監視を強める目的の一つが、いざという時、管理官の魂を必ず回収するためであった。
管理官にとっての「殉職」や「戦死」とは、新たな肉体へ魂を移し替えても再び活動することが叶わない場合に、仲間たちの手によって魂を消去されてしまうことだ。
管理官に転生することは許されない。この世限りの命なのだ。
アラタの脳裏にオギナとジツを始め、今まで出会った人々の顔が浮かんだ。
「アラタ管理官は管理官として求められたからこそ、ここにいる」
ツナギの言葉に、アラタは顔を上げた。彼女の背を食い入るように見上げる。
タダシが不快げに顔を歪めた。
「管理官になれるのは『無垢なる者』のみです。その規定を破った彼を、あなたは擁護するのですか?」
「異世界間仲介管理院が、アラタ管理官を管理官として任命した。そして、アラタ管理官は異世界間仲介管理院が求める責務を忠実にこなしている。少なくともタダシ管理官、転生者を無断で遺棄している貴官にアラタ管理官を責める資格はない」
「そいつは『転生者』だっ! 神々の思想に毒された連中が管理官になるなどふさわしくないっ!」
牙を剥き出すタダシに、ツナギは迷わず言い切った。
「『無垢なる者』でないからと言って、管理官の素質がないわけではない。特に、アラタ管理官の場合は、な」
ツナギが地を蹴った。その姿が掻き消え、タダシの目の前で拳を振りかぶる姿勢で出現する。
タダシは腰の剣を鞘から払ってツナギの拳を受け止める。彼らの足元がぶつかり合った衝撃で窪み、反対にその周囲の地面が隆起した。
「貴官の『転生者』を蔑む発言は、この上なく不快だ」
ツナギの低い声が呟く。
「さすがは……かつて『伝説』と呼ばれた第一部隊の副隊長殿。実力は衰えていないようで嬉しいですよ」
タダシが変な向きに曲がっている腕を庇いながら、ツナギから距離を取った。
ツナギは悠然と地面を穿った拳を再び構える。
その表情には一切の迷いも雑念もない。
ただ目の前の敵を倒すことだけに集中している様子だった。
「では、私も本気を出させていただきます」
彼の全身が大きく盛り上がる。肌色の皮膚を青灰色の剛毛が覆い、ねじれた身体や肉体を急速に修復し始める。纏っていた鎧の留め具が外れ、バラバラと地面に弾け飛んだ。
獣化したタダシは、天を仰ぐと吠えた。
音が空気を震わせ、ビリビリと全身を差す。相手を威圧する殺気を乗せて放たれた咆哮に、アラタは胃の腑から込み上げてくるものを感じた。口元を手で覆い、ひたすら耐える。
鋭い爪の生えたタダシが、地面を蹴ってツナギに迫る。ツナギは平然と籠手で振り下ろされた爪を受け止めた。そのままタダシの腕を空いている右手で掴み、勢いを利用して投げ飛ばす。
ツナギは空中で姿勢を変えたタダシへ即座に踏み込み、振り上げた拳を叩き込んだ。タダシは両腕を交錯させることでツナギの拳を受け止める。そのまま足を振り上げた。ツナギは空いている手でタダシの蹴りを防ぐと、パッと飛び退いて距離を取る。
「ふんっ、さすが獣人。獣化した際の動体視力は大したものだ」
「ああ、嬉しいですよ……ツナギ管理官。六百年前の魔王侵攻の折、たった百名の隊員で魔王を打ち取った、その第一部隊の副隊長とこうして手合わせできるなど」
タダシは全身から湯気が立ち上っている。
獣化による精神高揚作用が働いているらしい。
今の彼は血と闘争を求める獣と成り果てていた。
「アラタ管理官」
タダシを睨みながら、ツナギがアラタに声をかけた。
「……は、はいっ」
目の前で繰り広げられる戦いに目を奪われていたアラタは、慌ててツナギの呼びかけに返事をする。
「いい加減、休憩は十分取っただろう。加勢しろ」
ツナギの言葉に、アラタは地面に転がる双剣を見下ろす。
果たして、自分がこの剣を手にしていいのだろうか。
――そいつは『転生者』だっ!
タダシの鋭い声に、アラタの手は頼りなく宙を漂う。
アラタの迷いを見て取ったツナギが、厳かな声で命じた。
「己が職務を全うせよ、アラタ管理官。貴官は自らが行うべき役目に忠実であれ」
ツナギははっきりと断言する。
「貴官を管理官として任命したのは、紛れもない異世界間仲介管理院だ!」
「――っ! はい!」
背を押されるように、アラタは双剣を掴んだ。ゆっくりと立ち上がる。
立ち上がったアラタを一瞥し、ツナギの口元が僅かに微笑む。
「ラセツ部長から戦闘許可は出ている。存分に力を振るい、私を援護しろ」
「はい、ツナギ管理官」
アラタは双剣を構えた。
「行くぞ、アラタ管理官!」
ツナギのかけ声とともに、アラタもタダシに向けて突進した。
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