File3-18「西部基地再び」
アラタは異世界転生仲介課の事務室で、送り出した転生者の安否についての確認作業に追われていた。
異世界転生仲介課では現在から過去千年前までの転生者の記録を洗い出し、転生先の神々へ転生者の状況を問い合わせていた。
異世界転生仲介課には、今もぞくぞくと神々からの回答が返って来ている。
そのすべてに目を通し、アラタは安否確認の取れた転生者の項目に確認済みのチェックを入れる。アラタの目の前に映し出されたリストから、また一つ名前が消えた。
向かいの席で、オギナも同じ作業に没頭していた。
途方もない作業に、皆が疲労を滲ませている。
普段は何かしら世間話の飛び交う事務室内が、異様な静けさに満ちていた。
そこへアラタの左手首に装着した共鳴具が通知を知らせる。
〝アラタさん、オギナさん、動きがありました〟
アラタが共鳴具に触れると、すぐさま脳内でジツの声が囁いた。
通知を受け取ったアラタとオギナは顔を見合わせ、頷き合う。
「防衛部へリストを受け取りに行ってきます」
作業に没頭する事務室の面々に声をかけ、アラタとオギナは事務室を後にした。
「緊急会議の翌日とは、相手は相当焦っているようだね」
廊下に出るなり、オギナがこぼした。
「むしろ、この好機を逃しはしないだろうな」
オギナの言葉に、アラタも頷いた。
中央塔を出た二人は、西部基地へ足を向ける。
アラタはそっと己の腰に手をやった。
ベルトに引っ掛けているポーチには、いざという時のためにジツから持たされた隠密系の魔法道具がいくつか入っている。
それと、護身用のために縮小魔法で小さくした双剣も忍ばせてあった。
万が一の備えである。
訓練でもない限り、管理官同士の武器を使った戦闘行為は全面的に禁止されている。
アラタとしても、双剣は最後の手段だ。
刃傷沙汰がないことを祈るばかりである。
「アラタ、準備はいいね? 何があっても、冷静にね」
「ああ、わかってる」
アラタは西部基地を見据えたまま、しっかりと頷いた。
「異世界転生仲介課所属のオギナ、並びにアラタです。転生者のリストを受け取りに参りました」
門番をしている管理官は共鳴具に触れて、二人の所属と人相を確認した。それから虚空に映し出した画面を操作し、訪問理由を見て頷く。
「了解した。事前の申請では三人となっていたが?」
「もう一人が課長補佐のため、別件でどうしても手が空かなかったのです。そこで、私とアラタ管理官が伺った次第です」
窓口の管理官はひとつ頷くと、アラタとオギナをあっさり通した。
二人は受付を済ませ、門をくぐる。
まっすぐ道を進んでいくと、目的の建物の前で見知った顔が佇んでいた。
「タダシ管理官」
アラタが目を丸くして、建物の入り口に佇んでいる狼耳の男性に声をかけた。
「またお会いしましたね、アラタ管理官。オギナ管理官も、お久しぶりです」
「封魂監での業務の際はお世話になりました、タダシ管理官」
片手を挙げて気さくに挨拶してくるタダシに、オギナは会釈とともに微笑みかけた。
「防衛部から転生者に関する情報をお渡しするにあたり、私が見届け人として参りました。確か、事前の申し込みでは三人となっていたと思いますが……? てっきり、ツナギ管理官もご一緒なのかと」
タダシが一瞬だけ周囲を見回し、アラタとオギナを見下ろした。
「残念ながら、ツナギ管理官は課長補佐のため、別件を処理しておりまして……」
アラタが苦笑を浮かべた。
事前に三人の申請にしておいたのは、万が一ジツも西部基地の門から出て行かねばならない場合に、彼の保身を図るためだ。中央塔から西部基地へやってくる管理官が三人であると申請さえしていれば、多少の便宜は得られるだろう。
そうオギナが提案したためだ。
「なるほど、やはりツナギ管理官の才能は異世界転生部でも遺憾なく発揮されているようですね。安心しました」
笑顔のタダシに、オギナも愛想笑いを浮かべる。
「確か、異世界間防衛軍も外界への出陣命令が出ていらっしゃいましたね。タダシ管理官が率いる第一部隊はどちらの世界軸線へ?」
話題をそらすように、オギナはタダシに尋ねた。
「私たちの部隊はアネルバーナ近郊を任されていますね。おかげさまで準備に大忙しですよ。あそこは砂漠に覆われた世界ですから、食料を現地調達できないんです」
