File3-11「たどり着いた先」
オギナとジツと別れ、アラタは異世界間仲介管理院の広い敷地を横断していた。
いくらジツが手渡してくれた鉱石に姿隠しの魔法がかかっているとはいえ、だだっ広い場所では相手に気づかれてしまう。
アラタは慎重に距離を保ちながら、男の後を追った。
やがて、前方に高い防壁が見えてくる。
西部基地だ。
男は迷わず門の詰め所へ赴き、そのまま西部基地の内部へと入っていった。
「防衛部の人間だったのか……」
アラタは門を睨み据えたまま、逡巡する。
どこの部署の者か正体を突き止めたいところだが、これ以上の追跡は難しい。基地内の監視は厳しい上に、無断で忍び込むには危険性が高すぎた。
「奴らはファイルの記録を差し替えようとしていた」
その差し替えようとしたファイルを、ちょうど居合わせたアラタたちが持っていたため、奴らはその目的を果たせずに終わったわけである。
ならば、次はどの手段に出るだろう。
もう一人の男が魔法道具関連管理課の所属であることは言動から察することができた。
翌日、事務室にファイルが置かれていることを確認したなら、すぐにでもデータを差し替えるだろう。差し替えたデータは破棄され、消えた備品の行方は知れずに、真相は闇に葬られる。
それは阻止せねばならなかった。
「今から、戻ってファイルをどうにか……」
アラタが悔しげに呟いた時だった。
背後から伸びた腕が、アラタの肩を強く掴んだ。
「っ!?」
「お前、ここで一体何をしている?」
厳しく誰何する声に振り向けば、そこには狼の耳を持つタダシ管理官が厳しい表情を浮かべて立っていた。
「タダシ管理官」
「もしや、アラタ管理官ですか?」
アラタは目を見開き、タダシも相手を認識した途端、驚いた様子で声を上げた。
タダシは掴んでいた肩から手を離し、アラタも彼に体ごと向き直る。
「こんな刻限に、一体どうされたのですか? 何か、防衛部に急ぎの用事でも?」
怪訝そうに尋ねるタダシに、アラタは焦った。手に持った鉱石を無意識に握りしめる。
「いえ、それが……」
アラタはどう言い訳したものかと頭を巡らせる。
オギナなら、きっとこういう時……。
「実は、異世界転生仲介課の業務で急ぎのものがあり、この時間まで残業をしておりました。ようやく仕事を終えて帰るところに、装備部のある建物の周辺をうろつく人影を目撃したのです。不審に思い、後をつけてきたところ、その人物が防衛部に入っていったのです」
アラタは少しばかりの嘘を交えてタダシにここへやって来た経緯を伝えた。
「タダシ管理官こそ、このような時間にどちらへ?」
アラタはタダシに切り返した。顎に手をやってアラタの話を聞いていたタダシは、「ああ……」と声を上げた。手に持った書類を軽く掲げる。
「実は次の任務で必要な手続きを忘れておりまして。管理部の連中から大目玉を食らっていたところです」
書類手続きと言うのは面倒くさいですね、とタダシは自嘲気味に笑った。
「アラタ管理官のお話が本当なら、このような時間に無断で外出した者が誰か、私が確認して今後このようなことがないよう指導いたしましょう」
タダシの言葉に、アラタは慌てる。
「い、いえ……もしかすると、何か事情があったのかもしれません」
魔法道具関連管理課の事務室でのことを話せない以上、タダシの行動を止めることは難しい。そうかと言って、下手に上司から指導が入れば、魔法道具関連管理課の事務室で記録を偽装しようとした輩の動きが掴めなくなる。
「どのような理由があれ、規律を破っていいことにはなりません。犯した過ちには、相応の罰を受ける。当たり前のことです」
タダシは指揮官としての態度で厳然と言い放った。
「アラタ管理官、お時間は取らせません。他にも何か見聞きしたことがないか、詳しくお話を伺ってもよろしいですか?」
そう言って、タダシの腕が伸びてきた。
「アラタ管理官」
唐突に名前を呼ばれ、アラタとタダシは同時に振り返った。
星明りの下、紅の髪が翻る。
「先輩……」
「ツナギ管理官」
呆然と立ち尽くす二人に、ツナギはつかつかと大股で歩み寄った。
「いつまで待っても戻らないから心配したぞ。何かあったのか?」
「あ、いえ……」
アラタは咄嗟のことに言葉が詰まった。
ツナギの鋭い目が、じっとアラタに注がれている。
「ツナギ管理官、アラタ管理官は防衛部の人間が無断外出していたところを、私に知らせてくださったのですよ」
タダシがアラタを慌てて擁護した。
ツナギはちらりとタダシへ視線を転じると、小さくため息をついた。
「うちの新入りがご迷惑をおかけしました。不用意に騒ぎ立てたこと、お詫び申し上げます」
頭を下げるツナギに、タダシは困り顔だ。
「いえ、騒ぎ立てたというほどでは……」
「私からもよくよく言い聞かせますので、どうぞご容赦ください。夜も更けましたし、明日の任務に支障があってはいけません。今回のことは私と異世界転生仲介課の課長がアラタ管理官より事情を聞き、課長を経由して仔細を追ってご連絡差し上げるということでよろしいでしょうか」
タダシは眉間にしわを寄せた。しかし、すぐに頷く。
「承知しました。こちらとしても夜間の無断外出については部内で周知し、再発防止に努めます」
「ありがとうございます。では、これにて失礼いたします。アラタ管理官、ついて来い」
「は、はい……」
アラタは頷くと、ツナギに倣ってタダシに敬礼する。
そのまま、踵を返して西部基地を後にした。
タダシはいつまでも、闇の中へ消えていく二人の背をじっと見つめていた。
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