File3-12「叱責」
重い沈黙が、アラタとツナギを包んでいた。
アラタはちらりとツナギの背へ視線を向ける。
何故、先輩がここに?
前を進むツナギの背を見つめ、アラタは何度となく胸の内で呟く。
――いつまで待っても戻らないから心配したぞ。
ツナギは確かに、アラタとタダシを前にしてそう発言した。あたかも、今まで一緒に残業していたかのような口ぶりだった。
アラタはツナギの背を注意深く観察する。彼女の歩調に乱れはない。背筋を伸ばし、普段通りに振舞う彼女が今のアラタにはひどく恐ろしかった。
先輩は、一体どこまで知っているのだろう。
アラタは唇を引き締め、悩んだ。
もしも、魔法道具関連管理課の事務室に侵入したことがバレた場合、それこそアラタの管理官資格がはく奪される可能性がある。
そう考えると、アラタの胃の腑がキュッと痛んだ。
ぐるぐると疑問が頭を巡る中、アラタとツナギは中央塔の正面玄関までやってきた。
中央塔の正面玄関にたどり着くと、ツナギが唐突に足を止めた。
くるりと身を翻したかと思えば、アラタの左頬に痛みが走る。
小気味いい音が、夜の玄関口に響いた。
ツナギの振り上げた右手が、アラタの頬を張ったのだ。
「この馬鹿者がっ!」
ツナギの鋭い叱声が、じんじんと痛みを訴える頬に響く。
アラタは殴られた左頬に手を添え、ツナギを見下ろした。
「申し訳……」
「何故、あのような行動を取ったっ! 下手をすれば部署間の不要な軋轢を生むところだったのだぞっ!」
腕を組み、眉を吊り上げた彼女は続ける。
「だいたい、何故こんな時間まで敷地内に残っていた!? 今、お前が抱えている案件に、急を要するものはなかったはずだろう!」
「それは……」
アラタは口ごもる。
ジツのことを話せば、魔法道具関連管理課の事務室で見聞きしたことを話さなければならない。それは避けるべきだと、アラタは咄嗟に判断した。今の状況で下手に事情を説明すれば、ジツにも被害が及ぶ。
「書類に不備があったことを思い出し、急ぎ修正をせねばと……そればかりに捕らわれてしまいました」
申し訳ありません、とアラタは深々とツナギに頭を下げた。
「この時間まで居残っていた理由があるなら、それはそれでいい。だが、他部署の管轄で何か懸念事項があったのなら、最初に私やナゴミ課長に相談するのが筋だ! お前が追ったその防衛部の人間が、実は無断外出などではなく、上司の命令で装備部へ急いで駆け付けた可能性もなくはないだろう! 不確かな状況証拠だけで、結論を出すな!」
アラタは黙って頭を下げ続けた。ツナギの指摘は上司として正しい。しかし、魔法道具関連管理課での事務室でのやり取りを知っているアラタからすると、今回のことはそうではないと声を上げたい衝動に駆られた。
ジツのために、ここは耐えろ。
アラタは歯を食いしばった。
「業務上、他部署への改善事項の通達には段取りを踏む必要がある! それもかなり慎重に時期を見て指摘するんだ! 何故だかわかるか!? 異世界間仲介管理院全体に関わる案件が降りかかった時、各部署が足並みを揃える必要があるからだ! 特に改善事項の指摘に際しては、必ず誰が見ても納得のいく理由と証拠を提示した上で行わなければ、それはただ相手の仕事にいちゃもんを付けていることと同じだ!」
ツナギは一息でそこまで言うと、そっと息を吐いた。自分を落ち着けるように腕を組み、眉間に深いしわを刻む。
「アラタ管理官。お前が防衛部と一緒に仕事をしたのは、封魂監での業務が初めてだ。だから防衛部のことを何も知らないに等しい」
声を低めたツナギに、アラタは顔を上げた。
「それは、どういう意味ですか?」
「言葉通りだ。戦闘が主な業務を担う防衛部の人間は常に気を張り続けている。極度の緊張状態を長い期間維持することは兵士一人ひとりの士気低下にも繋がる。そこへ他部署から細かいことを言われたら、爆発してしまうことだってあるだろう。実際、過去に暴力沙汰になったこともあるんだ」
アラタは息を呑んだ。
「防衛部に関わることは上司を通じて周知してもらう方が、我々としても衝突が少なくていい、とそういうことですか?」
「そういうことだ。ましてや個人的な恨みを抱かれて、後々仕返しをされるなど考えるだけで馬鹿馬鹿しいだろう? わかったら以後、私かナゴミ課長に必ず報告するんだ。わかったな?」
「肝に銘じます」
ツナギは不機嫌な顔のまま、門の方を指で示した。
「今日はもう遅い。明日、出勤したら事の経緯を改めて説明してもらうぞ」
「わかりました……」
アラタはそうして解放され、ツナギの鋭い視線を背に感じながら異世界間仲介管理院の敷地を後にした。
魔法道具関連管理課の事務室にあるファイルが気がかりだったが、今から戻ってもツナギがいる。
彼女の目はごまかせない。
今度こそ、何かしようものなら容赦しないだろう。
アラタは焦る気持ちを必死に抑え、オギナたちの後を追う形で管理官の寮区画を目指した。
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