File3-24「ぶつかる意志」
アラタとタダシの刃が同時に離れた。
タダシが即座に踏み込み、アラタの胴へと太い刃を押し込んでくる。
アラタは迫る剣身に手をつくと、そこを軸に体を持ち上げた。そのまま一回転すると、振り向き様に右手の剣でタダシの首を払う。
タダシはわずかに上体を傾けた。アラタの剣先がタダシの鼻先を掠める。
アラタは右足を軸に左手の剣でタダシに袈裟斬りする。
タダシは腕を覆う籠手でアラタの剣を払った。そのまま、アラタの腹部に向けて鋭い蹴りを放つ。
右手の中で剣を逆手に持ち替え、アラタはタダシの蹴りを剣身で受けた。
ドンっと空気が圧迫され、アラタは大きく吹き飛ばされた。壁に叩きつけられる寸前、空中で態勢を整えて着地する。そのまま壁を蹴って横へ跳んだ。
アラタが着地した壁を、タダシの鋭い突きが抉る。
「ほぅ……これもいなしますか。あぁ、あなたの腕前は実に惜しいですね」
言いつつ、タダシの攻撃には一切の迷いがない。
確実にアラタの急所を突いて、息の根を止めようと剣を振るってくる。
アラタもタダシの猛攻を受け流しつつ、反撃を試みる。獣人の肉体を持つタダシの反射神経は常人離れしており、アラタの突きを平然と避けた。懐に踏み込むアラタを、タダシは体術も駆使して阻止する。
「さすがは異世界間防衛軍、第一部隊隊長……」
アラタは乱れる呼吸を必死に落ち着けながら、涼しい顔で佇んでいるタダシを睨んだ。
悠然と佇むタダシは、まだ本気を出していない。
異世界間防衛軍の統括部隊長として、数々の修羅場を潜り抜けてきたのだ。
アラタとの実力差は明白だった。
「まぁ、こう見えて六百年前の魔王討伐にも参戦していましたからね。これくらいで根を上げるようでは、異世界間防衛軍はまとめられません」
タダシの姿が掻き消えた。
アラタは咄嗟に右手の剣を頭上へ突き出す。
金属と金属がぶつかる音がした。
遅れてアラタが視線を頭上へ向けると、目を見開いたタダシの顔があった。
「またもや驚きです。見えていなかったはずなのに……」
「一応、養成学校時代の武術訓練では優秀な方でしたので」
アラタは苦い顔で言い返した。
直感とはいえ、戦場では危機察知能力が大事な生命線だ。養成学校時代にはよくオギナと組んで実技演習に挑んでおり、その度にこの直感に助けられたものだ。
「なるほど、運も実力のうちというやつですね」
タダシは笑うと、剣を握る腕にグッと力を込めた。
アラタはタダシの力に押し負け、背後へ跳ぶ。
タダシの剣がアラタの足元を抉った。そのまま、タダシが下から剣を突き上げてくる。アラタは左手の剣で受ける。ジンッと腕全体に痛みが走った。
「くっ……」
なんという馬鹿力だ。
アラタの一瞬の隙を見逃さず、タダシの蹴りがアラタの胴を捕える。
「ぐっ!」
腹部の圧迫による嘔吐感を堪え、咄嗟に後ろに跳んで蹴りの衝撃を殺した。それでも殺し切れなかった勢いに負け、アラタは壁に背中から激突した。
くらりと視界が一瞬だけ暗転する。
「なん、のっ……!」
気力を振り絞り、双剣を顔の前で交錯させる。振り下ろされたタダシの剣を真っ向から受け止めた。
「ふむ……ここまでしてまだ落ちませんか。大したものです」
剣に力を込めながら、タダシは少しばかり思案気な顔になった。
「いい加減、諦めていただけませんか? これ以上戦いを続けたところで、あなたの苦しむ時間が増すばかりです。私に勝てないことは、あなたにもわかっているでしょう? 修羅場を潜り抜けてきた年月が違います」
「それでも……あき、らめない……」
アラタは口端から血を流し、荒い息のまま続ける。
「たとえ実力では劣っていても……あなたにだけは、負けられないっ!」
