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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
一章 管理官アラタの異世界転生仲介業務
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File1-5「少女の捜索」

 翌日、アラタの足取りは重い。

 朝から疲れ切ったような顔で、回廊を進む。今回ばかりは、この長い道のりが終わらなければいいとさえ思った。

 異世界間仲介管理院の中央塔は、四つの尖塔に囲まれている。

 中央塔と東西南北の尖塔同士を繋いでいる回廊は、アーチを平行に押し出した形状の穹窿(ヴォールト)を有し、交差穹窿の稜線を横断アーチとその対角線アーチで補強した造りになっている。

 人間世界における教会に多く見られる建築様式で、天井の軽量化などを可能とし、年月を経るにしたがって豪奢な装飾を施されて文化的、歴史的価値を高めていった。

 さすがに異世界間仲介管理院の性質上、宮殿や神殿、教会のような派手な装飾の類は施されていない。それでも、通りかかった者が思わず足を止めて天井を見上げてしまう程度には荘厳な佇まいであった。

 こうした回廊に限らず、異世界間仲介管理院の施設は、主に人間世界の建築様式を踏襲していることが多い。

 理由は単純だ。

 転生者や召喚者に向けて権威を示すならば、人間世界で広く一般的に知られているものと類似していた方が手っ取り早い。

 中でも人間は、神々への信仰を促す際に神殿などの建築物や偶像という形で示したがる。

 異世界間仲介管理院は異世界からの転生者や召喚者とやり取りを交わすことが多い。異世界間仲介管理院が少なからず、世界に及ぼす影響力があるのだと見せつけることも彼らとのやり取りを円滑に進める上で必要になってくるのだ。

 アラタは回廊を抜けると、中央塔の正面玄関から外へ出る。

 石畳の歩道を南下していくと、憩いの空間として設けられた公園に出た。長椅子(ベンチ)が等間隔に設置され、その脇に設えた花壇では色とりどりの花が咲き乱れている。

 のどかな風景を横目に道なりに進んでいくと、石畳の歩道が突如終わりを告げた。代わって、踏み固められた地面と、頭上を覆う雑木林のトンネルを進んでいく。

 ここから先は転生業務に携わる部署の人間しか立ち入らない。落ち葉を踏みながら進むこと数分、高い塀に囲まれた木造建築の建物が見えてきた。

 (たい)(こん)(えん)

