File3-16「疑惑」
ジツはファイルを脇に抱えたまま、小走りに中央塔の回廊を進んでいた。
場所は中央塔の東尖塔。
そこの一階に並ぶ小会議室の前でジツは足を止める。
周囲を見回し、呼吸を整えると小会議室の扉を開けて身を滑り込ませた。
「アラタさん、オギナさん、お待たせしました」
会議室には、すでにアラタとオギナの二人がジツを待っていた。
「すみません、連絡の引継ぎに手間取りまして」
ジツが合流すると、オギナが重い口を開く。
「忙しいのに、呼びつけてごめんね。実は二人に相談したいことがあってさ」
オギナはそう言うと、腕にはめた共鳴具に触れる。
薄暗い会議室内に、いくつもの画像が表示された。
その中に見知ったグラフデータを見つけ、アラタはオギナを振り返った。
「オギナ、このデータはっ……」
「そう、今は上位権限のみの閲覧になっている。事前にコピーをしておいてよかったよ」
オギナは満面に笑みを浮かべ、虚空に浮かんだ画像を睨み据える。
「大きな増減はないと思うけど、迷魂の増加と魔王出現数の増加、この時期が重なりを見せていることはグラフを見ればわかるね?」
「はい。飛躍的な箇所にとどまらず、小・中規模の値に対しても、前後で迷魂の増加が見られますね」
ジツは静かに頷き、アラタとオギナへ視線を向ける。
「今回、神々から発せられた戒律と、このグラフが指し示すデータが関係している。お二人はそうお考えなのですね」
ジツの言葉に、アラタとオギナは頷いた。
「それと、俺は装備部での一件も決して無関係とは思えないんだ」
「どういうことだ?」
オギナの言葉に、アラタは首を傾げた。
これを見て、とオギナが三つの画像を拡大した。
それはアラタたちが魔法道具関連管理課の事務室で目にした帳簿と物品の管理表、出納リストだった。
「これだけだと分かりづらいから、迷魂が増加した年代と同時期に出納された物品を赤で色付けすると……」
オギナの人差し指が虚空を撫でる。すると、彼の意思に従って、拡大された物品の管理表と帳簿、出納リストが赤で色付けされていく。
「鏡光石の粉末、封魂石の純結晶、死神の姿隠し……物は違えど、どれも魂を封じる、あるいは隠す役目のある材料ばかりです!」
色付けされたリストを一瞥し、ジツは愕然と呟いた。
その材料の出納先は――すべて「防衛部」だ。
「封魂監の護送車は堅牢な造り。転生者が自力で逃げ出すことは難しい。万が一、逃げ出せたとして、防衛部の管理官は鏡光石を埋め込まれた拘束具を所持している。脱走した転生者を拘束するなら、それで十分だ。これほどの物品を別途、取り寄せる必要性はないはずだよ」
オギナは指摘し、新たに画像を一つ表示させた。
箇条書きにした年表のようだ。
「迷魂・魔王出現のグラフで高い数値を示している六百年前は、現在の院長が就任して間もない頃だね。主な事件としては魔王の軍勢による、異世界間仲介管理院への侵攻があった。記録では、アディヴの地に踏み込む前に鎮圧されたとある」
「次にグラフの数値が高いのは、五千年前ですね。その年に起きた事件は――」
ジツの目が、映し出された年表をたどる。
「管理官による、転生者遺棄事件だよ」
オギナの声が、静まり返った会議室内でやけに大きく響いた。
転生者遺棄事件。
今から五千年以上も昔――異世界間仲介管理院が創設され、その業務が次第に体系化されてきた頃のことだ。
一部の管理官が受け入れた転生者を報告せず、無断で遺棄したという事件が起きた。
その手法は転移方陣を使い、転生者を本来送り出す異世界とは別の次元へ送り込むというシンプルなものだ。
当時の異世界間仲介管理院は急成長を遂げる異世界間連合の対応に追われており、深刻な人手不足の最中にあった。転生者を異世界へ送り出す際にも、見送りは担当管理官のみが立ち会うというのが通例となっており、管理部の監視も今ほど徹底されたものではなかった。
異世界間仲介管理院の上層部が気づいた時には、すでに数えきれないほどの転生者の行方がわからなくなっていた。事件に関わった管理官が、それぞれの部署において隠蔽を行える立場にあったことと、彼らの指示の下、知らずに事件の手助けをしていた者も複数いたということがさらに現場を混乱させた。
当時の院長は事件に関わったすべての管理官の資格をはく奪。
その魂の消滅を持って断罪した。
異世界間連合の神々の助力を受け、異世界間仲介管理院は遺棄された転生者の保護に奔走した。
しかし、結果は遺棄されたと思しき転生者の二割も助け出せなかったと言われている。
異世界間仲介管理院の創設以来、最も悲惨な黒歴史となった事件である。
「この事件の記録にたどり着いた時、俺は以前、先導者のツイさんが話していたことを思い出したんだ」
オギナは静かな声で、ぽつりと言った。
