File3-8「ジツの涙」
「やっぱ、ゲームの主人公みたいな能力がほしいよな!」
二十歳を少し過ぎた年ごろの青年は、そう言って身を乗り出した。
「んでもって、戦えば戦うほどレベルアップして、俺強ぇって周りから褒めそやされる! そんな感じの世界に生まれ変わりたいんだ!」
ジツたちと飲みに行った翌日、アラタは新しく担当になった青年との面談に臨んでいた。
「なるほど。レベルという視覚化可能な体制が存在する世界が望ましいですね」
青年の訴えに、アラタは相槌を打つ。
青年は悩むように唸ると、不意に唇を尖らせた。
「それ、俺だけにできるようにならねぇ? 他の奴らから俺のレベルやステータスが見られんの、すげー嫌なんだけど」
「何故、見られるのが嫌なんですか? あなたのレベルを認識させることで、相手が委縮し、不要な戦闘を避ける効果が生まれますよ?」
アラタは心底不思議そうに青年に尋ねた。
「だって、レベルやステータスが見えるっつうのは、わざわざ相手に自分の情報晒してんのと同じじゃん。ゲームでも、PK戦やPVP、ギルド戦の基本はいかに己の戦略を相手から隠し、逆に相手の情報をどれほど多く抜き取るかが重要なんだよ」
青年は人差し指を教鞭のように振ってアラタを諭す。
「ぴー、けい……というのはよくわかりませんが、自分の情報を相手に悟られないようにすればいいということですね?」
「そーいうこと!」
青年は満足そうに笑う。
「全部隠すのが難しいなら、俺自身が相手に見せるステータスを偽装できるようにしてくれるのでもいい。それこそ、その辺の村人と変わらないステータスの奴が、戦ってみると実は最強だったなぁんてさ。すげー胸熱な展開じゃん!」
アラタは顔に笑顔を貼り付けたまま、青年の言葉に同意するように頷いた。
転生者との面談を重ねてわかったことだが、転生者の中にはこの手の「食い違い」へのこだわりが強い者が一定数いるらしい。
隠された能力、才能への強い憧れは誰もが抱くものだが、転生者はそれがひときわ強い傾向にあるようだ。
「では、具体的な能力について、話を細部までまとめましょう。まずは攻撃面ですが――」
転生者との面談を終え、アラタは待魂園を後にした。
ファイルを片手に、雑木林のトンネルを抜ける。吹き抜ける風に湿った土の香が混じった。公園に出れば、綺麗に整備された芝生の緑が映える。葉先が均一に切り揃えられている様から、刈り込み作業が入ったのだろう。
「あれは……」
ふと、視線を上げると、公園の長椅子に腰かけた人物に目が留まる。
最近見知った顔が、肩を落として項垂れていた。
「ジツ」
アラタが声をかけると、ジツはびくりと肩を震わせた。彼は青ざめた顔を上げ、アラタを見るなりその少年のような顔が大きく歪む。今にも泣きそうな様子だ。
アラタはギョッとしてジツに駆け寄る。
「アラタさん……」
「一体、どうした? 何かあったのか?」
アラタは僅かに身を屈めて彼の顔を覗き込む。
ジツはアラタから顔を背けると、唇を引き結んだ。
「僕……」
ジツのか細い声が、力なく言った。
「管理官の資格、はく奪されるかもしれません……」
これにはさすがのアラタも驚愕した。
咄嗟に言葉が出てこない。
「僕のせいだって、先輩が言って……上司に言いつけるって……僕じゃないのにっ!! 僕がやったんじゃ、ないのにっ!!」
「と、とにかく落ち着け、ジツ!」
悔しそうに自分の両膝を殴るジツを、アラタはその腕を掴むことでやめさせる。嗚咽を噛み殺しながら泣くジツの様子は、尋常ではない。単なる上司や先輩とのトラブルなら、資格はく奪だなどと大げさに言い立てるはずもないだろう。
「オギナ、今いいか? 仕事の区切りがつき次第、待魂園近くの公園まで来てくれ」
アラタは僅かに逡巡した後、左腕に装着した共鳴具を使って頼れる友人へ一報を入れたのだった。
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