 読んで字のごとく、転生する魂の待機場所だ。

 管理官はここで転生者と面談を繰り返し、彼らの希望に添った世界へ送り出す使命がある。

 アラタが担当している相沢百香も、この待魂園で生活していた。

「……はぁ」

 思わずこぼれたため息に、とっさに片手で口を覆う。周囲を見回すが、誰もいなかった。ホッと胸を撫で下ろす。

 アラタは無理やり背筋を伸ばし、しっかりとした足取りで待魂園へ向かった。

 ツナギにまた叱られないようにシャンっとしなくてはならない。

 アラタだって毎日叱られるのは御免である。

「おはようございます。管理官のアラタです。本日も面談に参りました」

「お疲れ様です、アラタ管理官」

 門番に声をかけると、生真面目な彼は敬礼とともにアラタを中へ通してくれた。

 アラタは待魂園で転生者たちの世話をしている園長に挨拶に向かった。

 園長は何やら書き物をしている。邪魔しては悪いと終わるまで待っていると、顔を上げた彼女がひどく驚いていた。

「これは……っ、失礼をいたしました」

「とんでもない。お声かけもせず、驚かせてしまって申し訳ありません」

 立ち上がった園長に、アラタは丁寧に一礼する。

「でもよかったわ、アラタ管理官。本日の面談ですが、少しの間お待ちいただけますか?」

 園長の言葉に、アラタは一瞬だけホッとした。しかし、すぐに疑問がわく。

「相沢百香さんに、何か?」

「ええっと……」

 一瞬、園長の目が事務室内を見回した。

 職員は皆出払っている様子で、事務室には園長とアラタしかいない。

「今……いなくなった彼女を皆で探している最中なのです」

「いなくなった!?」

 園長の言葉に、アラタの顔が真っ青になった。

 脱走。行方不明。始末書。

 その三つが即座にアラタの脳裏に浮かんだ。

「いえ、園内にはいるはずです。門番に確認しておりますので」

 園長が慌てて言葉を足した。

 ひとまず、アラタは胸を撫で下ろした。

 園外に逃げたのならば大事だが、敷地内にいるならば防衛部に人を出してもらう必要はない。

 とはいえ、はた迷惑なことに変わりはなかった。

 またあのガキは、厄介事を起こして……。

 アラタは軽い頭痛を覚えた。

「そういうことでしたら人手が必要ですね。私もお手伝いしましょう」

 待魂園の敷地は広い。人手が多くて困ることはないだろう。

「し、しかし……アラタ管理官のお手を煩わせてしまっては――」

「どのみち、転生者がいなくては、仕事ができませんからね。手早く探し出しましょう」

 アラタは園長にそう笑いかけると、事務室を後にする。

 待魂園の玄関から外に出ると、肺から空気を抜くように息をもらした。

「ったく……手のかかるワガママ娘め。見つけたら説教の一つでもしてやらないと収まらん」

 恨み言を呟きながら、左手首にはめた腕輪型の共鳴(きょうめい)()に視線を向ける。

 管理官の証である襟元のバッジとともに支給された、権限執行のための道具だ。

「有事じゃないから申請が面倒だが……くだらないことに時間を割いてられるか」

 ため息まじりに呟き、指先で腕輪に触れる。

「管理官権限の執行要請。執行要請者はアラタ。管理官IDはXXX-XXX-XXX。権限の行使内容は人探し。範囲は待魂園の敷地内です」

 腕輪にはめ込まれた宝珠から虚空に映し出された画面に「申請中」の文字が流れる。

 しばらく待っていると、女性の声が事務的に伝えてきた。

〝要請を受諾。地上より上空三十メートルまでの範囲限定での使用を許可します〟

 よしっ、とアラタは目に魔力を集める。

「管理官権限執行、鷹の目」

 アラタの黒い瞳が、猛禽類のような黄金のそれに変化した。

「管理官権限執行、身体強化、からの跳躍っ!」

 アラタは地を蹴って待魂園のはるか頭上へと飛び上がる。

 管理官権限の一つ、機能(きのう)借用(しゃくよう)だ。

 異世界間仲介管理院で働く管理官は、異世界を行き来する数多の事象を相手取り、日々の管理業務に従事している。時に荒事への介入や現地視察に赴くこともある中、身を守る術がないと業務に支障が出る。

 そこで、異世界の神々は管理官へ特別な権限を保証する契約を締結した。

 神々の加護を、業務で必要と判断した範囲に限定し、無条件に付与するというものだ。

 それを、管理官権限と呼ぶ。

 機能借用の権限は乱用を防ぐため、有事を除いた執行には必ず管理部の権限管理課へ執行申請することになっている管理官権限の一つだった。

 アラタは探索に特化した猛禽類の目と、強靭な脚力を誇る動物の跳躍力を一時的に自身の身体能力として借り受けたのだ。

 アラタはぐるりと園内を見渡す。無数の人が園内を動き回っているのが見えた。おそらく、百香を探している待魂園の職員たちだ。

 ならば、その中でじっと動かないのは――

「……いた」

 虚空を蹴って、そのまま百香の隠れる茂みへ直行する。着地直前、再び虚空を右足で軽く蹴って勢いを殺した。

 アラタが地上に降り立つと、膝を抱えて丸くなっていた百香がびくりと体を震わせた。

 驚きのあまり口を大きく開けて呆けている。

 その様子に、アラタは少しだけ胸がスッとした。

「相沢百香さん、こんなところで何をしているのですか?」

 やや非難混じりになってしまったが、努めて丁寧な言葉遣いを心掛ける。

 立ち上がるとき、制服についた土埃を片手で掃い、彼女の傍へ歩み寄った。

「この時間には面談をすると、前回の面談の後にお話ししましたよね? 前日にも待魂園の職員さんを通じてお知らせしておいたはずです。一体、どうしてこのような――」

「うそでしょ……」

 百香が目を見開き、わなわなと全身を震わせている。その異様な様子に、アラタも足を止めた。何事かと百香を凝視する。

 もしや、怖がらせたのだろうか。

 事前に受け取った資料によると、百香の生きた世界では魔法技術はまったく発展しなかったと記載されていた。科学技術による発展を遂げた世界では、機械などの道具を使って人間の文化圏拡大を図っていることが一般的だ。ならば、魔法に馴染みのない人々が、目の前でいきなり生身の人間が空を飛んだりするさまを見たらどう思うか。普通なら、恐怖を覚えるだろう。

 さすがに、配慮すべきだったか。

 アラタは少し前の自分の軽率さを呪った。

 これでは百香との距離は縮まるどころか、ますます遠のいてしまう。場合によっては致命的な破綻だ。始末書は避けられないかもしれない。

 アラタは軽く頭を振って、脳内の思考を余所へやった。

 今はとにかく、相沢百香の精神的ケアが最優先である。相手を傷つけた以上、最低限のケアはするべきだ。

 アラタは百香の傍にしゃがむと手を差し伸べた。

「驚かせてしまい、申し訳ありません。あなたがいなくなったと園長より聞き、探しに来ただけなのです。決して、あなたを傷つけることはありませんので、どうかご安心ください」

