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管理官アラタの異世界間仲介管理業務  作者: 紅咲 いつか
一章 管理官アラタの異世界転生仲介業務

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File3-6「無邪気な同期」

 多田健を見送った翌日、アラタとオギナは昼休みを食堂で過ごしていた。

 中央塔を囲う四つの尖塔、その北に位置する一棟の食堂ではあちこちで談笑に花を咲かせる管理官たちの姿があった。

 アラタとオギナも盆を手に、空いている窓側の席へ着いた。

 食堂での昼食(ランチ)は、管理官ならば無料だ。事前に予約していれば、夜食も有料で用意してくれる。もっとも全体的に味は素朴なものばかりで、舌の肥えた者には少々物足りないかもしれない。

「いただきます」

 アラタはスプーンを手にさっそくシチューに口をつける。大鍋で大量調理されたシチューには、やや煮込みの足らない野菜もある。芯の残った野菜をかみ砕きながら、アラタは思わず笑った。

 これはこれで、親の料理を思い出されて懐かしくなる。

「今日のシチューはビーフなんだね」

 パスタにチーズと塩を振りかけながらオギナが笑った。

「ああ、今日は少し硬めだな」

「ははは、煮込みが足りなかったみたいだね」

 オギナもパスタをフォークに巻いて口へ運ぶ。

「昨日、また防衛部に行ったんだって? アラタも物好きだね」

「ああ……」

 アラタはサラダのトマトをフォークで刺し、口の中へ放り込んだ。口内に広がった汁を飲み込む。それがやや苦く感じたのは、多田健とのやり取りが耳に残って離れないせいだ。

「ほんの僅かな間でも、自分が受け持った転生者だから。できる限り、ちゃんと見送りたいんだ」

 沈む気持ちを悟られまいと、アラタは普段通りの調子で呟いた。

「アラタのそういうとこ、俺はいいと思うよ」

 オギナは微笑み、指先で虚空を撫でる仕草をした。

 彼の腕に着けた共鳴具から、虚空にある画像が映し出される。

 何かのグラフのようだ。黄色の線が二、三か所大きく山を描き、その他のところも横ばいながら高い水準を示している。

「この前、迷魂について気にしていただろ? さっそくデータベースに問い合わせたら面白いのが出てきた」

 オギナは悪戯っぽく笑っている。

 アラタも前屈みになって虚空に映し出された数値を確認した。

「一番大きな山になっているのは、五千年前だな。後は、六百年前と……最近、また数値が上り傾向にある」

「そう、そしてもう一つ」

 オギナは再び指先で虚空を撫でると、もう一つのグラフを表示させた。

「これが魔王出現の頻度を記録したグラフ」

 オギナはその二つのグラフを重ね合わせた。

 赤と黄色の線が重なり、その山が合わさる。

 アラタは目を見開いた。

 魔王出現の前後に、迷魂の増加が著しい。

「これって、すごい偶然じゃない?」

 オギナが、アラタの頭の中に浮かんだ言葉を声にした。

「……何か、過去にあったのか?」

 アラタは声を低めた。

「俺もそう思う。ちょっとその辺、あたってみようかな」

 どこかこの状況を楽しんでいる様子のオギナが笑みを深めて頷いた。

「あのぉ……」

 不意に声をかけられ、アラタとオギナは同時に振り返った。

 お盆を手に、突っ立っている管理官がいた。

 栗色の髪に翡翠の瞳を持った青年で、制服の真新しさからアラタたちと同期だろう。どこかあどけない表情の青年は、目を輝かせてアラタとオギナを見下ろしている。オギナがすぐさま虚空に映し出した画像を消した。