タダシは少しばかり困った顔をした。
「どこの部隊も、急な戒律の発令に右往左往しています。ラセツ部長の一喝で、だいぶ落ち着きましたが……各部隊、足並みが揃うにはまだ時間がかかるでしょう。何より、今回の任務は魔王出現領域への長期遠征です。念入りに準備をしませんと」
「お忙しい中、我々転生部の要望に応えてくださり、ありがとうございます」
アラタはそっと頭を下げた。
「とんでもない。またお二人にお会いできてよかった。今回の一件が落ち着いたら、今度一緒に飲みにでも行きましょう。今度はツナギ管理官もぜひご一緒に。奢りますから」
タダシは軽く手を振ると、ニッと白い歯を見せて笑った。
「もちろんです」
「先輩も喜びます」
オギナとアラタが口々に言い、タダシの案内で防衛部異世界間監視団の建物に入った。
装飾の類が一切ない、真っ白な壁や廊下が続く。
ある一室の前でタダシが足を止めた。
タダシが手をかざすと、彼の手首に装着された共鳴具が光る。
やがてカチリと鍵が外れた音がした。
部屋は真っ白な壁のみに覆われていた。机などの備品の類はまったくなく、部屋の中央に台座に固定された宝珠が鎮座しているのみだった。
タダシは室内の中央へ歩み寄り、台座に埋め込まれた宝珠に触れる。
「防衛部異世界間防衛軍第一部隊隊長、タダシ。管理官IDはXXX-XXX-XXX。緊急事態に伴い、小官の監督の下、異世界転生部異世界転生仲介課所属のアラタ管理官、オギナ管理官両名への転生者リストの複製と譲渡を開始する」
〝申請を確認。管理部への権限要請を送信中。権限の執行を許可します〟
宝珠が淡く輝き、タダシが台座から離れた。振り返ってアラタとオギナに頷きかける。
さっそく、アラタとオギナが己の共鳴具を装着した方の手で宝珠に触れた。
「管理官権限執行」
「即時記憶」
二人の瞳が青く輝き、彼らの脳内に防衛部が過去に送り出した転生者たちの情報が流れ込んできた。
情報を読み取っている二人を、タダシは少し離れた場所から眺めている。壁に背を預け、両腕を組んでじっとアラタの横顔を観察していた。
しばらくして、額に汗の玉を浮かせた二人が宝珠から手を離した。
防衛部で送り出した転生者の数は膨大だ。二人で千年分の記録を半分に分けて引き継いだと言っても、ひどい頭痛がアラタを襲った。
アラタは軽く頭を振って鈍い痛みをやり過ごした。
オギナも指先で眉間をもんで瞬きを繰り返している。
「お疲れさまです。少し、休んでいかれますか?」
タダシがこちらに歩み寄ってくると、気遣うようにアラタとオギナに提案する。
「お気遣いありがとうございます。しかし、急ぎ事務室に戻って作業を再開しないといけませんので」
オギナが苦笑とともに、タダシの提案を断った。
「タダシ管理官、お時間をいただき、ありがとうございます」
「どうかご無事の帰還をお祈り申し上げます」
翼の祝福に、道を掴まんことを。
アラタとオギナは左胸に拳をあてた。
戦闘時における管理官敬礼とともに、タダシに激励を贈る。
タダシは少しだけ驚いた様子だったが、すぐに破顔した。
「ありがとうございます。お二人にも、道を辿りし先に、翼の加護が安らぎをもたらさんことを」
タダシも左胸に拳をあてて返礼した。
アラタとオギナは異世界間監視団の建物から出て、タダシと別れた。
「俺はいったんジツと合流するよ。封魂監と第三訓練場は任せて」
タダシが立ち去ったのを確認すると、オギナは囁く。
「なら、俺は操縦訓練場だな」
アラタは頷く。
そのまま腰のポーチに手を突っ込むと、姿隠しの魔法がかけられた首飾りを引っ張り出した。
「無茶はなしだよ。また後でね」
「ああ。オギナこそ、ジツを頼む」
二人は首飾りをかける。二人の姿がゆっくりと周囲の景色と一つに溶け込んだ。
そのまま、オギナは元来た道を引き返す。
アラタは道を逸れて真っ直ぐ操縦訓練場のあるドーム状の建物を目指した。
姿を消して走り去る二人を、物陰から姿を現した鋭い目をした男が一人、無言のまま見つめていた。
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