「五千年前、転生者遺棄事件を受け、異世界間仲介管理院は冥界の死神たちにも助力を乞うた。死神は捜索対象とする転生者、その魂に刻まれた記憶や感情を読み取ることで転生者と迷魂を選別している。でもそれは、魔法による妨害がないことが前提だ」
アラタとジツは息を呑んだ。
オギナが言わんとしていることに、思い至ったからだ。
「つまり……装備部から消えた備品を使って、転生者の魂を迷魂に偽装した?」
アラタは自分の顔からサッと血の気が引いたのを感じた。
ジツも愕然とした様子で言葉も出ない。
「これは異世界間気象観測課から得たデータね。迷魂が著しく増加した世界軸線を見てみて」
オギナはそうして虚空に地図を映し出した。
銀河の星屑が散らばる世界地図に、紫色で色付けされている。
それが迷魂の増加が見られた区域だろう。
「まさか……すべて境界域での現象なのか」
アラタの指摘に、ジツも「あっ!」と声を上げた。
境界域とは、それぞれの神々が治める世界と世界の狭間である。
人間の世界に例えるなら「国境線」のようなもので、神々が互いに干渉しないと定めた区域である。
「何の前触れも、明確な原因もわからないまま、ある日突然境界域に迷魂が増加した。そして、迷魂が増加した境界域において、魔王の出現時期も重なっている。これって、本当に偶然かな?」
オギナの青い瞳が、アラタとジツに向いた。
「魔法による偽装と境界域での急激な迷魂の増加……俺は、今回の一連の事件も五千年前の事件と同じようなことが起きているんじゃないかと考えた。むしろ、その可能性に思い至った時、妙に納得したよ」
「それが本当なら、急いで止めないとっ! 上層部にこのことを知らせましょうっ!」
ジツが身を乗り出して叫んだ。
「無駄だ」
アラタはギリッと歯噛みする。
オギナも緩く両腕を組み、頷いた。
「そうしたいのは山々だけれど、確たる証拠がない。今、俺たちの目の前に広がっている資料は、今回の一件に関する直接的な証拠にはなり得ないからね。せいぜい、論拠の補填程度だよ」
「そんなっ……これだけの、データがあるのに!?」
「俺たちは直接、転生者が遺棄された現場を目撃したわけではないからな」
「そんな悠長なっ! 今もこうしている間に、転生者の方がどことも知れない境界域に放り出されているかもしれないんですよ!?」
ジツの気持ちは、アラタとオギナにも痛いほどわかる。
「そうだ……この前、防衛部の人が魔法道具関連管理課の事務室に忍び込んでいたのを見たじゃないですかっ! それが根拠になりませんか? 僕たち三人が、しっかりとこの目で――」
「不法侵入したのは俺たちも同じだろ?」
オギナが指摘すれば、ジツはグッと唇を引き結んだ。
彼の握りしめた拳が、小刻みに震えている。
「それでも、僕は納得できません!」
ジツが絞り出すように呻き、首を横に振った。
「ジツ、俺たちは管理官だよ。感情で物事を判断しちゃいけない」
オギナが咎めるようにジツを諭す。しかし、ジツは栗色の髪を乱し、なおもオギナに詰め寄った。
「だって、納得いかないものはいかないんですっ! 倉庫の備品が消えたって騒ぎになった時もそうですっ! 僕はやってないのに、周囲は僕が犯人だと決めつけた。疑いが晴れた後も、上司や先輩が僕に何て言ったか……お二人はわかりますか? 疑われるような行動をした奴が悪いって言ったんです。違うでしょうっ! 悪いのは実際に、備品を盗んだ奴でしょうっ!?」
ジツは目に涙をためながら、アラタとオギナを睨んだ。
「悪いのは転生者を遺棄した側です! 意図的に仕組まれた魔王の出現に、異を唱える神々の判断は正しいですよっ! 僕だって、転生者にこんな……こんな仕打ちはあんまりだ。僕は転生者の方々に、辛い思いをしてほしくて管理官になったわけじゃありませんっ!」
「ジツ……」
オギナが本格的に泣き出したジツの肩に手を置いた。
アラタも己の拳をグッと握りしめる。
――不確かな状況証拠だけで、結論を出すな!
ツナギの叱声が、アラタの脳裏に蘇る。
今、上層部は緊急会議を開き、神々の「戒律」について本格的な調査をするために動いている。
アラタたちはその会議で決定された役割をこなし、事態の鎮静化に務めることが管理官として正しい行動だろう。
しかし、アラタは一歩、前に出た。
「なら、確かめるか」
おもむろに呟いたアラタに、オギナの怪訝な顔が向いた。
「アラタ?」
アラタは己を見つめるオギナとジツを見据える。
「オギナの推測通り、転生者を迷魂に偽装し、境界域に遺棄しているなら、それ相応の設備がいる。その現場を押さえれば、上層部も納得するだろう」
――犯した過ちには、相応の罰を受ける。当たり前のことです。
タダシの言葉が、アラタの揺れる心を固めた。
管理官の役目は、転生者の想いを汲み取ることだ。
アラタは挑むように、断言する。
「管理官の責務を放棄した連中を、野放しにしてたまるか」
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