アラタはタダシの剣を弾くと、左右の剣でタダシに切り込む。タダシは正眼に構えた剣身を、わずかに角度を変えていきながら、アラタの猛攻をいなした。
「理解できませんね」
タダシの剣が振り下ろされ、アラタは双剣で受け止める。
呻くアラタを、タダシの冷めた目が見下ろした。
「正直、あなたがここまでする理由はないのではありませんか? 神々のため? 世界のため? 転生者のため? アラタ管理官、そこにあなたの意志はあるのですか?」
意志なき大義に、大事は成せない。
「神々や異世界間仲介管理院の規定に縋るばかりのあなたに、私は倒せませんよ」
タダシの蹴りが、アラタを襲った。
体をくの字に曲げ、アラタは再び壁に激突する。
「けほっ……ぐっ……」
一瞬呼吸が止まり、苦しげに咳き込む。
そんなアラタにタダシは剣先を突きつけた。
「アラタ管理官、あなたは世界を知らない。神々はあなたが思うほど、慈悲深くなどありません」
タダシの瞳が鋭さを増す。
「神々は貪欲なまでに、己への絶対的信仰を渇望するのです。信仰を得るためならば手段は選びません」
ギリッと歯を食いしばったアラタは、タダシの剣先を右手の剣で払った。
「そんな偏った見方だけで、神々を括るなっ!」
アラタは左手の剣をタダシへ突き込む。タダシの剣があっさり受け止めた。
「俺は、異世界間仲介管理院の管理官だ。中立な立場から神々や世界の安寧のため、求められる責務を全うする。それに……」
アラタは苦痛に顔を歪めながらも、不敵に笑った。
「転生者たちとの出会いは、なかなか刺激的で悪くない」
タダシはアラタの刃を弾き、続けて振り下ろされた右手の剣を籠手で受け止める。
「世界へ挑んでいく転生者を後押ししていく中で、俺もまた、世界の一部としての役割を担っているんだと実感した。だからこそ、俺は管理官としての立場から世界を変えていく!」
「ぐっ……」
アラタの体重が乗った突きを、タダシは剣身で受けた。しかし、勢いを殺し切れずに押し出される。彼の両足が床に直線の痕を描いた。そこへアラタの双剣が振り下ろされる。タダシの頬に小さな裂傷が刻まれた。
「ふんっ、綺麗事を……!」
「綺麗事であろうがなかろうが、実現させればそれが真実だ」
アラタは踏み込む。
タダシの剣に己の剣を交え、その長躯を押し返した。
「だから俺は、自分の正しいと思った『道』を進む!」
アラタの振り下ろした剣を受け、タダシが大きく背後へ跳んだ。床に刻まれた魔法陣の上に着地し、ひどく顔を歪めている。
「ならば、私が現実を教えてやろうっ!」
叫ぶタダシに、アラタは駆け出す。双剣を手に、迎え撃つタダシへ剣を振り下ろした。
アラタとタダシの刃が正面からぶつかり合う。
互いの刃がぶつかった瞬間、強い閃光が二人を包み込んだ。
「なんだっ!?」
目を見開いたのはアラタだけではなかった。
タダシも唐突に足元で光り出す魔法陣を凝視している。
次の瞬間、アラタの全身に衝撃が走った。
「うあぁああぁっ!」
全身を電流が走り抜け、アラタの身体から力が抜けていく。たまらず剣を取り落とし、膝から崩れ落ちた。
魔法陣の上でうずくまるアラタを呆然と見下ろし、タダシは表情を強張らせた。
信じられないと言わんばかりに、一歩、後ずさる。アラタを見下ろしたまま、タダシは首をゆっくりと横に振った。
「まさか……そんな……こんなことが、あり得るのか?」
タダシがうわ言のように呟く。
得体の知れない者を見る目で、タダシはアラタに問いかけた。
「アラタ管理官……貴官は、もしや『転生者』か?」
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