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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
一章 管理官アラタの異世界転生仲介業務

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File3-13「解決」

 アラタとオギナは、仕事が終わると急ぎ寮への帰路についた。

 自分たちの部屋がある五号棟を過ぎ、やや奥まった三十五号棟へ上がる。三階の端の部屋がジツの寮室だ。

 訪いを告げれば、すぐさまジツが出てきた。

 彼はアラタの姿を見ると、ホッと安堵したようにため息をついた。

「アラタさん、無事でよかった……って、その頬の湿布はどうしたんですか?」

 ジツの指摘に、アラタは苦笑を浮かべた。

「少し、やらかしてな。大した怪我じゃないから気にするな」

「そう、ですか……」

 ジツはアラタの言葉に素直に頷くと、アラタとオギナを自室に招き入れた。

「何ももてなしはできませんが……あ、コーヒー淹れますね。どこか適当に座って待っていてください」

「ああ、お構いなく」

 オギナは遠慮したが、ジツは笑顔で首を横に振った。

「お二人にはお世話になりっぱなしなんです。せめてこれくらい、させてください」

 そう言われてしまえば、オギナも引き下がる。

「じゃ、お言葉に甘えて。あ、俺は砂糖いらないよ」

「俺もそのままで」

「わかりました」

 ジツは頷くとキッチンに立って湯を沸かす。

 その間、アラタとオギナは思い思いに床に腰かけた。

「さて、さっそく情報のすり合わせをしておこうか」

 オギナの言葉に、アラタは頷いた。

 さすがに異世界間仲介管理院の敷地内では誰の耳があるかわからない。

 仕事が終わるまで、アラタとオギナは普段通りの雑談のみを交わして一日の業務を終えた。何より、当事者であるジツもいた方がいいだろうというオギナの配慮もある。

「昨日、魔法道具関連管理課の事務室で遭遇した二人のうちの片割れ、その正体が特定できたよ。二十八号棟の寮室に入っていって、表札(ネームプレート)を確認した」

 オギナはさっそく、昨日アラタと別れた後の動きを説明してくれた。

「名前はカトラ管理官。ジツの話だと、装備部魔法道具関連管理課に所属する管理官で、主に物質分解と解析を手掛けているそうだよ。最近だと、異世界間物流管理課から届けられた試料から様々な物質の抽出・鑑定に携わっているらしい」

「正直、とても取っつきにくい人です。いつも黙々と作業ばかりされていて、話しかけても無視されますから」

 湯が沸騰したのを見て、ジツは火を消した。

 用意した三人分のマグカップにコーヒーの粉末を入れていく。

「じゃあ、昨日俺たちが見たあのリストや帳簿の記録はどうなったんだ? カトラ管理官は魔法道具関連管理課の所属だから、すぐにでも記録を差し替えることが可能なんじゃ……?」

「それが驚くことにね。俺たちが見たあのファイル、すでに上層部へ回されたらしいんだよ。装備部の別部署の女の子から聞いたんだけどね。装備部の記録をすべて照合し直すって言って、装備部部長名義で記録の提出を求められたらしいんだ」

 オギナの顔が険しくなる。アラタも目を細めた。

「動きが迅速すぎやしないか? 昨日の今日だぞ?」

「うん。正直、タイミングが良すぎて、俺も気味が悪いよ」

「でも、結果的には奴らが不正を隠せなくなりました。そう思えば、結果よければ何とやらです!」

 ジツが嬉しそうに笑う。ほどよく冷めた湯をマグカップに注いでいく。

「俺としては装備部の部長が命令を発したって言うことの方が驚きだけどね。なんせ、あの装備部の部長だよ?」

 オギナが納得いかないように首を傾げるのも無理はない。

 装備部をまとめる部長、シアンは異世界間仲介管理院きっての変人としてその名を知らない者がいないほどの有名人である。

 シアンの名前を知らないものがいないにも関わらず、その容姿を目撃した者は一人もいない。シアンは部長室を研究所として自分専用に改造し、その部屋に閉じこもって出てこないからだ。研究に没頭するあまり、日々の業務にはとんと無頓着で補佐であるスバルに丸投げの状態だと聞いたことがある。

 装備部部長の研究室ではどのような研究が行われているのか、彼の補佐であるスバルすらその全容を把握できていないと噂されていた。

 異世界間仲介管理院の七不思議があるとすれば、まず三本指の一本には入るだろう。装備部部長シアンはそれほど、謎に包まれた人物である。

「まぁ、でも……経緯はどうあれ、ジツの無実はもうすぐ証明されるだろうね。なんせ、あの記録では、倉庫の備品が消えたのは今年に限った話じゃないから。一応、内容もコピーを取って、万が一にも備えたけど……問題なさそうかな」

 オギナは笑って己のこめかみを指先で叩いた。任意で行使できる管理官権限「即時(そくじ)記憶(きおく)」を使用したようだ。

 さすが、抜け目ない男である。

「アラタの方はどうだった?」

 ジツが差し出してきたマグカップを礼とともに受け取り、アラタは一口すすった。ほどよい苦みが、アラタの気分を落ち着かせる。

「もう一人は防衛部の人間だった」

 アラタは一息つくと、オギナたちと別れてからの出来事を語った。

 話を聞き終えると、「うわー……」とオギナが声を上げた。

「その頬、ツナギ先輩にやられたのね」

「僕のせいで……本当に、すみません!」

 同情のまなざしを向けてくるオギナと、顔を真っ青にして土下座する勢いで頭を下げるジツ。アラタは複雑な表情で軽く手を振った。

「実際、ツナギ先輩の方が正しいから。これは自業自得だ。だからジツが謝ることじゃない」

「でも……」

「まぁ、考えようによってはよかったのかもしれないよ。タダシ管理官と接触して、無断外出した防衛部の管理官の存在を報告したんだ。彼が再度、部下たちに釘を刺すことで、昨日の人物はしばらく表立って動くことができなくなるだろうから。その間に記録の不正が明らかにされれば、院長が監査に乗り出すと思う」

 オギナが自前の塩をコーヒーに注ぎ入れながら、満面に笑みを浮かべた。

 ジツが角砂糖を手にしたまま、オギナの手元を信じられないと言わんばかりに凝視している。

「俺たちが期せずして、ファイルを持ち出したことが功を奏したようだね。よかったね、アラタ。これでただの殴られ損に終わらなくて済む」

「おかげさまでな」

 アラタは微妙な顔でコーヒーをすすった。

「ジツの謹慎も、すぐにとけるだろう。もう少しの辛抱だな、ジツ」

 アラタの労いに、ジツは嬉しそうに頷いた。

「本当に、ありがとうございます! そうだ! この前、休みに買っておいた洋菓子があるんです! 事件解決の記念に食べましょう!」

 ジツはそう言って、キッチンへ戻っていった。

「別に気を遣わなくても……」

「どのみち、一人じゃ食べきれないんで!」

 包丁を片手に笑ったジツは、パウンドケーキを三人分、均等に切り分けていく。

 彼の背後では、オギナとアラタが近々また三人で飲みに行こうと相談する声が聞こえた。

 ザクッとパウンドケーキのナッツが包丁の刃で割れた。

 それを見下ろし、ジツはそっと微笑む。


「うーん、このまま『おしまい』じゃ困るかなぁ……」


 小さく呟かれた彼の声は、談笑するアラタとオギナの耳には届かなかった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2021

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