 百香の震える手が、アラタの腕を掴んだ。思いのほか強い力で、アラタは反射的に身を引いた。

 アラタを凝視する幼い瞳が、どこか輝いているように見える。


「すっごぉおおぉっい!! 何なに今のっ!! 空、飛んでた!? 空から落ちてきて無傷だったよね!? それも転生したらもらえる能力なの!?」


 アラタの腕を掴んだまま、百香が興奮した様子で叫んだ。キンッと耳鳴りがして、アラタは空いている方の手で咄嗟に耳を覆う。しかし、百香の追究は止まらない。

「ねぇねぇっ! さっきの、もう一回やって! シュバッ、ズドンッてやつ! 他にも違う魔法とかもあるの? 全部見せて! それって私も使えたりするの? ねぇねぇ、教えてよ!」

 百香はアラタの腕を掴んだまま、ぐいぐい身を乗り出してくる。

 怖がるどころか、興味津々のご様子だ。

 アラタは思わず苦い顔になる。

 怖がらせたわけではないようだが……面倒くさいことになった。

 アラタが立ち上がっても、百香は掴んだアラタの腕を離そうとしない。むしろ空いている方の手で制服も掴まれ、前後に激しく揺さぶられる。

 アラタは遠い目を頭上へ向けてひたすら耐えた。

「そんなことより、何故こんなところに隠れていたんですか?」

 アラタは舌を噛まないように百香へ問いかける。

「そんなことどうでもいいじゃない! それよりも、ねぇ、魔法もっかい見せてよ! やっぱ攻撃魔法とかも使えるの?」

 百香はひたすらアラタの制服を掴んで揺さぶる。こちらの話をまったく聞こうとしない様子に、アラタは苛立ちを覚えた。それでも声を荒げることなく、事務的な口調で続ける。

「どうでもよくありません。あなたがいなくなったと知って、職員の方々がどれほど心配していたか。今もあなたを必死に探し回っているんですよ」

 アラタはさりげなく百香の腕を外し、咳払いをして彼女を見下ろす。

「何か理由があったのなら、せめて職員の皆さんには一言声をかけてください。私との面談も場所の指定はありません。室内が嫌なら、外の長椅子(ベンチ)で話す分には問題ないので――」

「心配、ねぇ……」

 百香が小さく呟いた。

 アラタは途中で言葉を飲み込む。


「大人はみんなそう言って、実際には何もしないよねぇ」


 顔を上げた百香の表情に、アラタはゾッとした。

 まるで害虫を見る目だ。憎悪すら感じる。暗く淀んだ黒い目が、アラタを射抜く。そこには有無を言わさぬ気迫があった。

 普段は子どもらしく笑っている顔が、あらゆる感情を削ぎ落したそれに変貌していた。

 目の前にいる少女は、一体何だ?

「相沢……百香、さん?」

 アラタは戸惑いがちに少女の名を呼ぶ。

 百香はアラタから目をそらすと、数秒、地面を見つめて黙り込んだ。次に顔を上げた時は、いつもの生意気な笑顔がそこにあった。

「それで? 私はいつその力をもらって異世界に転生できるの?」

 百香は身を乗り出してひたすらせがんでくる。

「ねー、ねー……私にもさっきの能力ちょうだいよー。絶世の美少女で何でもできる魔法が使えて、超モテて、武術ができて空も飛べて私に絶対忠実なイケメンの従者がほしいの!!」

「あの、要望増えてないですか?」

 制服の裾を掴んで強請る百香に、アラタは顔を引きつらせた。

「ですから、無理だとお話したでしょう。私は所詮、仲介者です。転生先の神々へあなたの要望を伝えることはできても、それを実行することができないのです」

「えー、ケチ!! いいじゃない! 何も神さまにしてくれって言ってるわけじゃないんだし」

「ダメなものはダメなんです」

 そこからは昨日とまったく同じやり取りだった。

 百香が要求を突きつけ、アラタが無理だと突っぱねる。

「ちょうだい!」

「ダメです!」

「おじさんのいじわる!!」

「私はおじさんじゃないっ!!」

「アラタさぁん、百香のお願い、聞いてぇ~!!」

「甘えた声で言っても、ダメなものはダメ!!」

 途中からつい敬語が外れてしまったが、今のアラタにそんなことを気にかける余裕はなかった。

 茂みの中で「ちょうだい」「ダメ」と二人が押し問答を繰り広げているところを、百香の捜索に駆り出されていた待魂園の職員たちが発見したのは、それから間もなくのことだった。


Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2020

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