File3-23「管理官の使命」
――貴官は、今の世界をどう思う?
タダシの問いかけに、アラタは沈黙する。
アラタの目が真意を探るようにタダシを見据えた。
回答を期待していなかったのか、タダシはそのまま続けた。
「神々は人々の思想の多様化により、空前の神々多産期を迎えています。しかし、その存在を定着させるだけの『信仰』が不足していることを受け、神々は異世界間仲介管理院を創設しました」
神々は己の存在を安定させることで世界の秩序を維持しようとしたわけである。
異世界間仲介管理院の功績により、異世界間連合は天文学的数値にまで加盟世界を増やし、管理官たちによってもたらされた平穏な日常を享受している。
「あふれる世界。生まれ続ける神々。それらを支え、守り続ける管理官の使命を、私とて誇りにしていました」
タダシの瞳がふと翳った。
「神々の数が増えることで、魔王の誕生率が上がっているのはご存知でしょう?」
「ええ……世界や神々が増えれば、生じる歪みは大きくなります」
それはどう足掻いても止められるものではない。
神々とて意思を持つ。異世界間連合が創設される前は神々同士で頻繁に戦争を引き起こしていたほどだ。
今では異世界間連合の加入条件に「神々同士の戦争禁止」が盛り込まれているため、久しく異世界間連合の加盟世界間での表立った衝突はない。
それでも、神々や世界がもたらす負の連鎖がやがては凝り固まり、具現化したのが「魔王」の始まりだとされる。
「何故、神々はその報いを受けぬまま、安穏と存在し続けるのでしょうか」
タダシが僅かに顔を歪めた。
心底から不快だと言わんばかりに、両手を添えた剣の柄頭を握りしめる。
「転生者を異世界へ送り込む制度についても、身勝手極まりない。良質な魂なんてものは、神々が勝手に定めたもの。どの魂にも、等しく長短があります。扱いづらいからという理由だけで他所の世界へ転生者を押し付けるなど、無責任にも程があります。自らの裁量のなさを棚上げし、異世界から勝手に召喚者を連れ去り、用が済めば召喚者の事情など考えることなく放り出す。何故、そのようなことを平気で行う神々は存在し続け、その憂き目を受ける転生者や召喚者たちは行き場を無くして消えなければならないのでしょうか?」
「タダシ管理官……神々の中にも、転生者や召喚者への配慮を欠かさぬ方もいらっしゃいます」
アラタの言葉に、タダシは大きく息を吐いた。
そっと目を閉じ、力んだ肩を落とす。
「無論、そうでしょう。しかし、そんな神々ですら、魔王の出現に際しては無慈悲になります。『勇者』の宿命を知るアラタ管理官ならば、その意味を理解できるはずです」
勇者はその生涯を魔王討伐に捧げる。
神々は魔王に関する案件だけは、頑ななまでに結果を重視する。
魔王を討伐できない勇者の末路は、悲惨の一言に尽きた。
「私は、神々の怠慢が許せません」
再び見開かれたタダシの眼光は揺るぎない。
「己が利己心に溺れ、世界の秩序を正す役目を放棄した神々に存在する価値などない!」
タダシの唇の間から、鋭い牙が覗いた。
その両目の瞳孔が、怒りを露わに縦に裂ける。
「アラタ管理官、あなたならば私の怒りもご理解いただけるでしょう。封魂監に隔離されていた転生者にすら心を砕く貴官だっ! この世に不条理を敷く神々を許してはならない!」
そのような神々こそ、罰を受けるべきである。
「管理官たる者、神々の過ちを正し、世界の秩序を保つっ! これこそが、管理官の使命だっ!」
タダシは怒気を込めて、言い放った。
「それは違う」
アラタは激昂するタダシに、落ち着いた声音で返した。
右手に握った剣を掲げる。切っ先を、ゆっくりとタダシに向けた。
「神々は一方的に転生者を虐げているわけではない。神々は転生者が自ら立ち上がり、己の悔いから解放されることを切に願っている。己が治める世界を愛おしく思うからこそ、危機に瀕した人々を救うために召喚者に縋るしかないだけだ」
転生者や召喚者の存在が、神々にとって取るに足らないものならば、果たして彼らに救いの手を差し伸べようとするだろうか。
異世界間連合や異世界間仲介管理院を創設し、厳格な規定を定め、日々の問題に対して話し合いの場を設けるだろうか。
「それに、転生者や召喚者の中には、強い後悔を抱く人々が多い」
やり直したい。
自分の可能性を信じて、もう一度生き抜きたい。
自分は世界にとって「いらない子」ではないはずだ。
アラタは様々な転生者と出会う中で、彼らの声なき想いを汲み取ってきたつもりだ。
「神々が、人々を支配しているわけではない。神々もまた、人々に生かされている。神々が怠慢? 先程、タダシ管理官も指摘していたではないか。人々の思想が多様化している、と。ならば昔のような全体総括的な世界統治は難しい。神々とて、統治する世界への接し方に試行錯誤している状況だ」
これは、長らく「神こそ絶対であり至高」という神々の意識を変えたとも言える。
それまでの神々は己が世界に住まう人々に、彼らの環境や状況に合わせた統治はしてこなかった。神々が主導で行っていた世界統治が通用しなくなって初めて、神々は世界に住まう人々に歩み寄ったと言える。たとえその行動が「信仰」を得るためであったとしても、それは神々の歴史において大きな変革だった。
「神々が変わったんじゃない。人々の『想い』が神々を変えたんだ」
アラタは半身を一歩下げ、タダシを見据える。
「互いに影響し合う世界を柔軟に受け入れ、統治していこうとする神々の姿勢こそ、この変革の時代には必要だ!」
アラタは地を蹴り、タダシへ迫った。
「管理官たる者、人々の想いを汲み取り、神々と世界の秩序を維持することっ! 人と神々が互いに歩み寄ったその先に、管理官が目指す未来があるっ!」
アラタの振り下ろした双剣を、タダシは剣を地面から引き抜いて受け止める。
「神々に未来を見ますか……残念ですよ、アラタ管理官! 所詮は、神々の思想に毒された傀儡でしかないっ!」
タダシが大きく剣を薙ぐ。
アラタは虚空で身を翻し、タダシの剣撃を受け流した。
「どれほどの大義を掲げようと、あなたのやっていることは決して許されないっ! 転生者を犠牲に魔王の誕生を促すなど、それはあなたが嫌悪する神々にも劣る行いだ!」
アラタは着地と同時に、姿勢を低めて切り込んだ。
二人の剣が正面からぶつかり、火花が散る。
「管理官として、俺はあなたを排除します」
アラタの鋭い目が、怒りに燃えるタダシの眼光を睨み据えた。
「いいでしょう。やれるものなら、やってみろっ!」
タダシの牙が、アラタに向く。
アラタは双剣を握る手に力を込めた。
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