File3-15「会議は荒れる」
緊急会議が行われている、第一会議場。
中央に発言者が上る発言台があり、それをぐるりと取り囲む形で座席が並ぶ扇形の会議場だ。
中央塔の三階――通称「議事堂」とも呼ばれるその大きな会議室に、各部署の課長・部長の肩書を持つ管理官たちがその険しい顔を突き合わせていた。
唯一の空席は装備部部長の座席のみで、その傍らに補佐官であるスバルが難しい顔で何やらペンを走らせていた。
ナゴミはスバルを一瞥すると、ふっとため息をついた。
何だか重なるねぇ……。
ナゴミは欠伸を噛み殺しながら、さらさらとペン先を紙面に走らせた。
つい数日前にも、装備部における備品の不正が発覚したばかりである。
上層部が事態を重く受け止め、監査を行うために動こうとしていたところだった。
そこへ異世界間連合を経由して発せられた「戒律」だ。
偶然だろうか……。
ナゴミは思案気に手元の万年筆をくるりと回す。
見晴らしのいい会議場の発言台では、議長――管理部部長、シルスが事態の概要を説明している。それを何となく聞きながら、ナゴミは唸った。
神々が「戒律」を発するということは、ちゃんと根拠があってのことだ。
間違いでした、で取り消せるほど、神々の世界も甘くはない。
異世界間仲介管理院による魔王誕生のほう助。
戒律が挙げるその根拠は、昨今の急増する迷魂の多さだと主張している。
「迷魂がもたらす歪みに影響され、魔王の出現が誘発されている。これは異世界間の問題を野放しにした異世界間仲介管理院の怠慢であり、魔王誕生を促したとしても過言ではない」
ナゴミは軽く鼻を鳴らした。
迷魂が魔王の誕生を促進したなどと、そのような話は今まで聞いたこともない。
迷魂とはその名の通り、行き場を失った魂である。
死神でさえその魂を導くことができず、異世界間連合の神々は救いの手を差し伸べる必要なしと放置の有様だ。
仮に異世界間仲介管理院が保護に乗り出したとしても、受け入れる神々がいないのではどうしようもない。
だからこそ、迷魂に関する問題は長年放置されてきた。
実際、放置しておいてもどこの世界にも帰属できず、神々の脅威にはなり得ない。後は自然消滅するのだから、神々としても進んで面倒事を抱え込むような真似はしなかった。
「おい、遊ぶなよ」
傍らから、不機嫌な声がナゴミを注意した。
真っ白な毛並みに、わずかに青が混じった氷狼が呆れたように鼻を鳴らす。
議場のテーブルにしっかりと前足を揃えて乗せ、彼専用の椅子に行儀よく後ろ足を畳んで座っている。
その様子は、まさに犬だ。
魔法で大きさを調整しているとはいえ、目の前の氷狼を「犬」と呼ぶのはナゴミともう一人の同期くらいだろう。
「上手く描けたと思わない?」
ナゴミはどこか自慢げに、配布された資料に書き込んだ絵を傍らに座る転生者調査課の課長――セツナに見せた。
そこにはセツナをデフォルメ化して描いた、ナゴミ渾身の作品が愛嬌を振りまいている。
「……キモイ」
「ひどい、せっかく描いてあげたのに」
「俺をおちょくっとんのか、こ゛ら゛」
「セツナ、ナゴミ、いい加減になさい」
ナゴミの左隣に座った眼鏡の女性が、呆れ顔でため息をついた。
赤い縁の眼鏡をかけた彼女は、整った柳眉を僅かに歪め、煩わしそうに首を振った。
異世界転生部の転生者監視課の課長、ライラである。
「ライラくん、きびしー」
「あんたたちが緩いだけよ」
「おい、俺を入れるんじゃねぇ」
「類は友を呼ぶわ」
「あ゛ん゛?」
ライラはセツナやナゴミの言葉を一蹴する。
「それにしても魔王出現を誘引しただなんて、戒律まで発したからには何かしらの根拠があってのことよね?」
ライラもそのことに引っかかっていたようだ。思案気に首を傾げる彼女はとても艶めかしい。
「まぁ、これもきっかけの一つに過ぎないんだろうけどねぇ」
ナゴミも頬杖をついたまま、ため息をついた。
「噂じゃ、神々の無条件の加護付与を撤廃するって一部の神連中が騒いでいるらしいぞ。無条件の加護付与ってのは、神々にとっちゃ屈辱以外の何物でもねぇからな」
セツナもあっさり同意した。
異世界間連合へ加盟するにあたり、いくつかの加盟条件が存在する。
その中の一つに、異世界間仲介管理院に在籍する「管理官」資格を所持したすべての魂に、神々は無条件ですべての加護を付与しなければならないという項目がある。
異世界間仲介管理院が担う業務の広さや過酷さを思えば、当然ともいえる処置である。
しかし、この加盟条件には多くの神々が不服を申し立てた。
そこで妥協案として、異世界間連合は異世界間仲介管理院に対し、管理官が神々より得られた加護の乱用を禁じるよう求めたのだ。
そのため「管理官は業務上必要と判断する場合においてのみ神々より与えられた加護を執行すること」と異世界間仲介管理院業務規則の条項に明記された。
それでも、未だに無条件の加護付与に関しては反対派が多いのも実情だ。
それだけ「アヴァリュラスの永獄」の恐怖は、今なお神々を震え上がらせるに十分な効果を有していると言っていい。
