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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
一章 管理官アラタの異世界転生仲介業務
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File1-4「友人のオギナ」

 オギナに連れられてやってきた店は、異世界間仲介管理院の敷地を出て、中央通りを脇道に逸れた商業地区の一角にあった。

(あり)(のす)(てい)」と書かれた板看板が揺れ、金具が軋んだ音を立てている。やや表面の粗い木扉を開けると、すぐさま地下へと続く階段が現れた。等間隔に設置された照明が黄ばんだ光を壁に映している。年季が入った階段を下りながら、地下一階へ辿り着いた。

「いらっしゃいませ、二名さまですね」

 受付に立っていた店員が、オギナに手のひらサイズの板を差し出す。オギナは指先で板に触れた。すると板に組み込まれた宝珠が虚空に地図を映し出した。

「ごゆっくりどうぞ」

 店員の声を背に、オギナとアラタは地図を手に店の奥へと進んだ。いくつもの分かれ道を過ぎ、奥まった個室にたどり着く。

「なんか、密会場所みたいだな」

 アラタが思わずといった様子で呟いた。

「愚痴をこぼすには持ってこいじゃない?」

 オギナがからかうように応じる。

「あら~、いらっしゃい。オギナさん」

 通路から山盛りの食器を携えた女性が足を止めた。肩幅が広く、がっしりした体格の女性は人好きのする笑顔で挨拶を寄越す。

「こんばんは、女将さん。ここの串肉が忘れられなくてまた来ちゃった」

 この店の店長と思しき女性へ、オギナも親しげに声をかけている。

「嬉しいね! お連れさんとたくさん食べてってよ! どうぞごゆっくり!」

「ありがとう」

 アラタは店長に会釈し、オギナに続いて奥の個室へ入る。

 荷物を置いて、アラタは椅子に座り込む。オギナはてきぱきと卓上にお手拭きや小皿を並べていく。手伝おうかと手を伸ばすが、もう卓上のセッティングがすべて終わった後だった。

「適当に頼んでいい?」

 すごすごと腕を引っ込めたアラタに、オギナが聞いてくる。

 アラタは無言で頷いた。

 オギナは呼び鈴を鳴らして店員を呼んだ。注文を伝え、それが終わるとようやく一息つく。

 そんなオギナの挙動を、アラタはぼんやりと眺めていた。

「ここの料理はおいしいよ。俺のおすすめは串肉だけど、この店は意外にも食後のデザートが人気なんだ。うちの課長もよく通っているって話だよ。アラタも気に入ると思う」

 オギナはそう言って自信満々に断言した。

「そうか……楽しみだよ」

 アラタは口端を僅かに上げて表情を緩めた。

 オギナとは養成学校で知り合った。長い付き合いになる。

 アラタの好みを熟知している彼が断言するのだ。期待してもいいだろう。

 オギナは受付で店員から受け取った板を指先で撫で、新メニューをチェックしている。気になる料理があれば、試食しようという魂胆だろう。今度誰かと食事に行くとき、いち早く美味しい料理をすすめるためかもしれない。

 不器用なアラタと違い、オギナは他人への気遣いにそつがない。仕事や会話を円滑に進めるためなら、どんな情報も手に取り、自分なりに試して取り入れていく。

 アラタといると多少なりとも素が出るが、こう見えてオギナの社交性は養成学校時代から有名だった。顔も広い。

 こういうヤツを、デキる男と呼ぶのだろう。

「ねぇ、これ頼んでみてもいい?」

 新メニューを指さすオギナに、アラタは無言で頷いた。

 オギナは手帳にさらさらと品名をメモしていく。見れば過去に行ったことのある食事処の名前と料理、食べた際の感想や評価、耳にした評判などがまとめられていた。

 実にマメな男である。

 そんなオギナと同じ部署であったことは、アラタにとって救いだった。これが一人だったら、立ち直るのにかなり時間がかかったことだろう。

 少しして、つまみの青豆が平皿に盛られて運ばれてきた。

 アラタは小皿に自分の分を取り、口へ放り込む。塩ゆでした青豆は絶妙な塩辛さだ。アラタの手も自然と進む。

 オギナも自分の小皿に取り分けた青豆に、備え付けの塩を軽く振りかけておいしそうに咀嚼している。

 しばらく、無言の時間が続いた。

 二人でいるとき、話しかけてくるのはいつだってオギナからだった。そんなオギナが青豆を頬張るばかりで、特に話題を投げてくる様子はない。ここでの会話の主導権を、アラタへ委ねた彼なりの気遣いだった。