「お話中のところ、すみません。よければ相席させてもらってもいいですか? 食堂内が混んでいて、他に席がなくて」

 青年の言葉に、アラタが周囲を見渡す。ぞくぞくと食堂に入って来る管理官たちの姿があった。少し早めに入ったアラタたちの席以外、ほぼ埋まっていた。

「構いませんよ、どうぞ」

 オギナが普段の柔和な笑みを浮かべ、青年に席を勧めた。

「お邪魔します」

 青年は無邪気に笑い、オギナの隣に腰を下ろした。笑うと実際の外見よりもずっと幼く見える青年だった。

「申し遅れました。僕は今年管理官になったジツって言います。所属は装備部魔法道具関連管理課です」

 会釈とともに、ジツは自己紹介をした。

「これはご丁寧に。私と彼は異世界転生部異世界転生仲介課に所属しています。私はオギナ、こちらは同期のアラタです」

「どうも」

 アラタはおずおずとジツに会釈した。

 ジツがパッと表情を輝かせる。

「あの異世界転生仲介課の所属! すごいじゃないですか!」

「すごいかどうかはわからないですが、やりがいは感じますね」

 オギナが笑顔のまま、ジツに頷いている。

「あ、よければ敬語は外してください。その、一応……同期ですし」

 ジツがどこか歯切れ悪く言った。彼はもじもじしながら、ちらちらとアラタを見ている。その様子を、アラタは不思議に思った。

「あの、俺が何か?」

「いや……その、養成学校時代に憧れていた先輩が近くにいるから、つい……嬉しくて」

 ジツが恥ずかしそうに指先で頬を掻いた。

 彼の隣で、オギナが目を丸くした。

「ということは、君はもしかして飛び級合格者かい?」

「あ、はい。そうです」

 ジツは何度も首を縦に振った。

 アラタもちぎったパンをそのままに、まじまじと彼を見つめる。

 管理官の養成学校には、六つの学年がある。

 一つ上の学年に進級するためには、筆記試験と面接、面接官からのお題試験、実技試験などを経て成果を修めなければならない。

 一般的な平均として、一つ学年が上がるのに百年以上かかる。

 それだけ、日々移り行く異世界の情勢や神々の事情は複雑で、理解するには途方もない年月が必要となる。

 優秀な者は学年を飛び級し、管理官試験の受験資格を養成学校側が異世界間仲介管理院へ提出する。申請が受理されると、すぐにでも試験を受けることができる仕組みだ。

「僕は座学が得意だったのですが、実技の方はてんでダメでした。だから、実技で常に上位の成績を修めていたアラタ先輩を見た時は、もう憧れました。神業とも呼べる身体運びと武術で、特に剣術の授業で操る双剣さばきがもう神々しくて……」

 そうしてアラタを目標に日々試行錯誤で鍛錬に励んだのだ、とジツが拳を握りしめて力説する。

 アラタとしてはこの上なく照れ臭い。

 目をキラキラさせてこちらを見つめてくるジツの期待をとても重く感じた。

 助けを求めるようにオギナに目を向ければ、ニヤニヤした笑みでこちらを見てくる。こちらは完全に面白がっているようだ。

「あ、あの……よかったら、また一緒に食事とか行きませんか? い、異世界転生仲介課ではどのようなお仕事をされているのかとか、色々……お話を聞けたら嬉しいです!」

「え、あ……ああ、別に構わない」

 やった、とジツはガッツポーズを取った。

 テーブルに頬杖をついているオギナが、ふと笑みを深めた。

 アラタは嫌な予感がした。

「俺たちもこうして新しい同期と知り合えて嬉しいよ。どう? 今日の仕事終わりにでも、飲みに行かない? 他部署の仕事って、中々知る機会ないからさ。装備部での仕事のこととか色々聞きたいな」

「お、おい! オギナ、何を――」

「いいんですか! やった! 僕、飛び級だったから周りに知り合いがいなくて寂しかったんですよ!」

 ジツはオギナの提案に行く気満々だ。

「そうだったんだ。じゃあ、お近づきの印に、俺が知る限りのアラタの武勇伝をいくつか聞かせてあげよう」

「本当ですか!」

「もちろん! あれは養成学校の入学式のことだったんだけど――」

「やめいっ!」

 アラタは悲鳴まじりにオギナとジツへ叫んだ。しかし盛り上がる二人はまったく動じない。ジツがオギナに続きをせがんだ。それを横からアラタが必死に止める。騒ぐ三人を、他のテーブルで食事をしている管理官たちが不審そうに振り返っていた。

 もうここからさっさと逃げ出したい。

 アラタは残りのシチューを勢いよく胃の中へかきこむと盆を手に席を立った。

「オギナ、いい加減戻るぞ!」

「あはは、はいはい」

 オギナも盆を手に立ち上がる。

 残念そうなジツを振り返ると、オギナは器用に片目をつぶって見せた。

「じゃ、話の続きは飲みの席で!」

 ジツの笑顔が弾けた。

「はい!」

「せんでいい!」

 アラタの悲鳴が、昼休みでざわつく食堂内にこだました。

Copyright(C)Itsuka Kuresaki 2020

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