過分な加護は身を亡ぼす。
だからこそ、昨今の神々は召喚した勇者に対しても、度々試練を課すようになった。神々への忠誠心と世界への慈愛を確認した上で、新たな加護や力を授けるという手順を踏んでいる。
「本当……神さまってのは勝手だよねぇ」
ナゴミはくるくると指先で万年筆を回しながら呟いた。
異世界間連合に加盟し、良質な魂は手に入れたい。
しかし、異世界間仲介管理院の力が強まり、自分たちを脅かすのは避けたい。
神々としても切実な悩みゆえに、異世界間仲介管理院の動きに神経を尖らせているのだろう。
不意に、会議場で手を挙げた者がいた。
「防衛部部長、ラセツ」
体が人より一回りも大きいラセツに、その場にいる全員が視線を向けた。つるりとした禿頭が目を引く、厳めしい武人面が発言する。
「神々の主張も、まったくの的外れではない」
ラセツはそう前置きし、続けた。
「先導者から、ここ数十年で迷魂が増加傾向にあるという話を耳にした。そこで異世界間防衛軍を中心に異世界間監視団、異世界間紛争仲裁課において状況を確認。結果は――」
「魔王出現の世界領域において、迷魂の極端な増加を確認した……ですか?」
ラセツの言葉を、一人の男性が横から奪った。
異世界召喚部部長、カルラだ。
鳥のように縦に裂けた眼光と、鋭く尖った両耳が特徴で、青い髪のせいかその白い肌が病的なまでに浮き上がる。
発言を遮られ、ラセツがカルラを睨みつける。
対して、カルラは飄々としていた。
食えない笑みを浮かべたまま、その場に集った面々に告げる。
「魔王討伐のため、勇者召喚要請が真っ先に届くのは我々、召喚部のところですので。先の異間会議において、転生部の方が対策案を提示してくださいましたが……あくまでも応急処置に過ぎません。魔王出現の直接的な原因は現在も調査中です」
「はっ、どうだか……」
ラセツが即座にカルラに食って掛かる。
「迷魂の増加を認識していながら、それを放置していたのではないか?」
「おや、そのような邪推は心外ですね。我ら異世界召喚部は異世界間での召喚者の身の安全の保障、ならびに魔王討伐における後方支援。そして事後処理などを担当しています。魔王に対する研究は、あくまでも召喚者を補佐する上で行っている業務。現時点において、迷魂と魔王との直接的な関連が見られない以上、こちらとしても無駄な労力を割くことはできません。むしろ、迷魂の不始末は異世界転生部の責任では?」
カルラが口元に笑みを浮かべたまま、ナゴミたちの方を振り返った。
正確には、ナゴミたちの前に座る転生部の部長に対してだ。
輝く黄金の長髪を背に流した美女は、氷のように冷めた顔をラセツとカルラに向けている。
「召喚部の仰る通りですわね。迷魂はいわば行き場がないだけの転生者。その対策は転生業務に長けたわたくしたちの管轄ですわ。しかし……」
美女は顎にそっと指先を添えると、意味深な視線をカルラに向ける。
「魔王の出現を自作自演、わたくしには神々がそのようにおっしゃる心情も少なからず理解できますわね」
美女の口元が三日月のようにつり上がった。
「異世界間仲介管理院における魔王研究の第一線は異世界召喚部ですわ。その膨大な研究データを抱える貴方たち召喚部が、魔王増加の予兆を把握できないばかりか原因に対しても未だ調査中などと……怪しまれても仕方ありませんわね」
カルラは表情を崩さない。
しかし、会議場の空気が一層緊迫し、冷え切ったのを肌で感じた。
「あー、始まったな」
セツナが軽く頭を振って呻いた。
「部長たち、仲悪いもんねー」
ナゴミも頬杖をついた状態でやれやれと苦笑を浮かべている。
「セイレン様、もうその辺りで……」
ライラが美女の耳元で即座に自制を促した。
セイレンは軽くため息をつくと、管理部の部長に視線を向ける。
「異世界転生部は、すべての転生業務を一時停止とし、増加傾向にある迷魂の原因究明に当たりますわ。また、魔王が再び増加することを懸念し、転生者監視課から防衛部へ人手を派遣いたしましょう」
「召喚部も召喚者の召喚・派遣業務を一時ストップさせます。とはいえ、うちは勇者支援がありますので人員を割くことはできません。いつものように異世界間調停課が防衛部と連携して業務にあたりますよ」
カルラも軽く手を挙げ、セイレンに倣った。
「防衛部は異世界間防衛軍を魔王出現世界域に派兵する。院長にはすでに許可を取った。ただ防衛部の人員の大半が異世界へ出払ってしまうため、異世界間仲介管理院にとどまる管理官各位にはくれぐれも自衛手段を怠らぬよう周知を願う」
「それは管理部権限管理課からすべての管理官へ周知いたします」
ラセツの言葉に、管理部の部長は即座に請け負った。
それから細かい調整や実施事項を確認した後、明確な打開策が出ぬまま、緊急会議はいったん閉幕したのだった。
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