 不機嫌なアラタを前に、無理に話しかけることはしない。アラタが自然と話し出すのを、催促することなくオギナは待ってくれている。

 本当に、いい友人を持った。

 つんっと鼻の奥が痛んだのを、水を喉へ流し込むことで誤魔化す。

「……転生者って、みんなあんなヤツばっかなのか」

 アラタはコップを置くなり、ぼそりと呟いた。

「人によるよ。みんながそうってわけじゃない」

 オギナは微笑んだまま即座に応じた。

「あんなわがままなガキ……最後まで面倒を見られる自信がない」

 そう言ってアラタは卓の上で項垂れた。

「大丈夫、アラタならできるよ」

 オギナの口調は揺るぎない。むしろこちらが辟易してしまうほどだ。

 何を根拠に……、とアラタは顔を上げる。

「アラタ。君の担当する女の子は、たかだか十四歳の子どもだ」

「言われなくても、わかってる……」

 口を尖らせるアラタに、オギナは言い聞かせるように続けた。

「人間の十四歳ってさ。もっとも繊細で、多感な年ごろだ。そんな彼女が短い人生を幕引きにするなんて、なんでだろうって思わない?」

「あんな性格だ。どうせろくな理由じゃない」

 すぐさま不機嫌な顔に戻る友人に、オギナは少し考えるような仕草をした。

「そうかもしれない。でも、そうじゃなかったときこそ、俺たちの腕の見せ所なんじゃないかな?」

「自殺の原因だって資料に載っていた。人間関係が原因なのも、あの性格じゃあ納得だ」

 相沢百香が自殺する二年前のことだ。彼女の人生が狂い始める発端は、両親の離婚だった。

 事前にアラタが受け取った資料にはそう記されていた。

 母親と再婚した義父と上手く馴染めず、義父から暴力を振るわれていた。転校した学校でも周囲に馴染めず、いじめへと発展。そうして逃げ場のなかった彼女が死を選んだ経緯が、時系列順に綴られていた。

 資料を読み込んだアラタは、百香に同情した。同時に、強い使命感を抱いた。

 何としても、この子を幸せにしなければならない。

 そうして臨んだ初面談。

 アラタの抱いた百香への印象は悉く裏切られたのであった。

「まぁ、俺たちだって感情があるから、高圧的に言われたら腹立つけどね。でもそれだって、一時的なものだよ。転生先に送り出してしまったら、俺たちはどうしたって直接助けてあげることができないからね」

 再び、アラタは黙り込む。

 自分を世界の中心に据える百香に、果たして助けなど必要だろうか。

 周囲が何をしようと関係なく、彼女は自分の好きなように振舞う気がする。

「転生者の考えることは、よくわからん」

 アラタはため息まじりに頭をかかえた。

 オギナは青豆を頬張りながら、不意に笑う。

「まぁ、でも俺は嬉しいよ。学校を卒業して、無事に管理官になれた。その上、またこうしてアラタと一緒に仕事ができるとは思わなかったから。仕事は正直キツイけど、友達がいると頑張れるよね」

 唐突に、オギナがそんなことを口にした。

 普段はこちらをからかうようなことばかり言ってはぐらかすのに、今のオギナは真剣だ。

「オギナ……何かあったのか? お前も確か今日、担当する転生者と面談してたよな?」

 思わず身を乗り出したアラタに、オギナが軽く手を振った。

「別に何もなかったよ。俺が担当したのは老衰で亡くなったおばあさんだったし、色々おしゃべりして終わった」

 あっけらかんと言い放ったオギナに、アラタは脱力する。

 オギナは顔こそ笑顔のまま、僅かに声のトーンを落とした。

「でも、もしも今日のアラタみたいに……俺だって今後、仕事中に腹が立って仕方ないときが来るかもしれない。養成学校の生徒だった時も、そんなときはいつもアラタに助けられたよ」

「……さっきからどうしたんだよ。いつものお前らしくない」

 訝しるアラタに、俺はいつも通りだよ、とオギナは笑う。

「いつも通り。なんたって、俺には頼りがいのある友達がいるからね」

 まるでこちらに言い聞かせるようなオギナの言葉に、アラタは首を傾げる。

 質問を続けようとしたが、店員が注文した料理を運んできたので、この話はそれっきりになってしまった。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2020

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