File3-22「我は問う」
オギナと別れて、アラタは操縦訓練場のあるドーム状の建物へと入った。
防衛部の操縦訓練場内には武装した管理官たちが行き交っている。
この操縦訓練場内には各種操縦訓練室の他に、作戦会議室、魔王対策本部、管制室などが並んでいる。
神々からの戒律を受けた今、封魂監や第三訓練場よりもずっと人の行き来が活発であった。
アラタは人通りの多い廊下を避け、人気のない一角で立ち止まる。
ごそごそとポーチの中を探り、アラタは事前にジツから受け取った眼鏡をかけた。
アラタの目に、空中で青い筋のようなものが無数に漂っている様子が見える。
魔力の筋だ。
隠密行動中に管理官権限は使えない。任意のものであっても、発動すれば即座に管理部権限管理課の知るところとなってしまうからだ。
アラタは魔力の筋が絡み合う方向を避け、薄暗い廊下を進む。
操縦訓練場には魔法道具を使った訓練も行われる。
魔力の残滓が多く残っている場所は、その訓練場である。
アラタが追うのは、人目を避けて細々と続く魔力の流れだ。
目を凝らしながら、アラタはゆっくりと廊下を進む。
いくつもの魔力の筋が充満していて、気を抜いては細い魔力の筋を見失ってしまいそうだった。
「ん?」
アラタは不意に視線を足元へ向けた。
今にも消え入りそうな魔力の筋が見える。
迷わずそちらへ足を向けた。
蜘蛛の糸のように頼りない魔力の筋は、ある部屋に続いていた。
アラタは部屋の表示へ目を向ける。
「飛行操縦訓練室」
アラタは周囲に人の気配がないことを確かめ、そっと扉のノブに手をかける。僅かに開いた扉の隙間から、そのまま室内に体を滑り込ませた。
「……誰も、いないのか?」
室内に人の姿はない。
ただ、操縦訓練用の機械がずらりと並んでいるだけであった。
不用心だな、とアラタは顔を歪めた。
鍵を閉め忘れたのだろうか。
ひとまず、細い魔力の筋を追う。
魔力の筋は室内の角、床のタイルの一角からたなびいていた。
アラタは床に膝をつくと、タイルの一角を手で押した。
乾いた音ともに、タイルがへこむ。すぐ傍に設置されていた操縦訓練用の機械がゆっくりと動き出した。人ひとりが通れる隙間を開け、機械を設置した床が後方へズレた。
「隠し通路か」
操縦訓練用の機械下から現れた階段を見て、アラタは呟いた。
階段を降りていくと、壁から飛び出した突起に触れる。それがへこむと、頭上の入り口がゆっくりと閉じていく。
「なるほど、内外からこの入り口の開閉が可能なのか」
閉じていく入り口を仰ぎ、アラタは納得する。
そのまま、真っ暗な一本道を歩き出した。
一本道には魔力の筋が続いていた。それも先程のような頼りないものではない。
アラタのかけた眼鏡がはっきりとその筋を認識できるほど強いものだ。心なしか、奥へ進むほど魔力の筋がその太さを増していく。
アラタは足を速め、通路を急いだ。
どれくらい進んだだろうか。アラタが階段を下りてから数分立った頃に、広い空間に出た。
建物の地下に、土台として建築された複数の柱が並び、壁は混凝土で固められている。空間の中央には、巨大な魔法陣が刻まれていた。
アラタは魔法陣を踏まないよう、注意深くその術式を観察する。
刻まれた術式の効果は三つ。
能力複写と効果増強、そして加護封印だ。
能力複写は転移方陣との連結による異世界への転移効力を模写するためのもの。
加護封印は転生者の魂に直接刻み込まれた神々の加護を封じるものだ。
その二つの効果をより高めるために、効果増強の術式を加えたと言ったところだろう。
「間違いない……」
アラタの耳に、何者かの足音が飛び込んだ。
背後を振り返り、耳を澄ます。
カツンと靴のかかとが床を蹴る。
アラタが辿ってきた通路から、誰かがやってくる。
身を翻し、アラタは柱の陰に身を隠した。柱を背に、息を潜めて通路の方を注意深く見つめる。足音が大きくなってきた。
やがて、一人の男が姿を現した。やってきた人物を見て、アラタは息を呑む。
そこに立っていたのは、見知った顔だった。
「タダシ管理官!?」
アラタは目を見開いたまま、小さく呻いた。
狼耳をピンッと立て、全身を鎧で固めた異世界間防衛軍第一部隊の隊長は足元の魔法陣を一瞥した。表情を消したタダシはそのまま、ぐるりと広い空間を見回している。彼の右手が、腰の剣に伸びた。
アラタの背に悪寒が駆け抜けた。
咄嗟に、大きく背後へ跳ぶ。
今までアラタが隠れていた柱が、盛大な音を立てて崩れた。粉塵の中、タダシが突き出した剣先がアラタの鼻先に迫る。
「縮小解除」
アラタは腰のポーチから引き抜いた双剣で、タダシの抜き身を下から払った。タダシの剣先が逸れたところを狙い、左手に握った剣をタダシの胴へと突き出す。
アラタの剣はタダシの胴鎧を掠めた。しかし、驚くほどの脚力でタダシは大きく背後へ跳んだ。地面に着地すると、タダシは己の胴鎧に刻まれた傷を手でさすっている。
「驚いた。獣人の肉体を持つ私の速度に、追いつくとは……」
心底感心している様子で、タダシは頷いた。
「このような状況でなければ、私の部下としてスカウトしていたところでしょう」
タダシはゆっくりと立ち上がる。
アラタは双剣を構えたまま、タダシを睨みつけた。
「タダシ管理官、こんなところで一体……?」
「アラタ管理官、それは愚問と言うものです。私はあなたが何もかもご存知の上で、こうして私と対峙していると認識していますが?」
アラタの問いに、タダシは穏やかに笑いかけてくる。
「何故、このようなことを……あなたほどの人が……」
アラタは双剣を握る手に力を込めた。
目の前の事実を、信じたくないと思う自分がいた。
「理由をお尋ねになりますか……」
タダシは苦笑を浮かべ、抜き身を地面に刺した。その剣の柄に、両手を添える。
「やはり、貴官は優しいですね。普通なら、管理官の面汚しと罵倒して、問答無用で征伐するものです」
タダシの鋭い眼光がアラタを見据えた。
「アラタ管理官、私こそ貴官に問いたい」
タダシの唇が静かに言葉を紡いだ。
「貴官は、今の世界をどう思う?」
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